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大学はいかに私を変えたか

定期的に最後に卒業した大学から季刊誌が送られてきてパラパラと読むのだけれど、この大学頑張ってるなーと感じます。
最初の大学からは何も送られて来ません。別にいいんだけどそれなりに歴史や規模がある割には?と感じてしまいます。

最初に行った大学(短大)は日本で一番学生数が多い大学だったのですが、大学の運営という観点からみると結構適当というか、スタッフの質はあんま高くなかったように感じます。

学生課などは在学中に頻繁に利用することになると思いますが、人(職員)を呼んでもなかなかカウンターまで来ない、来ても対応が無愛想というのが当たり前でした。

短大を卒業後に編入学をして東京電機大学という大学に入学したのですが、ここの学生課は非常に利用しやすかった。

まず学生が部屋に入ってくるとすぐに席から立ち上がって要件を聞いてくれる。
そんなの当たり前じゃん?って思うかもですが、前の大学の3つのキャンパスの学生課全て訪問してこういった対応がきちんとされた経験が一度もなかったのですよ。

こっちは書類申請やらシステムを利用する上で困っているからわざわざ訪問しているのに、面倒そうな顔してノロノロと出てくる職員さんが非常に多かったんですね。
それでも私がメインで使っていた船橋キャンパスは駿河台キャンパスや桜上水キャンパスよりは使えるという印象がありましたが、東京電機大学の職員さんと比べるとかなりサービスレベルは負けてると思います。

入学時の偏差値だけで比較すると最初の大学は東京電機大学よりも偏差値が高くて資金面での余裕も学生数が多いからあるはずなのだが、職員の質と学生の意識の高さはなぜか東京電機大学のほうが高かった。

これはバイアスがかかっているのかもしれないけれど、学問だけでなくて、サークルでも東京電機大学はただの飲み会サークルではなくて実績を残しているサークルもたくさんあり、彼らのレベルの高さと自分のレベルの低さにコンプレックスを感じて苦しんだのを覚えています。

学校というある意味ドメスティックな環境一つを見ても、似ているようで学校によってカルチャーって結構違う。

最初に行った大学にもOBが多いので就職時にいろんな人に相談ができる、学生数が多いので様々なバックグラウンドを持った人と出会える可能性があるなど良い面ももちろんあるのだが、結果として東京電機大学に編入学をして自分は良かったと思ってます。(試験受けて落とされたんで行けなかったという事情もありますw)

思えば最初の大学に進学したのは、東京理科大の夜間部に推薦をして欲しいと高校の担任にお願いしたらなぜかダメと言われて、仕方が無いので自分の学力でいける学部ってことで決めたのがきかっけでした。

成績が悪かったので四年制の学部は無理で、短期大学部ならなんとかという感じで、それも色々とインチキをして無理やり進学をさせてもらったようなものです。

建設という学問を選んだのも、電子情報学科を第一希望で出したら通らなかったからという実に妥協的な理由で、建築家になりたいとか、大手ゼネコンで都市開発やりたいとか前向きな動機があったわけではない。

だから入学してからもすごく苦しんだし、結果として半年卒業が延期になってしまった。

次の大学では情報の勉強をやりたいと当時は真剣に思ったんだけど、入ってみたら周りの人達はとても優秀なわけで、とてもじゃないがこんな人達と社会に出てから競って生き残れる自信がないと入学して数カ月で悟りましたw

でもせっかく入学したので卒業したかったし、東京電機大学は英語の勉強にも力を入れていてそこが気に入って選んだので、英語関連は徹底的に利用して、最悪退学をするにしても英語だけはやろうと決意したわけです。

んで英語はまあ別にすごいレベルじゃないけど、学ぶのは楽しかったし、結果としてアメリカに行けたわけで、この点は満足しています。

今も調べ物したりする時に英語の文献やら英語の動画コンテンツやら見るけれど、多少なりとも理解できるのはあの大学で勉強を続けてきたから。

何事も長続きしない自分ではあるが、英語だけは最後まで嫌いにならずに勉強を続けることができた。
それを可能にしてくれた東京電機大学に俺は大きな恩がある。

自分が幸運だったのは、自分のようなそれほど達者ではないが英語を学んでみたいという人にもこの大学はチャンスを与えてくれることだ。
現時点での実績よりもなぜ英語を学びたいか、どのような考えを持って参加しようとしているかを見てくれる。

前の大学は高校の英語の延長で、おもしろくともなんともない英文を読んで訳させるみたいな、俺が一番嫌いなタイプの勉強しかできなかったのでどうしてもモチベーションが上がらなかった。
だから勉強もしないし、それが原因で単位落とすわで、前の大学が用意したイギリスに短期留学できるプログラムに私は当時応募したんだけど、落とされてしまった。

定員15名で、応募する人はほとんどいないにもかかわらず、です。
あの時は本当に屈辱だった。
確かに英語の単位は落としていて実績としては最悪だが、俺は本当にその研修に参加したいと強く思っていて、両親からも承諾を得ていたのでかなり落ち込んだのを覚えてる。(書類審査だけで試験やら面接がないのも不満だった。)

後で知ったんだけど、教授陣にどうしても行きたいのでなんとかしてくれと泣きつけば、インチキできたらしいんでちょっと反省もしているんだが。。。
それ以前に短大程度の英語の履修で単位落とすなって話だな。。

これから大学に行く人は覚えておいたほうがいいと思うんだけど、教授陣やらスタッフに相談すると結構なんとかなるケースが大学はかなり多いですよ。
彼らもサービス業として仕事でやってるわけで、泣きついてきた学生に対してはなんとかしてやるか的なスタンスで臨んでくれます。(駄目なケースもあるが)

粘り強さこそどんな時代でも生き残っていく上で最重要な要素だと俺は信じます。
京セラの稲盛会長も言っているではないですか「成功するまで続ければ必ず成功できる」と。

途中で諦めてしまうから成功できない。

確かにハードルが多かったり辛いことがあったりと現実は厳しいのだが、それは誰でも同じこと。
そんな状況の中で自分はどういう決断をするのか。
時には諦めることも大事だが、ある程度取り組んだ上での諦めというのは、何も取り組まずに諦めることよりも学ぶことは多いと俺は思ってます。

大学は俺にこの粘り強さを与えてくれた。
今でも諦めてしまうことはあるけれど、続けられていることも増えてきている。
大学に行かなければこれは身につかなかったと思う。

直接的に役に立っている側面は確かに少ないのだが、自分の血となり骨となり、間接的に役に立っている側面を大学から多く得ました。

それは教養の底上げと表現してしまうのが一番手っ取り早いんだけど、そういう意味もあって大学はやっぱ行ったほうがいいなーと思う。
途中で辞めるにしても得られるものは多いと思うんだよね。

あーでも受験してちゃんと入学をするほうがいいです。
それか推薦で行くならエスカレーターで入学するのではなくて、普段の試験でしっかりパフォーマンス出せる自己管理能力の高い人限定でやったほうがいいと思う。

エスカレーターで勉強せんと入ると入学した後にとても苦労しますw
周りはちゃんと勉強して試験受けて入ってきた人達だからねー。

もちろんエスカレーターで入学してもその後成果をあげる人もいるんだが、しっかりと自分を持っていないと楽な方に流されてしまいますよきっと。。。

俺は本来の学力からしたらとても大学なんて行ける頭じゃないんだけど、いろんな人がなぜか俺を助けてくれて最終的に卒業まで通うことができた。

今は学んできたことを直接的には使ってなくて申し訳ないかな?とも思うこともあるんだけど、自分なりに世の中の役に立つことを探して自分の居場所を定義してやってるつもりです。

そういう意味で俺はもっと非常識に生きて成果をあげていかないといけないと思う。
日本という国への恩返し、日本の人たちへの恩返し、そしてアメリカという国への恩返し、全部を精算できた時俺は次の世代に何かを渡せる人になれると思う。

だから俺は成功しようと思うよ。
自分なりのやり方で、自由な発想で、できればストレスは少ないやり方でね。。。
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