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情熱の秋葉原

昔のことを振り返ってもしょうがないんだが、時代の節目を感じるためちょっと書きたいことがある。

僕は17歳の時に初めて自分のパソコンを所有してネットの面白さに夢中になった。

当時のパソコンは高くて性能も良くなったけど、ネットにつながっているだけでテンションが上がったし、調べたいことをどこまでも深掘りできるすごさに感動した。

何よりも素晴らしいと思ったのが、ニッチな分野、マニアックな事との相性の良さ。

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12年度中に実現したいこと

何に取り組むべきかを考える人は多いが、僕の場合は何をやりたくないかを先に考えるようにしている。

やりたくないことから逆算して残ったことが自分のやりたいことだと思うから。

例えば、

決められた時間に、決められた場所に行って、決められたことをやる。

これは僕には向いてないことだし、やりたくない事として真っ先に思い浮かぶことです。

これを最初に定義したことで、学校やサークル、インターン、会社に自分の居場所を見出すことは極めて難しいと理解することが出来ました。

他にも、

目指している所が違う人と無理して理解し合おうとする努力をしない

など、意識してこれはやらないと決めていることがたくさんあります。

そして最近になって強く意識していることが一つあります。

それは、

レバレッジが効かないことをやらない

と言うことです。


これは連想できない人も多いかもしれないのでちょっと説明します。

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短い文章のその先に

ネットで活動をする上で文章というのを避けて通ることは出来ない。

ツイッターもブログも全て自分で考えた文章で何かを表現している。

ビジネスやる時もそう。

文章で何かを伝え、行動してもらうことで結果が出る。

僕は文章に関しては苦手意識はないんだけれども、思った以上にメルマガもブログの記事も読んでもらえてないことがわかってちょっとショックだった。


それはアクセスしてくる人が悪いとかそういうことじゃなくて、自分の実力不足ということに尽きる。


この問題は絶対に解決しないといけないので真剣に悩む。


読書量を増やせば文章力も高まると思ってたんだけどな。

最初の成功体験

広告代理店業務の方で成果が出始めた。
属性を絞って、その人達に役立つ情報を提供して、価値を示すことで自分についてきてくれるファンを作ることができる。

そう学んでずっと信じて取り組んできたので、とても嬉しい。

学問のすすめの現代語訳を読んでいるが、この本にも他者にどれだけ貢献できるかがその人の真価が問われると書いてある。

俺は今までにTwitterで何度も他者に貢献することが最大の自己成長とリターンに繋がると発信をしてきた。
それを身をもって証明することができたわけであり、この経験はデカイ。

自分を信じてついてきてくれる人に貢献すること。
新しい世界を見せること。
そして損をさせないこと。

自己利益の前に他者利益を置き、他人には出来ないことに特化する。
自分でなければ出来ない事は何か?
なぜ競合他社ではなく、自分(あなた)でないといけないのか?

マーケティングとか消費者心理の本で全て学んできたことだ。
本に書いてあるとおりだった。

この努力の方向は正しいと思うのでもっとここに特化してやっていきたい。

やっぱり誰かに感謝されたり、必要とされるというのはすごく気分がいい。
人から何かを奪って刹那的な自己利益を拡大しても、心はいつも虚しいだけ。

与えられる人でいたい。

エニアグラムやってみた

今日はどうでもいい自分語りです。
ストレングスファインダーだっけ?
昔やって多分どこかに結果を貼り付けていると思うんだけど、今回はエニアグラム診断ってのをツイッターのTLで発見したので自分もやってみました。

http://shining.main.jp/eniatest.html

以下結果コピペでっす。

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一人

たまには俺の弱いところも見せようと思います。
ツイッターで私の発言を読んでいる人は、なんかすごそうな常人離れした人と思っているかもしれませんね。

私の強みはいつも一点突破なので、バランス感覚は極端です。
あるジャンルについて強烈に興味を覚えれば、他のことを犠牲にしてでも徹底的に調べます。
あることに優位性を見出せば、リソースをたくさん割いてそれを実証しようとします。
そして持続可能性を見いだせなくなった事は、臆することなく損切りします。

今日は仕事で茨城県に行ったんですけど、茨城ってのはまあ自分のルーツに近いんです。
今は東京に生活の拠点を置かせてもらってますが、20年近く茨城と千葉の境目みたいな所で生活をしていました。

私が都会的側面と、田舎の側面の両方を兼ね備えているのはそれが原因です。
都会のいいところも、田舎のいいところも両方見てきました。
そして両者の良くないところもたくさん見てきています。

私は誰かから、あれせいこれせいと指示をされるのが苦手です。
答えがあることに対して、テンプレート化された保証付きのアプローチで取り組むことに情熱を見いだせないんですね。

だから学校だとか組織。
こういった場所とは相容れない存在だと自分でも理解しています。

そんな人間が社会で生きていくためには、自らのビジネスを所有するしか選択肢はありませんでした。

よく大学在学時からすでに起業していたという話をすると。「すごいですね!」みたいな反応をもらうことがある。
真実は真逆である。

そうせざるを得ない事情があって、止むを得ずに私は起業をしたのだ。
そして自分の居場所を最初に作った会社では定義できずにドロップアウトしている。
はみ出し者なんですね。

子供の頃は、自分はとても優秀な人間で、努力などしなくても良い結果を得られるのは当然と、疑いなく信じていました。
私は中学時代から、高校、大学(最初は短大に行った)、編入学と4回受験を経験しているわけですが、受験で努力した記憶というのがない。

普通のアプローチでは辿りつけない学校に推薦だとか、面接という、ハイリスクハイリターンな手法を使って無理やり入学することでインチキ突破してきたのです。

だから入学できても、自分の身の丈よりも高い知的レベルを持った人間ばかりが周りにいるから、ついていくのは大変でした。

昔の私の日記を読んでもらえれば、どこかで必ず書いていると思うんですけど、最終学歴が4年生大学卒業であればどこでもいいと本気で思ってました。

だから飯田橋にある有名な理系の夜間部に推薦を使って入学するのがベストだと高校の時に思って、実行しようと思ったけど教師と親に反対されて、短大に嫌々進学しました。

このことだけは、未だに不満で、短大行くぐらいなら、最終学歴が有名大学になる夜間部行ったほうが絶対得だったと思います。

まあ短大に行ったお陰で、屈辱を知って、別の大学に編入学して、アメリカ合衆国に短期間ながらも行くことができたので結果的にはオーライだったのですがね。

随分と遠回りをしてしまったわけです。

大学を卒業した時にすでに25歳だったので、最短で大学を卒業した人からは3年遅れ、高校卒業して速攻で働き出した人からは7年ぐらいの遅れ、専門学校をストレートで卒業した人からは5年ぐらいの遅れがあるわけです。

本当に時間をたくさん浪費して今まで来ています。

ただ物心ついた時からずっと一人で戦ってきたという自負が私にはあります。

もちろん望んでそうした訳じゃない。

俺だって同世代の女の子と仲良くなりたかったし、同じような目標を持って一緒に励める仲間がたくさん欲しかった。
でも学校やサークルの中じゃそういった存在を見いだせなかった。
様々な事情があって、心を開けなかったり、他人との間に強い乖離を感じていたのですね。

俺も同じだよって感覚。
あれが未だに理解できない。

「普通な人はそう感じるのか、だけど俺は。」
これが物心ついた時からいつもデフォルトでした。

昼間、ビュッフェ形式のファミレスで昼食をとったんですけど、今の仕事スタイルは基本一人での活動なんで、食事もいつも一人で食べるんです。

で、ファミレスとか行っても一人で4人がけの席とか陣取って食べるんです。

意識するわけじゃないんだけど、他のお客さんは一人であんまフェミレスなんて来ないから、他人の生活感がちょっとだけ垣間見えて、友達や仲間がいるのっていいなって思います。

工事現場で肉体労働に従事している人たちが、皆で集まって楽しそうに食事をしている姿。
すでに引退をしたであろう、老夫婦が仲良く食事をしている姿。
その横で、俺は一人。

自惚れと言えば、自惚れがずっとあったのかもしれない。
俺はしかるべき敬意を放っておいても得られる存在なのだと。
自分から動かなくても、誰かが自分との時間の共有を常に望むのだと。
自分は選ばれた存在なのだから、それが当然なのだと。

ずっとそう思って生きてたから、ある日を境にその前提条件が通らないことに強い戸惑いを感じるわけです。
何かがおかしいと。

どうしてこんな事になっちゃたのかなって思う時が今でもあります。

金儲けしてても、心が許せる人がいないという状況。
虚しいなって思ったりします。

俺の友達はお金だけなのかと。
こんな事するために生まれてきのかと。

否、少ないながらも心を許せる人はいた。
その存在の全てを俺は自らの選択で切り捨ててきたのだ。
高名な自分にはもっと適切な相手がいるのだと。

だからそのことに対して不満を言うことは許されないことなのだ。
自らがそう望み、実行してきた結果なのだから。

記憶の底にある、優しい思い出がまだ片隅に残っていて、それが俺に憧れを見せる。
自然体で振る舞って、誰かが自分を求めてくれて、誰かが自分を受け入れてくれる。
そして理解をされている状態。

それを手にするために俺がやらなければいけないこと。
答えはもうわかっている。

読書量を全盛期に戻したいと思うので、おすすめの書籍があれば推薦願います

起業して1年半ぐらいで、一人で生きていくだけなら特段不満のない生活水準を手に入れてしまいました。
結婚をしない、住む場所に固執しないという条件であればそれほどお金は必要ないので、そこで満足してしまって私の成長は止まりました。

2011年度の夏ぐらいから、強い違和感を感じるようになりました。
このままで自分はいいのだろうかという疑問です。

自分の人生に毎日NOという生活が続きました。

何とかしないといけないと、考えに考えた結果見えてきた事、

-もっと多様性のあるライフスタイルが欲しい
-ビジネスパートナーとライフパートナーが欲しい

という2つの要望が自分の中にある事がわかってきました。

多様性のあるライフスタイルとは、都会しか知らない、日本しか知らない、一部の国の生活しか知らないようなライフスタイルをもっと拡張して、人間関係やビジネスに含みをもたせるという意味です。

またジョイントベンチャーやパートナーシップなどの形態で、外部の人ともっと関わりながら仕事をしたほうがおもしろそうと感じるようになりました。

私は世の中の価値観とはちょっと違ったベクトルで動いていて、例えば組織を作ってそれを拡大することには興味がありません。
組織を大きくしてしまうと、稼働力が下がるし、撤退したい時にも撤退できなかったり、市場が飽和した時にも簡単にビジネスを解散させることも難しくなるからです。

また組織の管理のための仕事ができたり、自由度は規模に比例して下がっていきます。

なので、会社組織を作って上場させて、持株を売却して資産を作るというのも目指していません。
10年ぐらい前ならこれが定番だったようですが。

このようなことを思って半年間色々と模索してきて、失敗経験もいい感じに積み重なってきました。

そして最近は、マーケティングと戦略の部分を強化して、勝率が高いことに特化しようと思ってます。
需要があり、競合よりも良い物を提供でき、自身の強みや経験を生かせる事です。

なのでその分野に関する書籍を読み進めてきました。

予備知識としては納得できることころまで集められたので、そろそろ次のステップに進もうと思います。

一方でツイッターの方でフォローしてくれる人が増えてきて、彼ら、彼女らがまだ読んでいなさそうな本で、特筆に値する書籍を紹介する活動に情熱を見出すようになって来ました。

よく本を読め!とか言われても、現実問題何を読めばいいかわからないと思います。
好きなのを読めばいいんですけど、そもそも何が好きなのかわからない。

自分の場合だと文学を読めとか言われて、読むんですけど、時代背景が古すぎて、全くイメージが湧かないし、表現が古いので読んでいてもあまり惹きつけられる魅力を感じません。
最初の数十ページを読むと、そこから先を読み進めるのが苦痛になってきます。

またいわゆる話題の書籍というやつは、一部を覗いて小手先のテクニックの紹介に終わっているものも珍しくなく、インパクトがあっても使えない本が多いことがわかってきました。

現時点で自分が感じているのは、翻訳本はハズレが少ないということです。
海外から翻訳してまで出版社が売ろうと決めた書籍ですので、選定の段階である程度目利きがされています。

これに実務経験のある翻訳者や、監訳者をつけることで、日本語でもわかりやすい表現の書籍に仕上げることができると見ています。

内容が良くても、その分野に精通してない翻訳出来るだけの人が訳した書籍は読んでいて苦痛になります。

例えば、イノベーションのジレンマという本は、類書がないので仕方なく読んでおいたほうがいいよと推薦しますが、翻訳はかなり厳しい感じです。

翻訳本に限って意識していたわけではないのですが、自分の書棚を見ても、何度も読み返す本はなぜか訳された本が多く、1回読んで肩透かしだなと思う本はなぜかベストセラー本みたいなのが結果として多かったのです。

今はビジョナリー・カンパニー2という本を紹介しようと思って、4年ぶりぐらいに読み始めたのですが、4年前は何がすごいのかわからなかっことも、これは良く出来ている!と感じながら読み進めることができるようになりました。
ちょっとは成長できたのかなって思います。

それでアマゾンのレビューとか見ても、50とか入ってて、このクラスの書籍になると普遍的で本質がたくさん書かれているので、現場でも使えるし、手元において長く付き合える書籍なんだなーという印象を持つようになりました。
これも結果論ではあるのですが。

ですので、そうですね。

-読み進めやすくて、普遍的なことや本質的なことが書かれている書籍。
-翻訳本でなくてもいいですが、絶版などにはなっておらずいつでも手に入れることが出来る本。

これをターゲットとして読み進めたいです。

示唆に富んでいて、読むことで新たな発見や着想を得られる事。
こういった書籍にどれぐらい出会えるかが、成長力の促進に繋がって来ると思います。

結果を出している人や影響力がある人は例外なく本をたくさん読んで勉強をしています。
なぜ彼らが本をあれだけ読むのか、改めて読書の効能というのを今更ながら再認識しました。

学生の人は別として、社会人で本を読むお金がないとかいうのはかなり厳しいマインドだと思ってます。
ここ数年の私も相当厳しいマインドだったわけですw
だから成長が止まっていた。

実際に計算してみると、本って別に高くともなんともない。

1冊あたりの平均単価が、概ね2000円前後。
これを10冊読んでも2万円。
100冊読んでもたったの20万円です。

アマゾンで注文をすれば、30日以内なら返品もできるので、内容がイマイチなら返品してしまえばいいのです。
書棚に残る書籍は、相当に読み進めても年間50冊にも満たないと思ってます。
なので相当書籍に投資しても、せいぜい20万が頭打ちということです。

しょぼいスクールやセミナーに参加しても、年単位だとこれぐらいはかかりますから、社会人で本を読むお金がないというのはちょっと考えにくいです。
逆に本を読まないで何に投資したら、読書以上の成長力を得られるのか教えて欲しいです。

現時点の読書戦略のアイディアです。

-古典を読んでみる
学問のすすめ。
実はまだ読んでなかったりします。
こういう古典を読んでみる。

他には武士道とか。
せっかく日本人として生まれてきて、日本的な価値観を感じやすい環境にいるわけだから、読まないのはもったいないかなと思いました。

あといわゆる、歴史を知れみたいな事を偉い人が言ってるので、歴史本。

残念ながら時代小説ってちょっと苦手なんですよ。
高校時代から何度も挑戦するんですけど、毎回挫折しますね。
相性が良くないんだと思います。

ベストだと思っているのは映像作品で歴史を学べるようなものです。
これは読書ではないのかも知れませんが、学びという意味では同じ効能を得られると思うし、あまり苦を感じることなく付き合える方法だと思ってます。

例えば、絵画の歴史に関するドキュメンタリー番組が最近好きです。
大学の一般教養で美術史を学んだ時は、なんてつまらない学問だ!と思ったものですが、これも映像だとわかりやすく、奥の深さを感じて、なんとも知的な感じに満ちあふれていて、哲学的でおもしろいのです。

自分と相性が悪い分野の勉強は、映像作品でインチキ突破するといいのかもしれませんw

ちょっと長くなってしまいましたが、全体として言いたいことは以下のような感じです。

-成長エンジンのために、読書というガソリンが必要
-自分の好きな本やジャンルの簡単な紹介
-現時点での戦略みたいなもの

そして、自分一人の目利きでは限界や偏りがあるため、力を貸して欲しいということです。

メルマガを発行しようと考えています

今年の1月ぐらいから、物販の本業と同じぐらい力を入れて取り組んでいたことがあります。

カッコいい言葉で言うと、将来の仕事のための種まきって感じかな。

これは媒体を組み合わせて、商品紹介の報酬金で稼いでいくビジネスモデルなんだけど、ブログの構築にばっか力入れててメルマガの発行ができてなかった。

発行は無料でもできるんだけど、メルマガで読者さん集めて密な関係で付き合っていくことを目指しているんで、有料のサービスを利用するつもり。

それがこれ。





このブログはもともと趣味日記で始めたものだから、裏側をばらしちゃうと、メルマガの内容は商品紹介がメインになってきます。

例えば、俺はずっとインターネットで稼いできたという経歴があるから、どうやって稼いできたのか、どうすれば同じようなことができるのかってことを紹介して、役立ちそうな書籍であるとか教材を紹介していくことになります。

そういった宣伝っぽいものが嫌なら登録してくれなくてもいい。

ただ、ずっと大切だと思ってきたこと。

持続可能であるために、インターネットを使う側に回って、インターネットと仲良しになって稼ぐ側に回ったほうがいいと俺は思ってます。

普通に会社勤めして稼ぎたい!ネットビジネスなんてあやしい!と思う人は登録してくれなくていいです。

メルマガが発行できたらまた、Twitterなりこのブログなりでお知らせしますね。

変化することへの恐怖 → 小さな一歩から

慣れ親しんだ環境を手放すのは強い。

未経験のことをやるのは戸惑いがある。

一人でなにか新しいことをやろうと思ってもなかなかできなくて、周りの人に助けてもらって最初の一歩を私は踏み出してきました。

例えば子供の頃、クラスで学んでいることの答えがわかっても、手を上げて発言するのがすごい嫌でした。

でもある日発言して目立とうと決めてから、周りに発言したいと思ってる、親にもクラスで手を挙げると宣言しまくって、クラス替えして新しいクラスになったのをきっかけにすごい怖い思いして手をあげたら当てられて回答して正解をした。

その時小さな成功体験を得られたから、クラスで発言することは大きな問題でなくなった。

他の例では、高校を卒業するぐらいまで飲食店で「水をください」というのがすごく嫌でした。

でもある日、周りに促されて、おそるおそるお願いしてみたら何ら問題なく、水を持ってきてもらえてそこで成功体験を積めたんですね。


思うのですが、この小さな成功体験を大人になってからもやればいいのだと思います。


最近の例だと、ワードプレスとか自前で契約したサーバーにインストールして運用するの怖いなーと思ってました。

あるいはメルマガとか発行するの難しそうだし嫌だなーって思ってました。

業界で有名な人にメールするのは気が引けるなと思ってました。

でもやってみたら、結構怖いと思ってたんだけど、できるかも?と思えてきました。



変化することへの抵抗。



これが人間の自然な状態なのかもしれません。



自己防衛機能が、経験則に比例して高まるから、経験済みの保証付きの手法を繰り返し使いたがる。


しかしそれをやると人しての成長が止まってしまいます。



自分の子供頃の友人。

すごく優秀な子が多かったんですよ。

高校も入学してきた時は、ワンランク上の学校に紙一重で通らなくて、ちょっと後ろ向きな姿勢で来たような子がいて、すごいなと思ってました。


でもね。

気がついたら付属の大学に何も考えないで進学しますって人が大半なんですよ。

自分も含めてね。


で、もともと頭はそれなりにいいんで、卒業も問題なくするわけです。

就職もまあ推薦とか使ったりで決まります。

結婚もしている人もいるのかもしれません。

でもなんかそういうのっておもしろくねぇなって思います。



他人の価値観なので、別にそれを否定とかそういうことではないんです。

自分はそこを目指してはいない。そういう認識を確認する感じでしょうか。


守りに入ると人間劣化し始める。

これが自分も経験して改めて思ったことです。

海の外に出ろ、街に出ろ、人と会えって言われるじゃないですか。

多分これが理由ですよ。


仲良しクラブはそりゃあ快適ですよ。

俺だってイエスマンばっかり回りに固めて、気持よく毎日を過ごせたらって思う。


でもそれじゃ張り合いのない毎日でしょう。

たまに反対意見や違った視点からのボールを投げてくれる人がいるから、新たな発見を得られる。


俺自身が一歩を踏み出すのに時間がかかる人間なのであえて厳しく表現しています。

行動起こせない人間はダメだと。

変化するためには、既存の状況に疑問符をつけることからまずは入ります。

なんかおかしいぞって思うの。

それで、じゃあ自分はどうしたいのか?って考え始める。

最後に、在りたい自分になるためにどうすればいいか?

ここを考えます。

そうすればやらなければいけないことが見えてくる。

少なくともリストアップする所まではいくはずです。

そこまで来て、行動ですよね。

ここがなかなか出来ない。



現状に不満があるなら、現状を変えるためのアクションを持たないといけないはずです。

でも行動を起こささないで文句ばっかり言ってる状態。

結構多いんじゃないですか。

自分も暇を見つけちゃ、誰々はどうでーとかやってきました。

誰々の何々がダメでーとか。自分だって欠点たくさんあるのに。


その過程で得たこと、学んだこと。

何もありません。

愚痴っても何も得られないことを学びました。

なんだよそりゃあって話に見えるかもですが。。。。


愚痴ってた過去も含めて未来へのステップだと前向きに解釈したいです。

それも必要な過程なのだと。

でも愚痴ることが永久的に続いて、何も行動を起こせない状態。

これはやっぱりダメだなーと思います。


最初のアクションを起こすためのきっかけ。

例えば本を読んでみる、先輩に話を聞いてみる、先生に意見を伺いにいく、上司と話してみる。

色んなきっかけ作りのための選択肢があるはずです。


それさえもできない状態。

未来を見据えることができない状況なのかなと思います。

自分にもそれに近い時期があったのでわからなくもない。

それでもね。

もがかないといけない。

若いならなおさら。

驚くほど冷静でいられている

信任を置いていた事が目の前から崩れた2011年の9月。

何もかもを投げ出そうと思った。

すべてを投げ出す前に原点に立ち戻ろうと思って、昔の友だちに会ったり、大学に戻ってみたりした。

それ事態が何かを生み出すわけじゃない。

大学に戻った所で、出た結論は、ここに俺の居場所はない ということに変わりはなかった。

昔の友だちに会えば懐かしさはあるが、毎週のように会うのか?と聞かれればそうでもない。

今年は組織を作りたいと思ってる。

そして組織に参加をする人を今探している。

採用ってやつだ。

で、思ったこと。

採用する側に回って採用ってすごい難しいことを感じた。

皆様々な事情があるし、いろんな思いを抱えて生きている。

俺も雇われる側にいた時に、できないことがたくさんあって苦しんだ。

雇う側になった今、相手の痛みを理解してあげたいと思う。

性悪説経営ではなくて、性善説経営でいたいと思う。

しかし入り口は性悪説にする必要があるのかな?と思っている。

報酬を一気に与えすぎると人はそれを当たり前と思ってしまい、もっともっとと求め始める。

でも組織が用意できるリソースは常に一定。

ならば利益を拡大すればと規模拡大を目指せば新たな人員が必要になる。

そしてその人員でさえばいつしか快適な環境に慣れ、不平不満を言い出す。

ならば人など雇わないほうがいいのではないか?

こんな思いが揺らぐ。

やはり自分としては他人との境界線を一定レベルで引き、外注という形でお金で支配権をコントロールしてしまうのが精神的に楽だ。

あるいはコラボという形で限定的にプロジェクトの間だけ協調をする。

直近で思っていること。

物販の仕事は方向を変える。

そして広告代理店業務に軸を移していく。

最終的に、リアルの店舗との絡み。

さらには自分のお客さんとSkypeやリアルでどんどん会って発展をさせていく。

そんなビジョンを描いている。

絵は全部描けているんだよ。

あとは実装化だ。

実装化が一番難しい。

多分今の物販の仕事はあと1年もしないで寿命を終えるだろう。

この仕事を中長期的に続けていくのは昨年ぐらいで終焉を迎えたと思ってる。

自分の役割も概ね果たした。

でも今、あんま焦ってなくて、結構冷静でいられている。

だって新しいやりたいコトを見つけたから。

あとは前と一緒。

その分野で成果を上げている人から学びを得て、マネをする。

そして自己流にカスタマイズする。

今度の仕事は物販よりも発展性があるよー。

なんといっても全業界に適用して、コラボができる可能性があるから。

だからこそ夢見てんだけどね。

時間もあんま残されてないけど、もがいてみるよ。
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