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ひさしぶりの更新 

更新さぼってました。

書くことがたくさんありますが、現在の状況としては体調不良です。

原因は渋谷に行った時にコートを着ないででかけたことかと思ってます。あの街は想像以上に汚い(人が多いので)ので気をつけなければ。。。

さて自己分析を繰り返した結果、自分がどんな環境でどんな時にやりがいや喜びを見いだすのかというのが見えてきました。 そして金融業界にも興味があったのですが、両親の反対で志望をやめることにしました。

理由としては両親が投信で大損をこいたこと、父親がこの業界のプロフェッショナルで裏の裏まで知り尽くしていて、人としてもおすすめできないと言われたことが理由です。

両親の教育方針に疑問もありますが、親が悲しむようなフィールドで活躍をしても仕方がないと思ったので、割とあっさり断念。

必然的に残りはITだけですね。ITは本当にブラック企業が多いので素人にはおすすめできない業界だと痛感していますが、外資系企業のさらに特定の自分が才能を発揮できるフィードで勝負することでこの壁も乗り越えられそうです。

日系ITは言い方が悪いが将来性に大きく疑問がある。いまやオープンソース、オープンプラットへの興味が拡大していて、サービス提供社主体からユーザー主体に確実に移ってきている。

数多くのブログの中に価値ある情報が存在するとき、人々が得た発言の機会が確実に既存のメディアを追いやる力になりうると日々僕は感じています。

そんなユーザー主体の時代に生き残っていく仕事というのは何かと考えたとき、ユーザーのことを考えている企業、つまりユーザーフレンドリー、ユーザービリティといった言葉がこれに当たりますが、それを実現できているビジネスにのみ今後は生き残りが可能であると確信しました。

ユーザー主体とは株主へ利益を還元することではなく、そのサービスを利用する人が今その瞬間に最高の結果を得ることが出来るという意味です。

青臭い理想を今後はとことん追求していくわけですが、とにかく相手の立場に立って考えて、それが利用者にどんな利益をもたらすのか?デメリットは何なのか?を繰り返し自問自答することになると思います。

今や必要な時に必要な情報を手に入れる時代。そんな時代に例えばメールマガジンに広告を入れてそれをクリックしてくれる期待をするアフェリエイトに利用者の利便性を見いだすことができないし、何よりもメールマガジン=ほとんどスパムと感じてきた僕にとってこれはもうありえないこと。お金は稼げるのかもしれないが自分が許せないし、利用してくれる人にも利益が少ない。そして何よりも共有の精神に反します。だから僕はメールマガジンは絶対書かない。

必要な時に必要な情報をカンニングして手に入れる時代に何が価値があるのか?僕であればそれは検索であると答えます。

検索をする能力を持つ物が器用にこのカンニングの時代を生き残っていくことができ、それが出来る人は他人の数倍速く情報収集を終わらせることが出来ます。

何が言いたいのか?カンニングの時代に他人のふんどしで飯を食ってるような香具師はもう将来使い物にならないよねってことです。

だから僕はカンニングの上に構築された知識を活用して提案が出来るフィールド、それでいてITにも関すること。それが僕の目指す場所。僕の活躍の場所ではないかと今結論を出して残りの就職活動を走ろうと決意をしたのです。

そのためのキーワードがUNIXやLinuxが当てはまる企業で運良くすでに出会えています。今後はベンチャーも含めさらにワールドワイドで活躍できる僕にとってのエキサイティングな場所を探して全力を投じていきます。

そして願わくば満足いく結果を残して、それを後輩の人たちにも語り継いでいけるといいな。。。

ここまで限界を超えるために多くの企業(といっても50社程度ですが)を回ってきてようやく今ひとつの道が見えてきました。

道が定まった今、この道の上をただ走ればいいわけです。

まずは内定という考えは今も変わりませんが、どちらかというと今は練習感覚や落ちてもいいや感覚で受けていく余裕さえ出てきました。そこに落ちたところで僕が失う物は何もないと確信できたからです。

そういう意味で精神的にはだいぶ楽になってきたかな。道が定まらない時は就職偏差値ばかり見て悩んでいたけれど、今は就職偏差値も業界地図もたいして重要でないように見えてきた。それを通過したことは正しかったと思っているけど、これは最終的な結論にはなりえないのかなと。

冒頭に書いたように現在体調不良です。そんな時に限ってサークルの先輩から送迎会のお知らせがメールでで届く、しかも27日に送ってきて28日に実施だと言う。

この先輩は嫌いではないんだけれど、彼は時間管理能力という面ではありえないと思う。僕の他のサークルでは部長相手に僕がしつこく企画をするときは遅くても三日前までには全員にメールで知らせてって言ってきたのが効いたのか、今そのサークルを取り仕切っている後輩は本当によく管理できている。

まいた種がうまく育っているのはうれしいです。自分が立派な人間だとかそういうことじゃなくて、きっかけをあたえてそれをうまい方向に持っていけたこと。なによりも彼らが自分で気がつけたことが素晴らしい。そしてそんな人たちと出会えた自分は本当に幸運。

当たり前のことを当たり前に出来ない人が多いように感じる日常。特に自分の学部には本当にそういう人が多いような気がする。バカの壁があるのだろうけど、どんな教育受けてきたんですか?って聞きたくなるようなね。成績はいいのかもしれないが全く持って感心できない人が本当に自分の学部には多い。年齢の問題ではない、受けてきた教育や周りの友人、そしてもちろん教師の影響もあって人の素質は変わっていくのだなぁと最近つくづく感じる。

だとするならばそういった機会に出会えないことは全く持って不幸以外の何者でもない。だから僕は思う。いいじゃんかどうせたいした出会いも、たいした経験も出来ないならこの国にいる必要はそんなに高くないって。

自分がなぜ国際人になりたかったのか今ようやくこれも見えてきた気がする。

さてこのありえない送迎会お知らせメールへの返事。どう返そうか。。。。開催場所すら書いてないんだが。。。あまり多くの付合う利益を見いだせない人なのでわざわざ出向く気があまり起きない。ものすごく失礼なんだけれども、人としての魅力がない人って退屈だ。。。専門バカの弱点が就職活動をはじめて本当によくわかった。これは使い物にならねぇなと。

能力の有無じゃなくて、この人とお近づきになりたいって人と、この人はあり得ないという2つのパターンに分けたとき、ダントツで妥協に妥協を重ねても後者に入ってしまうのが自分の学部の人間なんだよな。。。

もしかしたら周りの学部の人間も自分をそう見ているのかも?だとするならばなおさらあの学部で学ぶことはもう何もないな。。。。

自分の学部そのものは好きなんですが、そこにいる”人”には大きな疑問を感じる。事実今他の大学の学生と毎日あうけど、僕のコミュニケーションには全く問題が起きないし、グループワークでしきり役に推されるまでなってきた。

僕がおかしいのではなく、僕がいた場所がおかしかったのだという確信。


就職活動は本当に多くの勉強を僕にさせてくれる。楽しくて楽しくて仕方がない。
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