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東京。空虚な町。

若い頃、特に10代の頃は世界で何が起きているかなんてさっぱりわからなかった。
僕が高校生の時、世界貿易トレードセンターに飛行機が激突した、あの時でさえ僕は何が起きたかわからなかったんだ。

今少しだけ自分の価値観が、自分の方向が昔と変わっていて、遅すぎるのかもしれないけどそれはいい方向だと自分では感じる。

昔は東京って場所にすごい憧れていた。当時僕は千葉県に住んでいたんだけど、千葉県には住んでいる人はわかるように何もない。退屈極まりない場所だったんだ。週末は何をするかっていうと自転車にのってゲームショップやレンタルビデオ屋、本屋で珍しいものがないかチェックする程度のことしかないんだ。

少し大きな街に出ても、できることはたかがしれている。僕はファッションにも興味がないからウィンドウショッピングもそれほど楽しくないし、秋葉原が当時は最も僕にエキサイティングな場所だったと思う。

僕はわからない。特定の友達でなくて、仲間と酒を外で飲むことの楽しさ。それは寂しさを紛らわせたり、嫌なことを忘れるためだけが目的であり、それはストレス回避策なだけなのだろうか?
外での付き合いは好きな人と、家に帰るとただ眠るだけ。近所付き合いはなし。
こういう人が今は多いのではないか?

好きな人同士で付合うのは楽しい。それを否定するつもりはないよ。だけど僕は自分と違う人と付き合うことで、親しい人とのつながりよりも多くのことを学べる気がするんだ。そしてこの国で長く生活しているとわかるだろう。個性は生かすんじゃなくて、潰される。また配慮深い人がその才能を発揮できないでフラストレーションを感じてしまう社会であることが。

僕は東京の中で静かな場所、皇居の周りを自転車で走るのが好きだ。静かだし、特別な目的がなくても結構楽しい。
だけど新宿や今の秋葉原はどうだろう。多くの人はそこを訪れ、買い物をしたり、友達と時間を共有している。けどそこに人が来るのは目的があるからだ。目的なしにはただの抜け殻、空虚な場所でしかないことがわかる。そして地域(地元)と都市部の格差の大きさから、楽しむ場所=都心で地域は眠る場所という図式ができてしまう。実際、深夜や早朝のあそこがどれぐらい静かで何もない場所であるかが見たことがある人にはよくわかるはずだ。

いつの日か、それが当たり前だって思うようになる。

文化があるから、歴史があるから。それを愛すべき国、日本であると定義する人は多い。しかしながら僕はこれらは過去に焦点を当てるばかりで、未来はどうなの?っていつも感じる。ジャーナリスト、新聞は指摘する。日本の借金は膨れ上がり、この瞬間にも利子だけで莫大な金額が(おそらく数百万円単位で)増えているこの国の危機的な財政状況を。子供は減り、人口は減少をたどり、国際化の中では特定の業界以外は強い競争力を持っていない。




あの自動車業界でさえ、韓国に今は追い上げられてしまっている。

技術の国、日本。他の国が真似できないほど高度な技術をまだ日本が持っているのはわかった。そしてそれを守るために特許もたくさん出願して、知的財産を守る努力もしている。

結果、経済は潤って僕たちは明日の食べ物に困ることはない。着る服もきわめて素材のいい服が安価で購入できる。

国際化の影響である。

急激なグローバルニズムのもと特にアジアは世界から注目の市場で、ここ日本もその例外ではない。

だけど、だけどいつも思うんだ。豊かさと引き換えに得たこの空虚さはなに?いくら贅沢をしても、いくら便利な場所に住んでも、いくら高等な教育を受けても満たされないこの感情はなんだろう?

もう僕は若くない。10代の頃のようによくわからないけど新しいものに触れれば刺激を受けて成長をしていたという状況にはいない。

キャリア形成?年収をあげるために転職を繰り返す?

それもいい。だけど、だけど僕たちの、僕の、あなたの生活は?人生はどうなの?

満ちあふれているだろうか、愛を感じるだろうか、コミュニティがそこにあるのか?

今はただこの東京が田舎町の一つにさえ思えて、小さいことが問題じゃなくて、ただ余裕のなさの中を常に漂い続けているそんな状況に憤りを感じる。

自分に何かできないのだろうか?自分の力を、才能を発揮できないまま生涯を終えることが怖いし、そんな人世は悲しい。

多くの人がなにかしらの憧れ、夢を持つ。
ある人はいう。「それをあきらめて現実を直視することもまた勇気である」と。

僕は青くいたい。僕が言いたいのは理想が馬鹿げていても、それを目指して環境がたとえ離れていてもそれを目指して何かしらの行動を起こし続けていたいってことだ。何もしないまま同じような毎日、創造性に欠けるルーチンワークの繰り返しは飽きてしまうことを僕は知っている。

ただ、僕は彼のように、彼女のようにもっとリラックスして人生の素晴らしさを感じたいんだ。自然の中で、森に囲まれて、新しい友人、出会えるかもしれない新しい家族と人の温かさを共有したい。

来年、出会えると信じているそんなエキサイティングな生活が唯一の僕の今の希望だ。

就職活動も大事だけれど、結局のところ仕事は生活の糧を得るためのものでしかない。キャリア形成をしなければ年収はあがらないし、”経済的な豊かさ”は手に入らない。

もう一度言おう。自分と違う人からこそ多くのことが学べる。自分と違う環境、違う文化。それを感じて理解するうちにいつか自分がそれらを受け入れるようになる。

違うことが当たり前って思えるようになる。バカの壁が取っ払える。



その時になって僕ははじめて日本を理解できると思う。
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