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久しぶりにサークルに参加

サークルに参加すると元気になれる気がいつもする。

彼らはあまり行動を積極的にするタイプではないんだけれどもチームワークの連携が非常にうまい。

限られたメンバーの中で、ITはこの人、力仕事はこの人、イベント設定はこの人と分けられていて独自が自分の役割を認識して責任を持って仕事をしている。

そんな彼らの姿を見て「自分もしっかりしなくては」といつも啓発される。

帰りに一年生と話して、昨年の学園祭の時から春にかけて多くの一年生(新二年生)が辞めてしまった事を知らされる。

昨年は自分があまり積極的に参加しなかったがために、場の盛り上がりにかけてしまったのが原因であろうか。だとすれば自分の力不足。

最近感じるサークルの問題として、特定の趣味に特化しすぎているがためにそれに理解を示さない人は抵抗を感じるのでは?という疑問だ。

僕自身もこれは一時期悩んだのだが、サークルでは特別に製作物を作らないといけないとか、何をしなければいけないというきまりはない。

であるがゆえに、自分が何もできないと感じた時にある種のコンプレックスが発生し「自分はだめな人間なのでは?」と悩んでしまう。

結局の所、これを乗り越えるために一定期間距離を置いてサークル活動が自分にとって何だったのかを考えてみたところ、「サークルは自分を受け入れてくれた唯一の場であり、彼らから学び、自分も自分の知識と提供できるモノを使って切磋琢磨する場所」という結論に至り、今は参加できる時はなるべく参加するようになった。

今日も部室で指摘されたのだが、自分がサークルに対して提供したモノが活用され役立っていることが実感できたし、それを知らなかった部員も「役に立っています」と言ってくれた。

僕としては友人が引っ越しの際に大量の家具を捨てるのを知り、「それってもったいないよね?」と感じ「何かに活用できないかな?」と考えた結果の上の行動であり、友人には粗大ゴミを捨てる費用の削減があり、僕にはサークルにそれらを提供する事でサークル活動の場をさらに快適にするという経験ができるメリットがあった。

家具(家電)を持ち込んだ時は、コンディションが必ずしも良くなく、異臭が残っていたり、汚れが溜まっていたりと部員にも迷惑をかけた。

だけど力をあわせて少しずつ掃除を繰り返し、快適な場を作り上げてきた。

今ではコンピューターが動き、冷蔵庫がアップグレードされ、電子レンジがその上に設置され、オーディオ機器を手軽に持ち運べるキャスター、プリンターも2台があり、うち一台が常時稼働している状態だ。学園祭の時には14型の小型TVが、退屈極まりない時はゲーム機が活躍をしている。

いつもあとの事は考えずにいいと思ったら行動してしまう自分に対して、周りの部員は割と保守的で賛同はするもののいざとなると「そういえばそんなこと言ってましたね。」といった感じであまり気にはとめていない人が多い。

でも決してそれは拒否をしているわけではなくて、彼らなりに考え結論を出すまでの時間が少し長いだけなのだ。

ここにバカの壁がある事に気がつくのにずいぶん時間がかかった。だけど時間をかけてこれに気がついた事で、彼らの人としての深さ、素晴らしさに気がつき、そんな場に身を置ける事がなんと幸運なことかと思うようになった。

そんな僕の行動をあとからそれを溶かして結果を出していくサークルと自分という人間を肯定的に受け入れ、自分の吐き出す時として威圧的な言葉に烙印を押さずに、次に会った時は何もなかったかのようにフレンドリーに接してくれる部員達。最高の場所だ。

昨年は10人が入部して残ったのが4人だけという結果になってしまったが、今後彼らが辞めないようにするためにどうやって快適な環境を作るのか残された時間を使って徹底的に悩みたい。人が少なくても部は回るけれども、入部してくれたからには辞めないで欲しい。

「自分に厳しく、他人に優しく」ができないのが自分だと思っている。これを実現できた時、サークルも自分もさらに成長できるのではと今は考えている。

自分はいつも「彼はなぜこのように行動できないのか。彼はこうするべきだ」と決めつけ、それを過度に期待していた気がする。しかしそれはあくまでも自分の基準で物事を考えているに過ぎなかったのだ。「自分と他人が違う事が当たり前」こう言っておきながらそれが一番実践できてなかったのが自分だということに気がつく。

これからはなぜそれを提案するのか、なぜその行動をするのかにこだわり、彼らが納得できるようにきちんと説明の責任を果たせるような人になりたい。

そうなれたとき、バカの壁を超えて理解が深まり人としての成長、魅力を得る事ができると思う。。。
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