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最近読んだ本




羽生さんの決断力とセットで読むといいと思う本。
羽生さんとの対局時の心境を両者の立場から垣間見ることが出来る。
運に愛されるためには心がけていたいこと。勝負を左右する要因など参考になる。




タイトル通りの本。
最初に紹介した本と内容が被ってる所もある。
負けてからどうするのかって大事だよね。負けて腐る人もいるし、そこから再度チャレンジして勝負に勝つ人もいる。





読むのを開始して5分で挫折した。
翻訳本とは相性が良くないみたい。
生物学とも相性が良くないみたい。





本当にこんな高度なことを高校でやっているのかと思わされる。
かなり本格的な内容で新聞の経済面を読む上で知っていればほぼ内容を理解できるよう網羅されている。
教科書ってこともあってコンパクトにまとまりすぎていてバックグラウンドがないと読み進めるのはきつい感じ。
こういった教育をやっていてもサブプライム問題はこの国が発端だったわけで、単純にフィナンシャルリテラシー高めればいいってもんでもないと思った。






黒木さんの作品。人物描写に作風がシフトしていっておもしろくなってきている。
実在の人物をベースにフィクション風にうまくデフォルメしています。
ダイナミズムな世界に学生の頃憧れてこういった世界に自分も身を置きたいと思っていた。
その夢はかなわなかったけれどこうして小説だとか映画で自分が主人公に仮想的になって部分的にでもそれを感じるのも悪くない。

僕にはここまで激しい競争はできないと思う。
他人を蹴り落として、自分の利益にならない人間は排除して、コンプレックスを払拭してその先に何があるのだろうか。
僕もコンプレックスがたくさんあってそれを払拭したいって思いはあるけれど、時々この投げかけに解答できなくて焦る自分がいる。

世紀の相場師ジェシー・リバモア 読了



本そのものは数年前に購入していたのだが読みかけでそのまま放置されていた。
その後、仕事仲間の人が読んでみたいというので貸したら紛失されてしまって読みたくても読めない状況が続いていた。

最近、商売(ビジネス)というのを走らせることと、相場を生業として生きていくことがとても似ていると感じるようになってきた。
そして相場の世界で活躍をした人たちの考え方やライフスタイルに大きな興味を特にここ数年で持つようになった。

そんな思いが最近本を読んでいないが、読みたい本がないわけではないと思った矢先に思い出されて、その瞬間にアマゾンでこの本に注文を出している自分がいた。

仕事の合間や外で食事をするときに待っている間など、隙間時間を利用して1週間ほどで読了。

話の大筋は知っていたつもりだったけれど、思った以上に感じるところがあった。

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最近読んだ本 まとめて紹介



この本は別の本で紹介されていたので読んでみたのだが、そんなにいいのかな?といった印象。
割と大きな組織でもがいている人向けの内容だと感じました。
あと翻訳本なんで回りくどいです。
2冊に書かれている事を日本人に書かせたら1冊でまとめられると思います。




俺が就職活動してた時は外資金融から内定取る人は超優秀な勝ち組と定義されてました。
今はどうか知らんけど、リーマンブラザーズから内定貰って後輩から願望の眼差しで見られていた人やら、エリート特有の頭の良さ的な側面が強い人が、外資金融でなくてもコンサルティング会社だったり、ベンチャーでインターンしてたりと、学生という枠組みを超えて活動をしている人を何人も見てきました。

んで彼らを見て思ってたのは、皆ものすごく頭がいいし、議論もできるし、仕事覚えるのも超速い。
働くようになって成功する人というのはこういう人達なのだろうな?という思いだった。

そしてそういった人達の足下にも及ばない自分に残された道は、無名企業に行くか、そもそも社会人になるのを諦めたほうがいいか、自分で起業をするかの3択だった。

日本の巨大な大企業の仕組みである、誰がやっても同じ結果が出る仕事のフローを作るのが仕事的な側面がどうしても好きになれなかったので、自分で色々ともがけるベンチャーと起業には魅力があった。
でもベンチャーで働いている人に会っても違和感ばっかり感じるし、起業は起業で文字で書くほど簡単なものじゃないことも聞いていた。

そんな当時の俺とは対局な資本主義の最上位に位置する外資金融の人達の内情というか実情ってどんなものかを知る上でこの本は参考になると思う。

筆者は中途で入社した人なので新卒で外資金融を目指している人にはそれほど参考にならないと思うが、世間巷で言われるほど待遇が良くない事や、しっかりとしたまともな企業ではあり得ない人材、そして何よりも外資金融と言っても外国企業の日本支社なわけで、そこで働く人は現地スタッフに過ぎないという身も蓋もない指摘を筆者はさらっと書いてしまう。

この辺は痛快というか、なるほど表面的な所からは見えにくい側面だよなぁと思えるもので、読んで良かったかなと思う。

あと外資金融に限らず生活の基準を上げてしまうリスク。これについて書かれてているのは素晴らしい。
経済的な成功って一時的なものであってもものすごく礼参されたり、羨ましがられる側面があるけれど、これだって例外なくトレードオフに過ぎない。

すなわち豊かさを知れば貧しさを忘れる。
一度いい生活を知ってしまえばなかなか貧しい生活には戻れない。

俺の場合だと、東京の暮らしに慣れた今、車がないと生活できないような場所に戻るってのは正直かなりキツイ。
どこに行くにも電車(それもJRでなくて地下鉄)で概ね30分以内。
電車を待つという概念はないので、時刻表なんて見ないし、仮に自分がホームに入った時に目的の電車が発車後でもすぐに次の電車が来るので不安は何もない。

家を出れば24時間営業のスーパーやらドラッグストアが歩いていける範囲にある。

日本全土から様々なバックグラウンドを持ってる人が集まってきて色々なイベントやらカルチャーの発信の場所になってる所がたくさんある。

それでいてちょっと自然を満喫したければ、例えば軽井沢だって電車で1時間ぐらいでいけるし、湘南やら横須賀の海に行こうと思っても1時間30分ぐらいでさくっと行けてしまう。

近所付き合いはやりたければやればいいし、苦手な人は隣人と全く付き合わずに生活する事も選べる。

そして隠れた事実として実は治安がすごくいい。

こういった生活は大都会でないと手に入らなかったと思う。
様々な解釈があると思うが、効率的にアクティブに生きていきたいという人に取って都会暮らしはとても楽しいという事です。

俺は今それに慣れてしまった。
そしてその恩恵を得るとともに、大都会でない暮らしをトレードオフとして失った。

結果、現在の生活のレベルを落とさないために保守的になっている部分も多々あると思う。

俺は常々人間が自分を律するのはとても難しい事だと感じています。
ちょっとでも景気がいいと後先の事考えないで使ってしまう人、物欲に支配されてしまってる人、そもそも買い物が娯楽みたいな人、これらの人は自分を律しない限り永遠に資産を食い尽くしていってしまう。

年収が高かろうが低かろうが、自分の収入の範囲内で生活が出来なければその生活は確実に破綻する。
インよりもアウトのほうが多いんだから当たり前だ。
人は自分の身の丈に合った生活をしなければいけない。

年収が高い事は果たして前提条件なしに素晴らしい事なのか?
これを冷静に考えてみてもいいと思う。
その年収を得るために手放さなければいけない事は何か。それを受け入れる覚悟が自分にはあるのか。

そこまで考えきるのは難しいが、物事を一つのわかりやすい側面だけで判断するのはとても危険だと言う事だ。
必ず良い面があれば、悪い面も何かしらあるという事。

俺も例外じゃない。
今の生活と引き換えに多くの事を犠牲にしている。

いつもの結論に回帰をするが全ての物事は表裏一体。
トレードオフでしかない。
それ以上でもそれ以下でもないんだなって思う。

今週読んだ本

今週は結構当たりな本を読めた。




この本は自分の中で超アタリな本だった。学生時代にザシークレットを読んだ時のような破壊力がありました。あの本を学生時代に読んで、引き寄せの法則を知って、DVDなども何度も何度も見て、疑いながらもちょっとづつ自分が求めているものは何なのか?を問い続けました。

毎日自分は何者で、どこに向かおうとしていて、何を望んでいて、現状から目標までに何が足りなくて、それを実現するために何が必要なのか?を考え続けました。
今でもこれらを考えているし、必要であれば紙に書く事もあります。

それで一連の作業をしていて、実際に現場で感じるのが、心の持ちようというのが仕事であれ、それ以外の分野でも大きく影響をしてくるという事です。
メンタルというものを強くしないといけない。メンタルを管理できるようにならないといけない。そうすれば目標に向かって余計なノイズを排除して突き進む事ができるようになるから。

そんな思いを持ってこの本を手に取りました。
結果、自分が求めていた事が書いてあり大満足です。
まさにこれを知りたかったし、学校であれ、職場であれ、サークルであれ、この考え方を教えるべきなのではないかと感じました。

本が出たのは20年ぐらい前なのだが、今でも通用するのは原理原則的な考え方が書いてあるからなんだと思います。
こういった古典的な良書をこれからもたくさん読んでいきたい。




この本もすごく良かった。
ただちょっと難しくて、本来この本を読まなければいけない人が読んでも途中で読むのをやめてしまうのでは?と感じた。

努力だとか、頑張るという言葉に対する考え方が僕がずっと違和感を持って感じてきた事と完全に一致していた事。またなぜこの言葉が精神論的な側面を持つに至ったのかその背景もうまく説明できているのが素晴らしい。

奢った言い方だが、学生時代からずっと感じていた”俺は学校では散々だが、仕事ではうまくやれる。なぜかわかないけれど仕事では必ず成功できるんだ”という根拠なき勘違いを持てた自分の直感は正しかった。

本によるとこういった勘違いを出来る人間は一握りだそう。なぜ一握りになってしまうのかというと、適応力や現代風に表現すると空気を読みすぎてしまう人が多いから。優秀な人ほどこの傾向が強いとある。これは本当に同意。

僕よりも頭も良くて、性格も容姿も、それ以外のありとあらゆる要素も優れている人は世の中に超たくさんいるのにHAPPYに見える人があまりいないのはなぜなんだろう?こういった違和感に対する答えをこの本で得られたのは大きい。

また自分自身の最近の振る舞いとして、ステークホルダーの方々を中心に今の自分の有り様を、自分に理解や共感を示し、支えて下さる方への感謝がとても強くなってきているのだけれど、そういった感謝の気持ちを素直に持てるようになった事と、ツキの相関についてもうまくこの本は説明できていてとてもいい。

タイトルからしてうさんくさくて、読む人によっては拒絶反応なんだろうけれど、この本に書いてある事は本当なんだよな。。。気がついている人には当たり前の事なんだけど、自分自身もこのツキのスパイラルに入るまでずいぶんと遠回りして、挫折に挫折を重ねて、屈辱に屈辱を重ねてようやくたどり着く事ができました。

だからこそここに至るまでの道のりを支えてくれた人に心から感謝するし、特に学生時代から自分を応援してくれている人には恩返しというか、利子に利子を付けて返さないといけないよなと本気で思ってます。

だから今の自分自身の立ち位置や目指している方向性からすれば全く別の世界で活躍をされている方に対しても、定期的にメンテナンス的な付き合いを提案していって、恩返しをしたいと思ってるし、自分ではしているつもり。

もう一度感謝の気持ちを今ここで文字にするならば、

学校という場でお世話になった方々へ

感謝しています。
僕は貴方達の期待には全く応えなかったし、貴方達の定義するような良い子には育ちませんでしたが、僕らしさを必死になって表現しようとする僕に一定の理解を示して下さった事、僕自身を否定する動きがとても多い中、勇気づけて下さった事、僕自身を僕以上に諦めないでいて下さった事。とても感謝しています。

貴方達の存在なしに今の僕はあり得ません。僕はいつも学校は役に立たないとか散々書いてしまっているけれど、それでも学校は必要な場所で、僕自身がそうだったように本来は有意義に過ごせる様全力でもがくべきだと思います。

一部の方にはお伝えしましたが、今後僕のような問題児が皆様方の近くに現れてもどうか拒否をしないで応援をしてあげて欲しいと思います。彼または彼女はその時点では理解を示さないかもしれませんが僕のように数年後、数十年後に皆様に感謝をする人間が現れるかもしれないし、新しい生き方や多様性を彼らが生み出していく可能性も充分にあり得るはずです。

卒業後の世界で出会った方々へ

皆さんから受けた影響は計り知れません。
皆様のお陰で自分が本当は何を求めて、どこに向かおうとしているのかを心の底から腑に落ちる状況に至るまでもがく事が出来ました。

朝目覚めた時に自分が生きていられる事のありがたさ、自分が取り組むべき事、またその分野において必要とされているという自負があり、それらを自分で管理できているという感覚が僕の生き甲斐に繋がっています。

一流大学を卒業するわけでもなく、特別なスキルがあるわけでもなく、当然ながらこれらに付随して頭も良くない僕が野垂れ死にすることなく今でもこうして健康に生きていられます。

人はその現状に関係なく、心の有り様によって、自分がなりたいと思える者になる事ができる。これは本当の事でした。

個別で特にお礼を言いたい方々、

某学長様、
ノイズを排除するにあたって、乱暴と思われたあの助言も結構的を得ていると今は感じていて、感謝しています。まだ当時の目標には至ってないのですが、決して夢物語ではないと思えてきました。

某COO様、
”なぜ就職をするのか考えろ”という提言はまさに100万ドルの提言でした。
既存の価値観の中に答えは必ずしもある必要はなく、はみ出しても、けもの道でもいいやって思えたのは貴方のおかげです。ありがとうございます。

某CEO様、
あなたは僕を底辺から引き上げてくれた。頭が上がりません。価値観という考え方、オリジナルという考え方を持てるようになったのはあなたのおかげです。今度食事奢りますw

某President様、
あなたは起業に失敗した直後の僕の荒削りな夢をバカにする事なくただ黙って聞いてくれた偉大な人ですw そして一言”できるんじゃないか”と言ってくれたあの言葉にとても勇気づけられました。それから数年経って、僕の事を(いい意味で)変わったと認めてくれた時も、気まずいことをしてしまった時のさっぱりしたあの対応にもいつも助けられています。




最後。この本は仕事で使う人はもちろん、学生時代に読んでおきたかった本。
メールの書き方って地味に誰も教えてくれなくて、他人の書き方を真似してみてもそれが間違っていたりして、ネット上にも様々な見解が存在していてどれが本当なんだって?迷って困ってた。
この本にはあるべき姿とその背景の考え方が網羅されていて、特に仕事上で使うケースに置いて効果を発揮してくれる。
手元において不安になった時に羅針盤として使っていきたい。

以上、今週は読んだ本全部アタリでラッキーな1週間でした。

今週読んだ本

今週読んだ本の紹介です。
最初に書いてしまいますがしょぼいのが多いですw




大好きな任天堂について書かれた本。
投資先のファンドには任天堂も含まれているのでささやかながら同社を応援できているのが嬉しかったりする。

本の中身はというと翻訳本みたいな感じで、同じ事を表現や切り口を変えて繰り返される展開が続き、サクサク読める本ではない。
この内容なら3分の2以下にできるし、単行本ではなくて、新書として出したほうがタイムリーな話題を提供する本しては良かったのでは?とマーケティングにケチをつけてみるw
内容的にもwikipediaのほうがよく整理されていて読みやすく、プロのライターが書いてるわりにはという印象。

任天堂のウィキペディアの記事を読む

同社代表取締役の岩田さんのウィキペディアの記事を読む

同社の宮本さんのウィキペディアの記事を読む

こう感じてしまうのはリアルタイムで任天堂の浮き沈みを一人のユーザーとして見ているからだろうか?
どことなく第三者のゲームにはそれほど興味のない人が取材して集めてきた情報を切り絵のごとく張り合せただけという印象を受けてしまった。
繰り返しになるけど、この本を読むなら上記に貼付けたウィキペディアの記事を読んだほうが読みやすいし、必要な情報はほぼ網羅されているので充分だと思う。



元ライブドア代表取締役の堀江さんの本。
これが出版された頃のライブドアはまさに飛ぶ取り落とす勢いで、本の中にもそんな勢いのある同社の実情がリアルに描かれている。
内容としては起業してから、同社が上場を経て、連日テレビで報道されるようになるまでの歴史が、社長としての堀江さんの視点から描かれている。
起業する時には誰もが書いたり考えたりするであろう事業計画書や会社を作る時に作成をする定礎の実物が掲載されていたりとリアルでおもしろい。

得られる知識としては起業するために必要な素質、起業の必要なもの(書類やら設備やら)、成功するという事はどういうことなのか、などで他の本にも書かれている事も多い。

なのでその手の話をすでに知っている人に取っては新しさはない。
そもそもこの本は2004年に出た本なので斬新さがないと今評価してもしょうがなかったりするわけだが。。

あと同社があまりにもイケイケな時に書かれていて、その後の同社の崩壊、成功のダークサイドについては一切触れられていないので、副作用への対策として、

同著者による、



または、



を読んでおく事を推奨します。(個人的には拝金よりも、成功者の告白を強くおすすめします。)

何事もバランスってことです。
何かを得れば何かを失う。

本題とは逸れてしまうが、この辺の事をよく歌っているのが、H jungle with t のFriendship という曲だ。



作曲:小室哲哉
作詞:小室哲哉
強かったねあいつは
どんなに仲間が裏切っても
優しかったねあいつは
澄んだ目をして歩いてた

熱い血が流れてる
ちょっと見じゃ わからないけど
人生はバランスで
何かを勝ち得て 何かを失ってく
それでも 未来を担うかけらでも
男としたら狙ってる

逢える時が来る こんな時代を生き抜いていけたら
報われることもある 優しさを手抜きしなけりゃ

強かったねあいつは
目をそらさずに 転んでた
優しかったねあいつは
照れ隠しに 歩いてた

いつからか描く夢
遠い日の 平和になってた
走っても走っても
追いつきそうもない 世の中を
とにかくおまえを守ろう
とにかく明日を迎えよう

吠える時もある 心が寒くて灯し火絶やさぬために
逆らうこともある 時代が必ず正しいとは限らないから
逢える時が来るいつか こんな時代を生き抜いていけたら
報われることもある 優しさを手抜きしなけりゃ

逢える時が来るいつか こんな時代を生き抜いていけたら
報われることもある 優しさを手抜きしなけりゃ
吠える時もある 心が寒くて灯し火絶やさぬために
逆らうこともある 時代が必ず正しいとは限らないから

逢える時が来る…



あくせく過ごすのも嫌だが、自由を持て余すのも嫌だ。
その辺のバランスについて僕自身はまだ結論が出せていない。

最近読んだ本

先日、食料を買いにいったついでに寄った本屋で3冊ほど購入。
読み終えた。




自分的にはイマイチだった。翻訳はまあまあ読みやすいが、大きな組織にいる人に向けたメッセージを感じました。
要はフォーカスする点を見誤っていないか?という問題定義なわけで、仕事をするのに豪華な家具やら大人数の会議は必要ないなどそういう話が延々と続く。
大企業に勤めた事のない自分にとっては響かない内容だし、当然ながら危機感を感じる内容はなかった。
機敏性のある組織やチームを作りたい人向けの本という印象です。




この本もイマイチだった。現時点(2010年)の今では当たり前すぎて斬新さがない。5年ぐらい前にこれを読んでいたのならより良い発見があっただろう。
フラット化する世界もそうだが、たくさん売れた本は誰かが要約を必ずまとめてアップするのでそれを読めば充分という気がします。
要約を読んで気になったり、より深く研究してみたいと思ってから購入するという選択もあるしね。

ロングテールって何?って方は、wikipediaの記事がよくまとまっていて読みやすいのでチェックしてみて下さい。

上記2冊を読んでいて漠然と、俺これもう知ってるよ。。みたいに感じる事が多くてなんでかなと思ったら、梅田さんがすでにウェブ進化論で2006年時点でこれらの考えを発表されていたからなんだよな。。
この本を概ねリアルタイムで読んで深い感銘を受けて何度も読み返した自分にとってこれらの概念は空気のようなものであり、それらを実生活とも結びつけている今では新たにその定義や考え方の中に真新しさを見つける事はそれほどないのだろう。

梅田さんの書かれた本はほとんど全て読んだが、ウェブ進化論の考え方から派生しているものが基本で、やはり根底をたどるとウェブ進化論に回帰をしている。
それぐらい必読の本だと思うし、僕自身が影響を受けた本。

そして次の本も梅田さんがウェブ進化論の中ですでに考え方そのものは公表されているもので、それを現在のテクノロジーと組み合わせていかに活用するかにフォーカスして落とし込んだ作品と言えるだろう。



今回読んだ3冊の中では一番まとも、かつ役に立ちそうな印象を受けた本。
ただテクニック的な所の紹介が全面に出てるのと、自信のアクションを収益化すること=ゴールと定義されてしまっているような印象も受けてそこだけは残念だった。

確かにお金はあることにこしたことはないが、それが全てではない。
自分を表現するためだけに写真を撮り続ける人もいるだろうし、それをコストのかからない方法でネットで後悔して自分の写真展とすることで夢を実現して満足する人もいると思う。

ネットで情報を発信する上で心がけたほうがいい事として、情報の出し惜しみはしない、自信の信頼を高めるために真摯に行動をするという考え方が紹介されていて、これは僕も同意。

検索していても、例えば商品を紹介しているページがあったとして、それの購入後の感想を探している人がそのページを訪れてそこに書かれた記事を読めばすぐにわかることがある。
その人が本当に商品を買って書いた内容なのか、それとも買ってもいないのに自分の推測で書いたのか、コピーしただけかのか、読むとわかるんだよね。不思議と。
当然自分で買ってもいないもの紹介しているのは真摯さに欠けるので、ブラウザーの戻るボタンを押されて、ユーザーは二度と戻ってこない。信頼を失い糸冬。
こういうパターンは自分自身も検索していて結構多い。

それからこの本では最近になって注目を集めてるクラウドの考え方も紹介している。
ムーアの法則から派生した過去に高価すぎて導入が難しかった技術が現在では安価になった事。より深くには人脈や経験も必須ではなくなってきたという。
リアルタイムでそういった進化を感じている身としては当たり前すぎてその大きさを感じないのだけれど実際そうだと思う。

昔の友人に再会するためのエネルギーも今じゃ数クリックに取って代わった。
大容量のメールボックス、強力なスパムフィルター、ウイルス対策ソフト、そしてOSでさえもかつてほど高価ではなくなってきている。
それ以外にも電話、ビデオ、生放送、音楽制作、映像制作、文章表現、出版などなど、昔は敷居が高かったり、コストが高かったことはどんどん安価に簡単になってきている。

それをどう使うかを考えるのが現代人の仕事なんだろうね。
使い方次第では良い方向にも悪い方向にも物事を導いてしまうこれらのテクノロジー。それらを活用すれば旧世界のような常識に捕われる事なく個が活躍できると締めくくっている。

以上、読んだ本の紹介。

次はNLP(神経言語プログラミング)に興味があるのでその分野の本と、それに付随してメンタルマネジメントに関する本を読みたいと思ってる。
読んだらまた感想を書きます。

罪と音楽 読了



なんで今まで読んでなかったのかよくわからんが、そういえばこの本があったよなーと思い出して読んだ。
1時間ぐらいですーっと読めた。

読み終えて思うのは人は自分が管理できるキャパを超えて生きる事は難しいって事だ。

何十億ものお金を稼いで、長者番付にも載って、別荘やらクルーザーやら買って、やってるうちに感覚が麻痺してしまったと書いてある。
その一方で常にメッセージや時代の一歩先を行く提案を実行し、実際に結果を出していた。
その好循環があったからこそいくらお金を使っても採算が取れる仕事ができていた。

でも段々とCDが売れなくなっていて、その流れにも勢いが無くなる。

一度豪勢な生活に慣れてしまうと生活基準を落とすのは難しいから、浪費癖があるとわかっていても簡単にはそれを直す事はできない。
これはホントそうだと思う。豪勢な生活をしていない人でも浪費癖がある人、買い物中毒になってる人、物質的な豊かさで精神的な充足を得ている人の価値観を変えていくのは難しい。

今、彼は有罪判決を受けて執行猶予期間なわけだけど、生活のレベルがどう変動したのかというのはあまり伝わってこない。

中学の頃、人はなぜ働くのか?をディスカッションした覚えがある。
お金のために働いているって答える人が多くて僕もどちらかというとお金のために人は働いている部分が多いと考えていた。

じゃあ一生食うに困らぬお金をすでに稼ぎだした小室さんのような音楽家がいるわけだけど、彼はなぜまだ働いているのか?と問われて、なんで働くのか?と深く考える。

音楽を作るのが楽しいからというのが当時の結論だったのだが、その答えは半分正しく半分は必ずしも的確ではない。

一生食うに困らない身分にある人達、例えば会社作って売却して数十億単位の資産を手に入れて引退した人が数年もしないでビジネスにまた戻ってくる。
遊んで暮らせる気楽な生活を手に入れているはずなのになんでだろう。

僕の考えとしては人は何かに打ち込んでいないとおかしくなってしまうからというものだ。
仕事の楽しさというのはもちろん存在すると思うが、言葉で書く以上にしんどい面も仕事には多々ある。
クリエイティブな仕事ならなおさらだ。

それでもまた現場に戻ってくる等のは、自分が何かに取り組んでいて、それが誰かの役に立ち、必要とされているという充足感を人が求めているからだと思う。

単純にお金があればいいという考えの人も世の中にはいるが、見ていても何か寂しそうというか、どこまで行ってもお金、お金の追求だけで、他には?何もないの?と感じてしまう。
どれだけ稼いでも墓場にお金を持っていく事はできないし、残した遺産も相続させようものなら税金がかかる。

自分が生きた軌跡を、何か見える形でもそうでない形でも残したいのだと思う。

やべ、何言いたいのかわからなくなってきた。
まあ思うのは、俺の両親見ててもそう思うんだけど、自分が何者で、どこに向かおうとしていて、どんなことにsatisfactionを見いだすのか(幸せを見いだすのか)を定義して、それを実現するためにどうすればいいかを考えるといいんじゃないかって事だ。

それで失敗したって本気で生きたいならアルバイト掛け持ちすればまたすぐに資金は貯められるわけだし。(アルバイト掛け持ち20時間/日で2ヶ月で100万円貯まる
日本はとっても豊かな国だからなー。
まあこの辺の説明は俺がするよりも、他人の記事読んでもらったほうがわかりいいんで紹介して糸冬。

裸でも生きる 読了



すごいリアリティです。
自分の経験を自分の言葉で話されているので重みが違う。
人はここまで逆境でもやっていけるのかと、人間の底力に圧倒をされます。

自分自身とも共通点を見いだすとともに、決定的な違いがあって、

自分 → 不満をいい、納得できない状況を諦めたり、自分が不満点に対して行動を起こさない事を正統化する。
山口さん → 努力する事で必ず課題を解決できると考え、極限状態まで努力をされる。仮に物理的にも不可能かもしれない状況であっても、アプローチを変えてみたり、視点を変えたりすることで解決しようと粘り強く取り組む。

自分の頭が悪いとか、偏差値が低いとか、体力がないとか、資金がないとか、できない理由を流暢に説明する事に労力を割いてばかりいた自分。
山口さんは自身が努力をする事で抱えている課題は解決できると考え、どうすればそれが出来るのかを考え、行動を起こし続け結果に繋げてきた。

海の外のリアルさに触れている時期も、インターンに参加する時期も自分と比べてもかなり速い。
そしてその経験の深さもとても深く、だからこそしっかりとその後の活動にも活かされている。

今はインターンというと割と学生でも知ってる人が多くて参加者も多いが、当時はインターンという概念を知っている学生はそれほどいなかったのではないか。

海の外に出て日本との違いや、本やテレビやネットでは語られる事のないリアルな世界を知る → その上で自分はどうするのか?どうしたいのか? を考えるという一連の流れは人の考えやライフスタイルそのものも変えてしまうほどの破壊力を持っている。

僕自身も海の外のリアルな世界をちょっとだけ見た事で、自分が今まで大事だと思っていた事や、自分自身の小さなプライドが粉々に破壊されるのを体験して、そこから再起動してどうしていくか?を必死に考え続けた事で変わることができたと思ってる。

普段あまりにも当たり前に暮らしているこの日本という国で生活できる事がどれほど幸福な事なのか。
僕らは政府によって言論を制限されたり、表現の制限がかかっていたり、明日食べるパンの心配といったものがない国に生きている。
その奇跡に、先人達が築き上げてくれた偉大な世界に感謝をするとともに、もしかしたら前述の問題や政治的な腐敗が蔓延している国に自分も生まれていても何も不思議じゃなかったという現実にドキッとする。

この本は久しぶりに頭をガツンとやられる気持ちにしてくれるインパクトの大きさだった。

すごい僕と同じだなと思ったのが、

虐められるのが嫌だから目立たない努力をするが、それが息苦しくなったという経験をされている所。
(他にも長期で付き合える関係や仕組みを作られている事や自分と他人を比較するのを辞める決意をされている点も共通点だと思った。)

僕も中学に入った辺から自分自身でいようとすればするほど、周りの友達から反感を買ったので、高校に入ってからはいかに荒波を立てないようにするかばかりを考えていたような気がする。

それで高校を卒業して最初の大学(短大)に入学した時に、トイレに行く時に先生の許可を取らなくていいい事や、誰の隣にも座っていい自由度、自己責任ながら講義に参加をするかしないかは自分自身で決めることができるという、自分の考えに基づいて行動を起こせる大学という場所がものすごく心地よかったのを覚えている。

これで生きたいように生きられると思っていて、講義に参加しないことが格好いい事に思えてきたり、留年する友達とつるむようになってどんどん堕落していった。
でも堕落すればするほど心の中に寂しさがいつもあったし、本当に友達と呼べる人が日に日に減っていってしまった。
楽なほう、楽なほうに流れ、なぜ自分がそうするのかを置き去りにして、堕落する自分をひたすら正統化した。
だから規定期間で卒業できずに留年をしたし、主導権を自分自身に置かなかったから環境に不満点ばかりが目立ってみえる生活が続いた。

荒治療でも人生におけるマイルストーンとも呼べる経験が人を変えることができると思う。
本当に一晩や数週間の間に起きた経験がその人を変えてしまう事があると思う。

自分自身はどう思うのか?自分は何者なのか?どこに向かおうとしているのか?
この質問に対して自らが積極的に主体性を持って考える事ができるようになって僕は変わることができた。

もう環境に不満ばかり言って、何も行動を起こさない自分はいない。
どうすれば課題を解決できるかを自分なりに考え、それに対するアプローチを打つ自分がいる。
自分が心の底から望み、手に入れたいと思っていたライフスタイルを概ね手に入れている。
自分自身の欠点も含め強みを最大限に生かし、自分自身の素質ともしかしたらあるかもしれない才能を有効に活用できている。

そんな自分に出会えたのは、短大を卒業して編入学をしたあの大学があったから。
あの大学が僕という未熟極まりない人間を受け入れ、ある人は僕を認め、ある人は僕を褒め、ある人は僕に居場所とそこで活躍するためのチャンスを与えてくれた。
その期待や応援全てに応える事はできなくて、勉強もあんま真面目にやらんかったけど、間接的にそういった所で学んできたプロセスや経験が今にすごく生きています。

昨日見たテレビで、飲食店のオーナーが言ってた印象的なフレーズ「頑張らないけど、諦めない」。このフレーズに共感です。
僕は努力だとか頑張る事は苦手だけど自分を諦めないでずっと生きてきた。

visionを持ってその実現のために必要なことを考え、時には人の助けもかりた。
そうやって生かされながら、今はなんとか自分を生きている。

「裸でも生きる」は続編があるみたいなので読んでみたいと思う。
それと内容はこの動画で話されている事とほとんど一緒なので、どんな内容なのか感じを掴みたい人は下の動画をぜひ見てみて下さい。




また無駄に長いブックレビューになってるか怪しい記事ですいませんw でも何か読んですごいアツイ気持ちがこみ上げてきたので勢いで書いてみました。

この山口さんという方好きだなぁ。

拝金

マネーと自分の距離について考える時、ものすごく自分の本質的な所に触れる感覚になる。
自分は何を求め、どこに向かおうとしているのか?
この質問に対する答えを、マネーは明確に定義させてくれる。

初めて就職活動をした時に考えた事は、世の中の役に立つ事がしたいという思いだった。
そうすることで働き続けるモチベーションを維持できると思ったし、働き続けるということは稼ぎ続けるという事も意味しているから、何かそれは素晴らしい事のように感じた。

ところが、どこに行っても何をしても、ただ違和感ばかりを感じている自分がいることに気がつく。
それは就職活動をしたからそう思ったのではなく、もっと昔から、幼少の頃から自分はどうやら他の人達と少し違う価値観で動く様だというぼんやりとした感覚から感じていたものだった。

ある日、自分の軸をもう一度見直してみたいと思うほど強烈な体験が僕に降り掛かった。
愛する人との別れ。
人間が乗り越えなければならない苦しみの中の一つ。

この経験を通じて僕は生きる事というのはどういうことなのか、幸福とは一体何なのか?を真剣に考えるようになった。
そして自分が幸せになるために何をしなければいけないのか?を真剣に考えるようになった。

ある日、就職活動を通じで出会ったある会社の役員の人が「なぜ就職するのかを考えてみたらどうだ?」とさりげなく言った。
就職する理由ー。社会に貢献するため。経済的に自立するため。社会人として、プロフェッショナルとして生きていくため。
そういった答えが当時の自分の頭の中では回答として導きだされた。

今でもこういった思いに近いものも部分的に持っているし、こういった考え方が間違っているとは思わない。
きっと他の人達も部分的にはこれに近い思いで、働くための決意をしてきているだろう。

だけど本当にそうなのか?それだけなのか?と聞かれた時に僕の心は一瞬の迷いもなくYES!と答える事がいつもできなかった。

何よりも大きな要因として、既存の働いている人達の中に、自分もこうでありたい、こうなりたいと思える人をほとんど見いだす事が出来なかった。
彼らは確かに高度な実務をこなし、プロとして生計を立て、家族を養っているが、あまり幸せそうに見えない。
稼いではいるが、あまり豊かではない、自転車操業的な側面さえ見えた。

幼い頃から、努力はいい事だ、欠点を少なくして他人から評価される人間になれば成功が出来る、そう教育は教えてきた。
それに応える人達をすごいと思ったし、きっと彼ら彼女らは成功するのだろうとずっと思っていた。
そしてそういった人達のように成果を上げる事の出来ない人間は野垂れ死にするしかないのかもしれないと時々感じていた。

ところが色々な人に会い、様々な側面を見ていくうちに、どうも自分が信じ込まされていた側面は嘘っぱちではないのかと思うようになった。
いい学校を出て、いい会社に勤めて、結婚をして、子供を作るー。これが絶対的な成功で、絶対的な幸福なのかという疑問が強くなってきた。

きっかけはハゲタカという映画の中に出てくる有名な台詞。「世の中には二つの不幸がある。一つは金のある不幸。もう一つは金のない不幸」。



この台詞を初めて聞いた時に頭をガツンとレンガのようなもので殴られたような印象を受けた事を鮮明に覚えている。
マネーとは自分にとって何か?そしてそれに付随する価値観について自分はどう思っているのか?

そんなことを20年以上も生きてきて真剣に考えた事が一度もない事に気がついた。
そして生きる事と関連して、自分にとってマネーとは何か?自分にとってマネーとはどういった価値を持っているのかを考えるようになった。

考えに考えた上にたどり着いた結論は、「自分にとってマネーは尊いものである。それがあることで人は選択肢を持つことができる。マネーのある不幸もある一方で、彼は選択肢を同時に持っている。彼は現実に不幸かもしれないが、そういった不幸な環境を手放す選択肢も、維持する選択肢も持っている。反対にマネーを持っていない者に選択肢はない。ただ自分を取り巻く環境に流され続ける以外に術を持っていない。僕にとってマネーとは自分の可能性を最大化してくれるものだ。マネーがないよりはあったほうがいい。それもあればあるほど望ましい。僕はどちらかというとマネーが好きだ。好きというより愛していると思う。だからマネーを、可能な限り自力でかき集められる、それでいて僕が当初抱いていた世の中の役に立つ事を実現できるような仕事でマネーを稼ぎたい。そうすることで世の中との接点を持ちたい」。

こんな結論に至った。これが今から2年ぐらい前。
今でもこれに近い思いを僕は持っている。

金のない不幸が身の回りで置きた事も、この思いをより確かなものにした。
よくマネーを持っている事は成功と定義されるような風潮がある。
そして実際にマネーを持っている人達は、マネーを持ってない人達と違うシグナリングを発しているように僕らは思い込まされていて、そのわかりやすい例が物質的な豊かさだと思う。

大きな家、大きな車、美しい女(あるいはセックス)、プライベートジェット、アルマーニのスーツ、フェラガモの革靴、ダンヒルのベルト、機械式腕時計、雑誌の広告に出てくるようなわかりやすい物質的な豊かさの一例だ。
これらを身につける事で、経済的な成功者であることをPRでき、そのシグナリングによって引き寄せられる様々なエクスタシーに人は酔う。
物質的な豊かさは人を精神的にも幸福にするー。

そう信じ込まされてきた気さえする。そうしないと経済は廻っていかないから、人々がこれを信じ続ける事はそれなりに大事な事だとは思う。
でも僕はあまりこれらを渇望したいとは思えなくなった。

もっとありふれた日常に幸福を見いだしていたい。朝起きた時に自分を生きていると思える生活。そんな自分のライフスタイルを確立する事のほうが重要に今は感じている。

人の命でさえも値段を付けてしまう資本主義が全ての価値観をフラットにしてしまった。
そうすることで資本主義はさらなる力を得て、それに従わない人達を排除することが可能になるから。

拝金という本では、これらの欲望を超える瞬間をマネーを得た者は感じる時があると言う。
そしてそれを「突き抜ける」と表現し、自分なりのマネーとの距離を考えてみるのはどうか?と提案している。

僕は自分が突き抜けているとは思わないけれど、今の所バランスをうまく保ちながらやれていると感じている。
それでも時々こうも思ったりもする。「自分はマネーの奴隷なのではないか?」と。
そんな不思議なマネーという存在と僕はこれからどうやって付き合っていくのだろう。


最近読んだ本 まとめて紹介



いい本なのだと思うが、よく理解できなかった。
著者のバックグラウンドが基準になっていて、車の運転の上達にマニュアル車の説明が使われていたり、将棋の駒の動かし方が説明に使われていたり、著者の基準が中心に説明が進むので著者と同じような背景を持ってる人でないと共感や理解が進まないように感じる。
俺は車はオートマしか乗った事ないし、そもそも免許も最初からオートまで取ったので、マニュアル車の説明されてもなにそれ?って感じだったし、将棋はルールはもちろん知ってるけど、細かなテクニック的な所は文章で説明されてもイメージするのが困難。
著者からすればわかりやすく書いたのかもしれないが、俺にとってこの本は抽象的な概念を難しく表現した本だった。




図書館で発見。本屋さんでも思う事なんだけど、ぶらぶらと歩いていて偶然おもしろそうな本を発見すると嬉しいですね。
この本は俺がYOSHIKIさんのファンってこともあって読みました。
内容としてはXJAPANの特にメジャーデビュー前のことが詳しく書かれている。
メジャーから後の事はページ数はそれほど割かれていない。
この本を読む事で断片的に報道をされてきたYOSHIKIさんの別の側面や背景を知ることができる。
例えばカレーが辛くて帰った事件というのを知って、表面的な所しか見てない人は「身勝手な人」とレッテルを貼ると思うけど、彼がなぜ帰ったのか?という背景をしっかりと知れば、YOSHIKIさんの高いプロフェッショナリズムに触れることができる。
きっと音楽を制作している人は誰でもそうなんだけど、作品を作り、発表し、またその作品が多くの人に受け入れられていくまでにものすごい情熱と時には反感や偏見を乗り越えていってることがこの本を読むとわかる。
だから俺は作品を作り発表し、表現をしている人達の事を心から尊敬します。それは本当にすごいことだと思うから。

ちょっと話はそれるけれど、組織とは何か?を考える時に、社会とは何か?という概念にも通じる所があると思っていて、”自分と価値観の合わない人たちとも力を合わせてゴールに向かって協力していく事”が組織が目指す所であり、社会全体が目指す事だと最近考えるようになりました。
細分化されて仕事も、馬の合わない上司の人、同僚、取引先の人、近所の人も全て必要な存在で、そういった人達がいて自分のポジショニング(位置づけの定義)ができるわけであり、特に高度に文明が発展して多様化した現代にその傾向が強いのだと思う。

俺が大嫌いな揚げ足取りする人も、老害な人もやっぱり必要で、自分と価値観が合う人を見つけるのが難しいのも、社会が多様化した証拠そのものだと思う。
そしてそういった状況は俺にとってはとても歓迎すべき事。今までだと俺のようなマイノリティは声を出す事も、自分を表現する事も、もしかしたら生きていく事さえできなかった時代だったと思う。
それがどうしてか、こうやって生きていられる。生かされている。そのことにありがたいと毎日思うし、僕は僕を理解し支えてくれる人達に良い影響を与え、彼らとともに幸福になれればと願っている。




ドラッガーの本を実は読んだ事がないので最初の一冊として読みやすそうな本として選んだ。
読み終えるのには2時間ぐらいかかったが、理解はしやすく、次の一冊へのきっかけとしては申し分ない内容だった。
組織や家族といった集合体を管理しなければならない全ての人達にマネジメントの概念は有効に左右すると思う。
俺は何かを自分で管理していくことが結構好きな人なのでワクワクしながらこの本を読み進めました。
著者の事はblogで知っていたけど、blogとはまた違った文章の書き方のように感じてそこが新鮮だった。

この本はもちろん一読していい本だと思うが、俺が著者の書いた文章で好きなのは、般若心経を唱える猫という記事。

この記事には現代の日本が抱えるとても本質的な問題が凝縮されているように感じる。
みんないい奴(人)だったのに、いつの間にか汚れて、死に近づいていく。そんなことがリアルに表現されているように俺はこの記事を読む度に感じます。
人が変わっていってしまう事への寂しさ。俺自身も変わっていってるけれど、そのことはもしかしたら誰かに寂しさを与えているのかもしれない。そうやって俺も含めた人は変化をしながら生きている。

求めれば受け入れてくれる。幼い頃はそれが当たり前だった。今じゃ求めるだけじゃ不十分で、小さな小さな隙間を探さなければ自分を失ってしまいそうな激流の川の流れに生きている様。
大人になった俺は子供の頃できなかった、あるいは大人になったら思い通りにやってやろうと思っていた力を手に入れた事に満足をしながら、自分が子供の頃当たり前に手にしていた物を失った結果を甘んじている。

信じていたい。広い世界のどこかに自分を真に理解してくれる人がいる事を。持続可能なライフスタイルの模索はこれからも続く。



最近の本と思って読んだら2008年の本でちょと古さを感じる。(この記事は2010年に書いている)
俺は今まで広告って世の中に必要ないものではないか?と思っていたのだが、この本を読んだ事で、広告があるおかげで良質なコンテンツを無料で楽しむことができるし、スポンサーも広告によって収益を高めることができる(?)し、それによってスポンサーや広告代理店の社員の仕事が生まれているのがよくわかり、広告も必要だなって思えた。

書いてある事は当たり前と個人的に思う事で、ウェブのユーザビリティで勉強してきた概念と全く同じだったので
新鮮さはなかった。
けどアマゾンのレビューを見るにこれを新鮮な思いで読み進めた人もいるようなので、それなりに良い本なのだと思う。
広告業界を目指している学生や入社したばかりの人、改めて業界や広告の仕事について考え直してみたい人にいいかも。
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