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世紀の相場師ジェシー・リバモア 読了



本そのものは数年前に購入していたのだが読みかけでそのまま放置されていた。
その後、仕事仲間の人が読んでみたいというので貸したら紛失されてしまって読みたくても読めない状況が続いていた。

最近、商売(ビジネス)というのを走らせることと、相場を生業として生きていくことがとても似ていると感じるようになってきた。
そして相場の世界で活躍をした人たちの考え方やライフスタイルに大きな興味を特にここ数年で持つようになった。

そんな思いが最近本を読んでいないが、読みたい本がないわけではないと思った矢先に思い出されて、その瞬間にアマゾンでこの本に注文を出している自分がいた。

仕事の合間や外で食事をするときに待っている間など、隙間時間を利用して1週間ほどで読了。

話の大筋は知っていたつもりだったけれど、思った以上に感じるところがあった。 本全体を通じて描かれるのは、リバモアの一生と相場での活躍についてだ。
相場を通じて大成功を収めるリバモアとその横の私生活での負の側面をリアルに描かれている。

よく経済的成功を得たいという人はいても、それと引き換えに得られる側面の存在を知らない人は多い。

私自身も数年前までは経済的成功というのは無条件にいいものであり、例えば金であればあれはあるほど望ましいと前提条件なしで考えていた。

無論、あればあるにこしたことはないのだが、一定のレベルを超えれれば金というのはそれ以上あってもなくても生活に大きな変化はないのである。

わかりやすい例を挙げると、年収1千万円を稼ぐというのは、組織人であれ、起業家であれ一度は考えたことがあるだろう。
私自身の近くにも年収1千万までの世界とその後の世界を知っている人が何人かいるのだが、このクラスを超えると根本的な生活の質に変化はないと言われる。

年に数回の国内旅行が海外旅行に、
着ているスーツの生地が良くなる、
国産車から外国車に、
子どもの通う学校が私立に、
住む家と部屋が便利で広くなる、

上記に上げたのは分かりやすい例だが、要するに表面的なグレードが幾分か上がるだけなのである。
とはいえ、貧しい生活や何かに妥協しながら生活をするよりはいいであろうと考え、それを渇望する人がいるのも事実かと思う。

リバモアは数回の破産を経て、使っても使い切れないほどの富を手に入れた訳だが、まさにこの生活のレベルが一定基準を超えると対して変わらないという事実を体現している。

成功するにはどうすればいいのか?
若い時は特に安易に答えや道を求めがちである。
私も例外ではなく、とにかく細分化でも何でもいいので進むべき道、自分が取り組むべきことと、取り組むべきでないことは何かというのを定義し続けることで前に進もうとする力を得ている。

そして今ほど余裕がなかった時は、前に進むにあたっての方向性を外部に強く求めていた。
求めれば得られる環境があってのことで、今はそういった環境を手放してしまったことに対する若干の後悔と、これからは全ての決断と結果に対して本当に100%の責任を負わなければ生き残れないという覚悟がある。

リバモアは成功するためにはどうすればいいのか?という類の質問を受け取り困惑したと本では書かれている。
彼の気持ちが私もとてもよくわかる。
というのも、私自身も「インターネットで小売業をやっています」といった事を話そうものならすぐに「それって儲かるんですか?」みたいな質問を頻繁に受けるからだ。
確かにその仕事で飯を食べているので利益を出していることは事実なのだが、この手の質問には正直うんざりしている。
仮に私が「儲かります」と答えようものなら、隙を見つけて自分もやってやろうみたいな浅はかな思想が滲み出ているからだ。

人が一人ひとり異なるように、各々が向いていること、向いてないことも異なる。

魚屋を営む人、不動産屋を営む人、運送の仕事を営む人、様々な人が自分の得意分野で社会と接するから経済が成立をする。
取り組んで成果を上げるべき分野とそうでない分野があるのも、想像するのは難しくないであろう。

ではなぜ赤の他人である貴方がたまたま新しい分野の仕事に安易に「儲かりますか」と質問をするのであろうか。
リバモアはこの手の質問は「医師や弁護士にどうすれば儲かるか教えてくれと言っているのと同じ」と表現しているのだが私も全く共感。

医師や弁護士にそんな質問をする人はいないし、しても彼らは答えないであろう。
それがたまたま身近にいる人間が少しだけ異質な仕事をしているだけで無礼な質問を投げかけてしまう。

儲かれば何でもいいのだろうか?
仮に儲けられてもそれは持続可能なものなのだろうか?

私は自分が取り組むべき分野でかつ収益化が期待できる仕事を自分の仕事にすることでのみ持続的な成長と成功は得られると考えている。(かつその仕事に対して自分の情熱が注げること。)
それが組織で得られるなら組織に属せばいいし、無理なら自分でやればいい。それだけだ。

いつも言うことだけど、自分と他人を比較しても不幸になるだけである。
彼にとっての成功があなたにとっての成功になり得るとは限らないし、彼女に取っての幸福が貴方にとっての幸せになるかの保証はないのである。

自分が何を望んでいて、どこに向かおうとして、現状とそれらがどれだけ乖離しているのかを定義する。
そしてそれを埋めるためには何が必要で、何を実行していかなければいけないのかを考えてみる。
そこから全てが始まると思うし、今我々の生活に存在する高度なテクノロジーもそうやって生み出されてきた。

既に経済的に大きな成功を納めた者というのは、試験で学年トップになった者や金メダルと取ったアスリートと共通するものがあろうかと思う。
つまり今の地位より上がることはなくとも、落ちることは大いに可能性があるという状況だ。

成功にいたるまでのマネジメントと成功してからのマネジメントというのは異なるのだというのをリバモア自身の生涯から私たちは学ぶことができる。

彼は何度も巨額の富を得て、何度も失った。
そしてその横の彼自身の生活とそれらが密接に関連しているのを感じ取った読者もいるのではないだろうか。

私生活での充実と仕事上での成功が密接に関連していると言われるのも同意義にこの本から感じることができる。
彼はその生涯で3回結婚をして、2回離婚をして、最後は自殺をするのだが、彼自身の女性問題と彼の仕事上の成功というのが面白いぐらいにリアルにリンクしているのだ。

そのあたりは書いているとキリがないので興味がる人は本書を実際に手にとってみて欲しい。

学ぶべきことや感じることはこの程度では終わらない。

忍耐力に関する考え方。
損益管理の考え方。
タイミング、感情、相場からいかに学ぶか など実生活にも適用できる事柄が非常に多い。

特に自分自身の行動と結果に100%の責任をもって生活できている人には大きく響くだろう。
この本を最初買ったときはまだ周りに対しての依存や甘えが強かった。
だから読んでいてもあまり響かなかったし、最後まで読み進めることがなかった。

今は違う。
どのような結果であれ自分が選択をしたからそうなったのだと考え、捉えられるようになった。
物事を、良い、悪い、優れている、劣っているという短絡的な判断で評価するのを止めて、自分自身の価値観と照らし合わせて判断するようになった。

結果どうなったか?
成りたい自分、得られたい結果を引き寄せる力がどんどん強くなってきている。

そういう状況になったということはそれだけのスピードで物事が進む弊害もまた甘んじなければならないことを意味しているのだが、この辺りは体感した人でないとわからないんだろうね。

最近は草食系と言って経済的な強弱にそれほど固執しない人も増えてきてるみたいだけど、無条件に成功を煽るようないわゆる自己啓発本を見ていると危ういなぁと感じてしまうのである。

すべての物事はトレードオフ。
大事なのは自分がそれを受け入れる責任をもつことができるのか。
いつだってそれだけだ。
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