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情熱の秋葉原

昔のことを振り返ってもしょうがないんだが、時代の節目を感じるためちょっと書きたいことがある。

僕は17歳の時に初めて自分のパソコンを所有してネットの面白さに夢中になった。

当時のパソコンは高くて性能も良くなったけど、ネットにつながっているだけでテンションが上がったし、調べたいことをどこまでも深掘りできるすごさに感動した。

何よりも素晴らしいと思ったのが、ニッチな分野、マニアックな事との相性の良さ。 自分自身は特段マニアというほどの人間ではないのだが、学校でパソコンの話とかしても誰も乗ってこないので退屈だったんですね。

でもネットに行けば同じような趣味や話をしたいと思う人と交流することができる。
回線が遅くて、表現できることも少なくて、パソコン事態の性能も全然よくなかったが関係なかった。

さらにはTwitterもFacebookもなかったので、情報共有するためのインフラとしても効率は良くなかった。
だけどすごいドキドキ感があったんだよ。
若かったからなのかもしれないけどね。

それまでは書籍や人づてに聞いたことを、目の前ですぐに調べたり検証することができるのが革命的だった。
ゲームの裏技を調べるとすぐに出てくるし、電化製品の最安値を調べるととんでもなく安い値段のお店が見つかった。
当時は田舎に住んでいたので、それはもう驚愕だったわけです。

これすげーなと。
CDRがこんなに安く買えるんだーとか。
地元の家電量販店より数万円以上安いじゃないかとかね。

今となっては特別ではないことでも当時はすごかった。
それをリアルタイムで体験できたことはそれなりに幸せだったのかな。。。

先日クレバリーというお店が倒産したわけだけど、あのお店は本当によく利用させてもらった。
初めて秋葉原のパソコンパーツショップに行ったのって18歳の時だと思うんだけど、あの時って本当秋葉に活気があったんですよ。
今も活気があると思うんだけど、当時の活気は一般人お断りみたいな特有のオーラーがあった。

そこに自分も入っていって、何もわからないところからあっちこっち地理もわからないのに開拓しまくってね。
4時間歩きっぱなしとかやっても全然苦にならなかった。
古い建物の一角にあるお店で面白いもの発見したり、お店の人に質問してみたりね。

お店の人も自分と同じような感じの人も多く、この街には自分の居場所があると思えた。

パソコンを作る事。
今ではこれ自体に大きな魅力を感じる人は少ないかもしれない。
今は自分で作るよりも安く購入することができるし、多くのパーツを扱うお店、マニアックなパーツを扱うお店が消えていったから。

僕らは製品やサービスを安く購入できることを喜びますが、それを提供してくれる人は何かしらの犠牲を払っていることを忘れていないだろうか。

均衡点というポイントがどんな事にも必ずあるはずです。
そりゃなんで秋葉原に行ったのかって?聞かれたら、CDRが地元よりも安い値段で買えるからというものだったかもしれない。

きっかけは安かったから入ったかもしれないが、付き合ってみて商品数の豊富さ、スタッフさんの知識の豊富さ、街全体の自分との相性の良さみたいのを感じて何度も行くようになったわけです。

今は自作パソコンもやらなくなってしまったし、パーツもネットで買ったほうが安くなってしまった。
商品数もネットの方が豊富だったりします。

そうなるとかつての秋葉の魅力みたいのを活かすのって難しいのかなって。
今に始まったことじゃないんだけどね。

東京のど真ん中にマニアックなお店並べるよりも、ビルを立ててオフィス街にしたほうが商業的には成立するわけです。
で、実際今はそうなったよね。

巨大資本がビル建てて参入してきて、数の経済を効かせるようになったから、小規模のお店は太刀打ち出来ない。

クレバリーはグラフィックボードの充実ぶりがおそらく秋葉原ナンバーワンだったと思うのだが、ナンバーワンの領域を持ってても生き残れなかった。
それは誰が悪いとかじゃなく、時代が変わってしまったってことなんだろうね。。。

この切なさをどう表現すればいいのかわからない。
今は目の前の生活を何としても軌道に乗せたいという思いが全面的にある。

当時の仲間も、就職をし、結婚をし、子供ができた者もいる。
そしてこの世にもういない人もいる。

今から秋葉で食事しようぜってメールしても乗ってくる奴が今はいないわけです。
そういうコミュニティに参加して、仲間をまた作れば同じようなことはできるんだろうけど、そこまでの情熱も湧いてこない今は。

ネットゲームとかにのめり込めばそういう仲間が作れそうだってのはわかってるんです。
仲良くなってスカイプやったり、チャットしてたり。
そういうのはすごい楽しいからね。

ちょっと前に本気で昔のそういう環境に戻ろうとしたんだけど、楽しいっちゃ楽しいんだが得るものがちょっと少ないかなーって相手に悪いけど思ってしまった。

チャットやってるなら本読んだほうが勉強になるし、得るものも今は多いと。
仕事やってるほうが創意工夫のためにもがくし、何よりもそれは生産的なので今はそっちに情熱を見出すと。

情熱を見出す対象があって、その対象が応えてくれると嬉しいですね。
恋愛も同じなのかもしれません。

僕は人間に情熱を見出して、相手が僕と同じレベルでその情熱に応えてくれたという成功体験がありません。
だから他人とか面倒くせーなって正直思ってます。

信頼しても裏切られるし、期待に応えてくれないなら全部自分でやるって結論に今は至ってます。
それができる時代になった事で自分のように救われた人もいるでしょう。

浮世に適応できない人間というのは、いつの時代も絶対数いるはず。
昔はそういう人には地獄のような世界だったろうね。

選択肢がありすぎる今も悩みではあるけれど、選択肢がないよりかはいいかなって思います。

昨日の日記でレバレッジがかかることに特化したいと書きましたが、人脈に関しても同じ事を考えてます。
単発でなんとなく楽しかったみたいな付き合いではなくて、もっと発展性のある付き合いを求めてます。

趣味で繋がって、一緒にビジネスやってみたりとかね。
ビジネスで繋がって、一緒に食事する仲になったりとかね。

こういうのもいいなーって思えるようになりたい。

今は立場的に受け入れてもらうのではなく、受け入れてあげる事から開始しないといけない位置にいると思ってる。
その犠牲を払うだけの余裕も覚悟も少しは持てた。
精神レベルで何か感じるというか、この人いいな!って人ともっともっと出会いたい。
そしてその人達を諦めないで、持続可能な世界に連れて行くことで、永遠のナギ節が作れると今は信じてる。

そのためにもまずは俺がナギ節に辿り着かないとね。
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