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最近感じたこといくつか

忍耐と我慢の違い

やりたいことをやれと言うとそれは欺瞞だみたいな風潮がこの国にはあるような気がする。
まずは言われたことを全力でやれという指摘もそれなりに的を得ていると思うが、ロングタームグリードを発揮して、自身のありたい姿を追求するために忍耐を発揮するのが良いと俺は思う。
自身の在りたい姿が目の前で取り組んでいることの先に見えないのはただの我慢であり、報われる可能性が低い努力なのだと思う。

若くして華やかな世界に身を置く代償

AKBのランク付けだとか、後藤真希さんの引退だとかを見るに、外からみると物凄く華やかに見える世界だが、当事者たちはそれなりの犠牲を払っている。
嫉妬を受けることはもちろんのこと、親兄弟姉妹の不幸であったり、外面的な自分への評価はあっても内面的な評価をしてくれる人がいない孤独などなど。
神経を図太くでもしない限りとてもやっていられないと思う。
俺は今までこういった世界には軽蔑のような眼差しを向けていたが最近その態度を改めようと思った。
彼ら彼女らがやっていることって普通の人にはできないスゴイこと。
人々に夢や希望を与える人は評価されてもっと賞賛されたほうがいいと思うようになった。

万置きという造語

仕事上で接点があったお客さんが使っていた言葉をたまたま検索してみたら造語として成立しているようだ。
万引きは店頭から商品を盗む行為を指すが、万置きは逆で商品になりえるものをその店の棚に勝手に置いてくる行為を指す。

ゾーンという言葉

投資関連の言葉と思っていたのだがスポーツの世界でも使われるらしい。
勝負の世界で自分が自然体で良い結果を出せる心理状況、集中下のことを指します。
俺も意識的にはできないけれどたまにゾーンに入ることがあります。

新幹線

3年ぶりぐらいに新幹線に乗りました。
東京から名古屋まで100分で到着してびっくり。
時速200キロとかで走ると確かに理論的にはそれぐらいの速度で到達するんですよね。
東京を出ると品川、新横浜と停車して、その次が名古屋です。
静岡県では一駅も停車しません。
新横浜から名古屋までの間を渋滞もなく、車のように車間距離や乱高下の大きい傾斜、急カーブもなしに移動できるため非常に効率的な移動が可能になっているんだと思います。

羽田から飛行機で名古屋に行くという選択肢もあろうかと思いますが、搭乗前の準備などを考えると東京駅から新幹線で行ったほうが楽なように思います。
車内はハイブリッドカーのように移動中でも静かで揺れもほとんど感じません。

出発前に時間帯次第では弁当やら飲み物を駅の近くの専門店で用意しておくといいと思います。
駅構内の弁当はあまりおいしくないし、値段が割高です。

クロノクロス

毎度毎度懐古主義者で申し訳ないと思うのだがyoutubeで動画見てたらまたやりたくなってきた。
今のゲームもそうなのかもしれませんが、この年代のゲームに出てくるセリフはとても哲学的で考えさせられます。
リアルタイムでやっていたのは高校生とかの時で、姿形は大人に近くなっていてもやはり子供なわけでよくわからずにやっていました。

大学のサークルでこのゲームを後輩に紹介したときに反応がイマイチだったのですが、もしかしたら大人のゲームなのかもしれません。
PS1のゲームなでPS3でも遊べ、値段も安いのでいいと思います。
サントラも秀逸。民族音楽が好きな人はかなり気にいるのではないでしょうか。







今の自分はなぜ存在しうるか

自分の親族を尊敬できそうにないような環境の人がいる。
親が酒乱だったり、博打打ちだったり、麻薬中毒者だったりしてまともな環境を与えられずに育ってしまった人がいる。

そういう人は犠牲者だと思う。
傲慢な言い方だけど本当にそう。

生まれた環境、育った環境、それらを理由にして自分の境遇を嘆いてはいけないと言われる。
無論、行動が伴わない不平不満は律するべきであろう。
しかし不可抗力としての境遇に関しては俺はどうにもならないのかなぁと時々思う。

キャリア志向という価値観と無縁の世界で生きてきた人に、仕事を通じて成長しようよ!とか言ってもまず響かないと思う。
教育に懐疑的な人に適切な経験と教育を施せば人を変えることが出来ると論しても響かないであろう。

それでも今の自分がいるのはそういった負の側面も含めた犠牲の上の成立だと俺は考える。

他人の痛みを理解することの出来る人はきっと自分も痛みを経験したことがある人なのだと思う。
誰かを愛すことが出来る人は誰かに愛されたことが事があるはずだ。
今の日本が快適なのは偉大な先人が莫大な犠牲を払い続けてきたからだ。
俺が今の生活を続けられるのは両親やステークホルダーの人たちが犠牲を払って協力してくれたからだ。

俺は人生における負の側面は悪いことばかりじゃないって思ってる。
痛みや屈辱を知るからこそ、その現状を変えたいという思いが生まれ、それが行動に繋がるのだと信じている。
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