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普通になりたいと願っていた時に手に入れる事の出来なかったもの

高校に入った辺から僕が願っていたのは普通になりたいという漠然とした思いだった。
でも普通って何?どう定義するの?って聞かれても答えられなかった。
だけどとにかく普通でいたかった。

よりわかりやすい表現をすれば、目立たないように振る舞っていたのだと思う。
それは中学時代に自分自身でいようとすればするほど周りから反発を受け、居心地が悪くなっていく経験をしたからだ。

なぜ自分がこのような理不尽な思いをしなければならないのだろう?といつも思っていた。
僕よりもダメな奴、堕落している人間、屑みたいな奴がいっぱいいるじゃないか。
だのになぜ僕だけが生け贄のようにならなければならない?
こんなことを毎日思っていた。

朝目が覚めると、今時分が生きている世界が現実世界であることを認識するとともに、夢をずっと見ていられたら良かったのにと瞬時に願う自分がいた。

自分が嫌いだった。
生きている理由や目標を持つことができなかった。
とてもとても毎日が辛かった。

椅子を蹴り倒してこの馬鹿げた茶番を今すぐ終わらせたいと思っていた。
でもそう思っても何も行動を起こせなかった。

それから10年が経った。

僕はある日を境に、普通でいる事をやめようと思った。
皆と同じような考え、価値観、生き方でいることにおさらばすることにした。

より現実的な表現をするとそうしなければ僕は死んでしまうと思った。

世界の片隅に僕の居場所が必要だ。今すぐにそれを見つけたい。だが今やっている事の延長線上にどうもそれを見つけられそうにない。

僕には皆と同じようにやっていくことは到底出来そうにないよ。ハッキリ言って不可能遂行任務(Mission impossible)にさえ思える。(周りの人はすごい人達でとてつもなく優秀な人ばかりだったのだ。)

僕は生きたいと思った。
自分自身をもっと愛したかったし、理解したかったし、持続可能なものを構築したかった。できれば自分の力で。

自分自身を愛せない人間がどうやって他人を愛せるのだろう?
自分に満足できない人間がどうやって他人を満足させることができるだろうか?

僕は持続可能なものを構築するために自分自身を愛し、理解し、自分が心の底から望んでいる事は何なのか?に耳を傾けようとした。
そんな叫びのような願いを、外的なものに求めていた。
自分だけではできないと理解していたのだと思う。

奇跡はすぐに起きた。
まるで大きなホールの端にいた人間同士が引き寄せられるように、奇跡的な出会いが実現をした。
その人達に導かれるまま、僕は心を真っ白にして、ノイズを排除する様心がけた。
自分のやり方に固執する事をやめ、あるべき姿だけを追求しようとした。

気がつけば普通でありたいと願ったかつての自分とは正反対の位置に僕は辿り着いていた。

朝目覚めた時に感じる事。
恐怖のない世界、目覚めて何をするかワクワクしている自分、無限の可能性を感じ、今起きている事に感謝をしている自分がいる。

それは長い間探し続けた本当の自分であった。
僕は僕でいい。そう自然体で思えて、振る舞える状態。
それをついに手に入れたのだ。

時々自分のような生き方は異端的で間違っているのか?と不安になることがある。
そしてそれを確かめるように既存の価値観に生きている自分を想像してみると、何度シュミレートしてもそこに自分の姿がない事に気がつく。
そして今の自分に納得をするのだ。
僕は他ならぬ僕自身のために、僕でいるのだ。

電車に乗る。ドアが開く、人がいる。疲れているように見える人がとても多い。
何かに追われるように一秒一秒を争って忙しげに足早に人々は移動をする。

僕は急ぐ必要なんてない。
ゆっくりやる。持続可能なものが最優先事項だから1秒を急いで何かを失っているという状況は望んでいない。

僕は僕のやりたいようにやる。
納得するまでやる。

でもそのやりたいようにやった結果に100%の責任を負わなければいけない。
誰も助けてくれない。”ありがたい助言”もいない、頼れる先輩や上司ももういない。

だけど僕は生きている。
奇跡だと思う。でも偶然じゃないとも思っている。

全ては一つの選択肢の延長にあるのだから。
そう僕は決めた。あるべき姿と現実の乖離を埋めていく事を。

普通の生活をして普通に生きていきたい。それは本当かい?
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