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NHK ドキュメンタリー 

大学から帰宅して、少しの仮眠を取って、目が覚めたら19時30分だったので、夕食を取りながら何気なくTVをつけたらNHKでドキュメンタリーを放送していたので、見る。

その番組はいじめについての番組で10代の悲鳴とそれに対応している一部の大人たちについて報じたものであったが、一般的な問題としていじめがありながら、対応をしない学校、つまり見て見ぬ振りをする教師がやはり多いのかなと感じた。彼らは自分の仕事をこなすだけで精一杯で、いじめの解決に自分が乗り出して生徒たちから嫌われることを恐れているのだろうか?(僕は教師じゃないし、教師になる予定もないからそれを知る術がない。)

僕自身はいじめの加害者になったことも被害者になったこともある人間だけど、いじめている時はあまりいじめという自覚がなかった。些細なからかいがエスカレートして習慣化していたと説明すればわかってもらえるだろうか。
しかしながらいじめられる側になると、それが疑いなく苦痛であることがわかる。僕が今伝えたいのは僕はつまりいじめというよりかは、寮生活であるがゆえのパーソナリティの激突に葛藤しただけなのだけれども、いじめを受ける子の気持ちがわかる気がするのである。

人は自分が快適に感じることのできる場所を好む。時々、変化することというのは快適な生活を犠牲にしなければならいという恐怖感から難しいことだけれども、少しの勇気と実行力で僕たちは確実にそんな自分たちを変えることができる。

最近Deftechという音楽家のドキュメンタリーを同じくNHKで見た。彼らの詩を借りるならば、1cmでも2cmでも前に踏み出せということだ。

僕たちは自分が抱える問題を改善することができる、僕たちが1cmでも現状から新しい何かcreativeなことに挑戦する時に。
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