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3月になりました

3月になりました。

すでに本命の企業説明会はほぼ全て終わってしまっているので、社会勉強という名の下に可能な限り他の業界も見ようと思って活動の計画を練っていますが、他の業界でも同様にほとんど説明会は終わってしまっているようです。 今朝おきて携帯をチェックしたら本命の企業からグループ面接の連絡がボイスメッセージが入ってました。昨日はひさしぶりにサークルに参加して後輩と活動について話し合ったり、部室の荷物整理をしていたため気がつかなかった。。。

すぐに電話をかけたけれど土曜日ということもあって誰もでません。相当平和な職場な模様w

ボイスメッセージを吹込みましたが即興でうまく話せませんでした。何をどのように話せばいいか本を読んでわかっているはずなのに本番になるとうまくできない。これは単純に場数を踏んでいないからですが、敬語や尊敬語を即興で同時に使いこなせるようになるためにはかなり練習が必要であることを痛感しました。

普段、電話は出かける時に現地での連絡手段にしか使わないため日常生活のツールとしても使いこなせてないというのが本当のところでもありますが。。。

なぜ本命の会社に行きたいのかって聞かれれば、そこでしかできないこの仕事でその仕事は間違いなく全世界の人々の暮らしをより便利にすることに貢献するからと断言できます。

他の企業ではそれはできない。絶対にね。

だからこそ行きたくて、行きたくて仕方がないのだけれども常に最悪の事態に備えて行動をしなければなりません。

が3月になるとイベントも説明会もほとんどないことを知ってしまった。。。

さて3月はどのように活動しよう。

今考えているのは説明会は参加したけれども興味がわかなかった企業のエントリーを進めること。内定が複数出た場合速攻で蹴る候補になる郡ですが、練習になればいいかなと思っております。もちろん仮にそれ以前で落ちても練習になるので挑戦する意味があると思うわけです。

あと来期の履修計画なのですが自分の学部で履修するのではなく他キャンパスの2部の講義を中心に取ろうかと真剣に検討中。

もう自分の学部で学びたい、履修したい科目がなくなってしまいましたし、卒業研究もない+就職活動に専念という意味からも2部はかなり都合がいいように思うのです。

ブックオフで少し前に買った本を読み出したらこんなことが書いてありました。

「日本の大学院は車を動かす仕組みや知識を概念化しているのに対して、米国の大学院は車の教習所のようなものだ。」

ある意味、日本と米国の教育の決定的な違いについて触れられている気がしてものすごく新鮮に感じました。

就職活動をしていて感じるのは選考に関係なく仕事を探して挑戦することができるということ。これはまさに学んできたことを直接使うことはまずほとんどないということの証明ではないかと思うわけです。

いろんな本を読んでよく感じるのは、結局これは精神論じゃないかということ。何をどうすればいいか、あるいはどのように考えるのか、どのようにアプローチを取るのかがほとんど書いてない。

それを指摘すると「それは読者が考えることだ」と逃げる。

違うんだ。すごく違う。

それは「本当に理解していないから説明できない」というのが正しいと僕は思います。わかりやすい説明とわかりにくい説明の違いは何か?

説明する人が真に理解をしていればその人は短な例にをそれを結びつけて例えることが出来るがそうでない人はそれができない。

だからわかりやすく例を挙げて説明をできない人は本当は理解ができていない。もしあなたのクラスに大学院生のTAがいて彼がうまく説明できないならその人は理解しないまま学部を卒業したという意味です。

そんな人たちが講師になって助教授になって教授になるとどうなるか?そんな人たちが教育機関に多くなるとどうなるか?

僕はそれが今の日本の教育が抱える大きな問題だと思います。

大学だけでなく高校も中学も小学校でさえこの問題は共通していると感じます。

僕はどの世界で活躍するとしてもそこで身につけた知識を他人に説明する時はわかりやすく説明できる人でいられるよう精進したい。

仮に2部で履修をしたとしてもそれらが大きな価値を見いだす可能性が低いのは何となく今から予想ができる。だけれども少なくとも今の学部で学ぶよりかが時間の面からも意義があるのではないかと思うのです。大学で過ごす時間、学ぶ時間を少しでもこれからの自分の将来に役立つか?という疑念を持って考えるようになったのは就職活動があったからです。

まだまだ走ります。まだ限界が見えている気が僕にはしない。
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