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労働者は嫌だ

今日は自分の今取り組んでいる先にある未来を見据えた思いを語ってみようと思います。

僕は労働が嫌いです。
働くこと自体は好きなんですけど。

誰かが自分に取って代わるようなことをやるのは嫌なんですね。

ずっと物販の仕事をやってきましたが、物販の仕事は足を洗いたいと思ってます。
それはなぜかというと別に僕でなくてもできるから。

仕入れる → 販売する → 利益が出る

物販はこれの繰り返しですね。

で、自分の商品を売っているなら別として。
他人の商品を売るならば誰が売っても極論いいわけです。

僕はコレクターに特化をしてニッチなマーケットで勝負してきましたが、
マスをターゲットにした商品だとこの傾向がかなり強いです。

PS3の新品のゲームをビックカメラで買っても、ヨドバシカメラで買っても、アマゾンで買っても中身は同じですよね。

これが嫌だなーと思ったわけです。

自分にしか出来ないこと。
自分のカラーを出せることに特化して残りの人生は生きていきたいと去年の終わりぐらいから強く思うようになりました。

僕は自分のカラーとは個性や情熱じゃないかなーって思います。

そして人生において、自分の個性と情熱を注げる対象を見つけることが、長く成功する上で大事なことだと思ってます。

物販の仕事もつまらないというわけではないです。
ただ、誰でもできるから新規参入が多いし、どんどん競合がお互いを出し抜くために切磋琢磨をしていくので、常に新規で商材を開拓したり、新しい手法を取り入れなければなりません。

これはちょっと忙しすぎてしんどいです。
若い間はいいのですが、年をとった時にとてもではないけれど続けられない。
そんな風に思いました。
そういう意味での労働という言葉。
これをもうやりたくないって今思ってます。

もう少し参入障壁が高くて、挫折者も多い仕事ってないのかな?
でも成功できれば大きなやりがいと収入を得られる仕事ってないのかな?って考えました。

そうしたら広告代理店という答えしか思い浮かばなかった。
小資本で参入できて、商圏に縛られなくて、在庫数にも縛られなくて、自分のカラーを出せる。

すごい魅力を感じたわけです。

さらにロイヤリティの高い顧客を確保することで、一つのお客さんと長く付き合えるのもいいなって思いました。

僕は多くの友人と広く浅く付き合うよりも、限られた人と深く付き合うほうが得意です。
不特定多数の人に心を開くのは抵抗があります。

社交的であるよりも、自分一人で過ごす時間が好きだったりします。

できれば今年中に広告代理店の仕事を軌道にのせて、お金のために労働に従事するという状況は卒業したいです。

こういう生き方もあるんだよってそうしたらみんなにも見せることができるし、
組織だとか既存の世界で生きていくのに閉塞感がある人をそれで救えるんじゃないかって考えてます。

Twitterでも以前発言しましたが、
不満を持つからこそ何かアクションを起こさないといけないと感じるし、
不満を感じるからこそ過去を否定できると僕は考えてます。

満たされている状況でこのマインドに至ることってないと思ってます。

周りからちやほやされて、大学もまあまあ、就職もまあまあ、社内でもまあまあ、
それなりにいい女と結婚して、郊外にまあまあの家買って、
それなりに子供に恵まれて、まあまあ幸せ。

↑みたいなのが教科書的な価値観だと思いますし、
それはそれでもちろんありでしょう。

でも僕はそういうのを望んでないんだよね。

強がりだ!って思うかもしれないけれど、そういうのあんま幸せって僕は思わない。

なんとなく現場の延長で生きて、パラダイムが起きた時にその人達はどうなるの?
過去に優良企業と言われていた会社も、数年もしないでその会社にいる事で自分のステータスが下がってしまうような状況にさえなってます。

みんな自分でいいと思ってその会社を選んで入社したはずです。

でもね。
他人の下で働くってことは、他人に自分の人生の主導権を握られるって事なんです。

生かされるのも、殺されるのも他人次第。
そんな状況こそがハイリスクなんじゃないかなって思います。

もちろんそんなこと皆わかってると思います。

自分で仕事を作って、自分で稼いで、それで食えれば苦労なんてしない。
できるものならとっくにやってる。

でも、できないんですよね。

ずっとレールの上を歩いてきたから、そこから外れて獣道みたいな所を歩くのはものすごい抵抗がある。
何か追い詰められでもしない限り、進んでそこを歩こうなんて人は稀でしょう。

僕だってできれば普通に証券会社で働きたかったよ?
どういう仕事をするかまではあんまイメージできてなかったんだけど。
でもその夢は叶わなかったんだから仕方がないよね。

それで他に働きたいことや、興味を持てることがなかったもんだから、流れで友人と起業しちゃった。
親にも、親戚にも色々言われし、実際失敗したから安易にこういう選択はオススメできません。

でもさ。
やりたかったんだよね。

夢中になれることが欲しかった。
それが仕事だったら本当に最高なわけで。

好きなことを仕事にするって難しいってよく言われるよね。
僕もそう思います。

でも不可能ではないと思ってます。

今の時代、情熱を持って取り組めることじゃないと成功なんて無理だと思ってます。
嫌な思いをして仕事をして成果なんて出るのかな。

アルバイトなら時間給で固定されているからそれで成果は出るけど、
バイトはバイトで悩みがあるでしょう?

時間調整が効かないとか、自分の時間がなくなるとか。
その割に給料はすごい安いからあんま稼げないと。

何か目標があって、その先を見据えて一時的に労働に従事するのはありだと思ってます。

そこから学べることも少なからずあるし。

でも、なんとなく他人の価値観で、レールを歩くためにその選択を選んでるなら、それって時間がもったいないよって思います。

僕は別に大学なんて行かなくても良かった。
頭良くないし、専門的に高度なことを学びたいって欲求があったわけじゃない。

履歴書の一番下に4年生大学卒業って書ければなんでもよかった。
その割には卒業するのが大変な理系に進学してしまったんだけれどw

結果として理系の厳しい大学に進んだから身についたこともあるし、何よりも知的教養レベルを大学に行くことで底上げできるので、多少の効果はあると思ってます。

ただあんま長くいる場所ではないかな。
良くも悪くも大学は大学の中で完結しちゃってるので、世間との関係がシャットアウトされてしまってます。

そういう場所に長くいると偏るし、大学内でうまくいかなくなった時に戻る場所がなくなってしまいます。

研究者とか、教授職って世間の人が思っている以上に狭き門です。
だから民間企業に就職していく人がこれだけたくさんいるわけだけど。

研究大好きでそれで食えたら最高だって思ってる人は結構いると思うよ。

でもできないわけね。
だからそれに近い形で自分の夢を実現しようとする。

民間企業の基礎研究だったり、企業の開発部門で理系で学んだ素養を活かそうとするわけだ。

これも選択として僕はありだと思います。

ただそれもあんま安泰ではなくて、企業ニーズに答えられるような研究でないと雇用が成立しないし、人件費が高い日本人のあなたを雇用しなければいけない理由を定義し続ける悩みが伴います。

ここでも僕がいつも言う他人の価値観が介入してくるわけです。

評価してもらうための自分なのか?

違うと思います。

必要とされるための自分なのか?

ちょっと綺麗事すぎる印象があります。

もっと自然体で在りたいと思いませんか。
それで自分なりのやり方で世の中と接点を持って、食えればいいですね。

僕はそんな所を今目指して頑張ってます。

物販の世界に時々戻りたいと思うけれど、そんな時は自分で自分を叱ります。
楽な方向に流れていつ淘汰されるかわからないまま眠る日々を過ごすのか、
難しいが達成した時に大きなやりがいと収入を得られる仕事を選ぶのかどっちなのかってね。

正直ホント今はキツイよ。
ニートとあんま変わらん生活だからね。

まあ労働はしているんで、定義上はニートとは違うけれど。。。

別に自分はいなくても誰も困らないよなーって今のままだと思ってしまうから、
自分はいなくてはいけない存在になるためにもがいています。

あなたにも夢があると思います。
こうなりたい、こう在りたいという。

若い時に抱いた、その思いを大切にして欲しいです。
それが多分あなたの原点でもあるのだから。

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