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10years

両国まで歩いていったついでに、高校時代に通っていた予備校の建物を見てきた。
狭い土地に4階建ての建物。屋上もあり、雨の日は雨漏りがする建物。

その建物はそのまま残っていた。
古びた建物だ。
当時も古かったけれど、築年数にして30年は超えているのではないだろうか。

予備校は事業を整理してすでに廃業しているので建物内は空っぽ。
テナント募集の看板が外に貼ってあった。

あれから10年が経ったことになる。
普通の高校に通って、普通の生活をすれば楽しいんじゃないかって思って中高一貫の進学権を破棄して別の高校に進学をした。
あの時そのまま中高一貫の学校に残っていたらどうなったのか?と考えることがある。

なぜ進学しなかったのか理由を述べようと思えばたくさんの理由が見つかる。
当時の俺は孤立感を強く感じていた。
部屋に一人でいても何かをするわけでもなく、自分を上手に表現できるわけでもなく、誰かとの距離を器用に調整できるわけでもなく、悩んでいた。

あの時の悩みが、ぎこちなさが今の自分を形成し、自分の強みにもなっている。

予備校では誰とでも違和感なく付き合うことができた。
自分を受け入れてくれる場所に対する強い安堵感。強い仲間意識。ずっと付き合い続けたい、付き合い続けれると思える存在がそこにあった。

いつの間にか彼らとも音信不通になってしまい、予備校時代にお世話になった先生とも連絡が途切れている。
どうしてもっと彼らとの関係を大事にしなかったのだろうと最近になって思う。
そうしなかったことを自分自身で選んだのだからその結果は受け入れないといけないって頭じゃわかってる。

あの頃は本当に何でもできると思っていて、自分に根拠なき自信のようなものも兼ね備えていた。
いつから自分に何もできないと思い始め、自分に自信が持てなくなったのだろう。

働くようになって行動範囲の広さや裁量権とそれに付随する責任の重さに一定の満足感を得たけれど、学生の頃には学生の頃なりの楽しさがあった。
それを有効に使いこなせたかはわからないけれど、自分なりにその瞬間をもがいてきた。

今は年をとってしまったという事実の重たさ、方向性を定義しているようでしきれていないような妙な違和感。
ふわふわと地に足がついていないような、ぎこちなさを感じている。

努力する機会を破棄してきたわけだから、今の自分が自分であることを拒絶するつもりはない。
もっと何かに夢中に取り組んでいたらと思うこともあるが、その対象を見いだせない事情が自分にはあったのだから。

俺は俺でいいのだと思える瞬間が来ることを信じて明日からも生きてゆく。

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