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戦友と再会

アイオワの語学研修に参加した友人と神田キャンパスで再会。

自分と同じ4年生で就職活動も無事に終えて、今は研究生活を堪能しているようだ。

神田キャンパスの学生は望んでいるにしろ、そうでないにしろ大きな組織で毎日揉まれている。

僕のサークルの後輩の一人は「勉強が忙しいのが嫌でもっと偏差値の高い大学からも合格が出たが蹴ってきた」なんてのがいる。しかもこういう人間がまれでなく結構いるようだ。そのため偏差値はFuckでもものすごく優秀な人がいて、若いのに立派だなぁと感心する。
最近になって気がついたのだがどうやら千葉も神田も共通にこの大学では課題が毎週わんさかでる。それは基本的にルーチンワークなのだが、それをこなしているうちに気がつくと実力がついてテスト勉強をガリガリやらなくても単位が取れるという感じだ。

サークルの後輩の彼も忙しい生活を避けたつもりが、課題にどっぷり浸かる生活で、行くはずだったかもしれない大学よりも忙しい生活をしているのかもしれない。

この大学の学生は勉強をしていないのではなく、意識して勉強をしていない。無意識のうちに課せられる課題というプロセスが学生を日々成長させている。

だから毎日それなりにやることがあるし、打ち込むことがない人も勉強にうちこんでいれば4年間はあっという間にすぎていくような大学なのである。

講義が終わったらすぐに図書館に行って、課題のための文献を揃えて、あるいはコンピュータを使う必要がある場合共有のコンピュータにログインしに行く。こういう生活タスクをまず理解しないとここでは生活が回らなくなる。

神田と千葉の2つのキャンパスで学ぶ今、時間の効率的な活用は死活問題だ。

でもこの生活にもだいぶ慣れてきたので後期も続けようと思う。不思議なことに「やることがなくて退屈」という日がなくなった。「読まなければいけない本が大量にあってどうしよう」という悩みが続いているからだ。

その後、講義に参加してひさしぶりにサークルに参加したら、普段人と話さない生活をしばらくしたせいかコミュニケーションがうまくできなくなっていた。

自分は両極端な生活スタイルが好きで、モードが切り替わると徹底して変わってしまう。中間というのが存在しない。中途半端だったり他人と一緒なのが嫌だといつも思っていることが影響しているのだと思う。

最近は本と対話をする生活をしていたので対人コミュニケーションでうまく話せなくなっていたのだと思う。

最近好きな言葉の一つに「チミはなにか,グーグルからアク禁でも喰らっているのか?」というのがある。

友人間のコミュニケーションでも社会人の人とのコミュニケーションでも同じで、「レベルの低い質問やレスポンス」を恐れる自分がいる。それをやる自分を軽蔑して「思考の停止」を悔やんでいる。

質問力はインプットを大量にこなしている今の僕にとって次のステップ課題と言えそうだ。。
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