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父の日の贈り物 それがモノでなくたっていいじゃない

お中元だとかお歳暮というのは日本だけの文化だと思うが、その背景にはやはり言わなくてもわかるという良くない風習があるんだと思ってます。

こんなものを送るよりも、今ならスカイプで直接連絡を取ってみたり、その人が困っていることを助けてあげたりした方がよっぽど嬉しいと思うのですがいかがでしょうか。

確かにビジネス関係のおつきあいの人は表面的なもので、モノを送る以上のことはしたくないのかもしれない。

しかしの日や母の日ではどうか。
彼らはあなたの家族だ。
そんな人にモノを送ってさよならですか。

相手が姑でモノを送るというのならまだわかる。
だが実のや母にもそうすることがはたしてベストなのか。

僕はモノなんてに送らない。
現実的にはその前に行ったPCの新調がそれに近いものに値するけれど、それとは別にメール便のことを教えてあげたり、ネットでの書籍の値動きが売れ行きとどう関係しているのか(価格の暴落に対して著者はどのようなアプローチをとっていくべきかなどの戦略)を教えてあげることで感謝をされている。

こいつが自分の息子で良かったなぁと思ってもらえればうれしい。
亡くなった母に対してもそれは同じだ。
誇れる自慢の息子と思ってもらえるように、みっともない生き方はできない。
それが残された者に課せられた使命だ。

愛する者との別れは人に必要な究極の成長を与えると思う。
自らの死と引き換えに、残された人間は何かを感じ、学び、時には変わる。

僕は生きることとはなんぞや、自分は何者なのか、働くというのはどういうことなのか、人生における幸福とは何か、家族とはどういう存在なのかをここ1年真剣に考えている。

いくつかは自分の中で納得できる答えが見いだせたし、生き方は確実に変わった。

就職活動を2回したことも影響しているけれど、時間に対する考え方。
2時間かけて300円を節約するより、その時間を節約して300円高値でも買う。
こういったことができるようになった。

つまりそれはPrice per Valueの考え方が自分の中に芽生えた。
スピード至上主義なのではなくて、それをやることでどんなメリットがあるのか、他にどんな選択肢があってそれぞれの選択をすることによって自分はどうなるのかを未来志向で並列して考え、その中から一つの回を選ぶようになった。

話を戻そう。
既存の価値観に縛られすぎて、大事なことを忘れてはいないか?それを今日は問いたい。
の日という区切りにあなたは何をしたのか。
ギフトを送っていいことをした気になっているのならば、あなたの器は並かそれ以下の存在だと僕は思う。
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