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恐怖 → 至福 → 虚無感 → 希望 → 恐怖

ここ半年ほどの自分のメンタルの変化について。
タイトルのようなループを繰り返している。

今の仕事が続けられなくなる恐怖。
今の仕事が続けられる喜び、自身の顧客に感謝される喜び。
自分の取り組んでいる仕事は虚業なのではないか?という虚無感。
未来に光を見出し前向きに次の行動に繋げたいと見出す希望。
そしてその希望さえも月日の経過と共にいつか失ってしまうのではないかという恐怖。(そして最初に回帰する)

なぜ働くのか?と聞かれたときに、経済的な側面を理由にする人も多いだろうが、俺の場合は自分の居場所や価値、存在を失う恐怖から逃れるためではないかと思っている。

自分で勝手に仕事を創って、勝手に人の役に立ちたいと渇望して、勝手に持続可能な仕組みに仕立て上げてきた。
全て望み通りになった。
今やそれを失う恐怖しか俺を先に動かすエネルギーはないのかもしれない。

俺は世の中の人々が感じる仕事に対するネガティブな側面とは無縁の毎日を送っている。
満員電車の通勤だとか、理不尽な拘束時間だとか、職場の雰囲気が良くないとか、人間関係だとか、そういうのとほぼ無縁。

それだけじゃない。生活の基盤も他人が築いた首都圏ではおそらく最高峰のものを使わせてもらってる。
これだけ満たされた環境でこれ以上何を望めばいいんだって思う。

生活の水準が自分の器に反して高すぎるなと思うよ。
そしてここまで水準が上がってしまうとなかなかこれ以下に下げるのはキツイ。
結婚だとか恋愛に後ろ向きなのもこの辺りの側面がかなり大きい気がする。
なんで快適な生活を手放して他人と付き合って生活のレベルを落とさなければならないんだ?という疑問。

前も書いたけど今の生活水準を続けていく限り不便が発生することはまずない。
ただし結婚をしたいだとか、女遊びがしたいとか、家を買いたいとなると話は別。
それは今は無理だ。やりたいとも思わないけれど。

すでに手を打ってはいるけれど、今注力している分野とは別に個人信託になりえそうな別の分野を作っていく必要性をここ数カ月で感じるようになってきました。
毎月年金と同額程度の収入が別個にあると本業が傾いた時も生活を維持することができますから。。

何かを手に入れるというのは、何も手にしていない立場からみると素晴らしい位置に見える。
しかし金メダルを取ったアスリートがその地位を失う恐怖とそこから先は付き合い続けるように、全ての成功の側面には失敗への転落という恐怖が付いて回る。

贅沢な悩みなんだろう。
贅沢な立場なんだろう。
しかし本人は真剣にこれに悩んでいるのだ。

10年後の俺は何をしているのだろう?


Mr.Children ANY 投稿者 hanateen
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