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罪と音楽 読了



なんで今まで読んでなかったのかよくわからんが、そういえばこの本があったよなーと思い出して読んだ。
1時間ぐらいですーっと読めた。

読み終えて思うのは人は自分が管理できるキャパを超えて生きる事は難しいって事だ。

何十億ものお金を稼いで、長者番付にも載って、別荘やらクルーザーやら買って、やってるうちに感覚が麻痺してしまったと書いてある。
その一方で常にメッセージや時代の一歩先を行く提案を実行し、実際に結果を出していた。
その好循環があったからこそいくらお金を使っても採算が取れる仕事ができていた。

でも段々とCDが売れなくなっていて、その流れにも勢いが無くなる。

一度豪勢な生活に慣れてしまうと生活基準を落とすのは難しいから、浪費癖があるとわかっていても簡単にはそれを直す事はできない。
これはホントそうだと思う。豪勢な生活をしていない人でも浪費癖がある人、買い物中毒になってる人、物質的な豊かさで精神的な充足を得ている人の価値観を変えていくのは難しい。

今、彼は有罪判決を受けて執行猶予期間なわけだけど、生活のレベルがどう変動したのかというのはあまり伝わってこない。

中学の頃、人はなぜ働くのか?をディスカッションした覚えがある。
お金のために働いているって答える人が多くて僕もどちらかというとお金のために人は働いている部分が多いと考えていた。

じゃあ一生食うに困らぬお金をすでに稼ぎだした小室さんのような音楽家がいるわけだけど、彼はなぜまだ働いているのか?と問われて、なんで働くのか?と深く考える。

音楽を作るのが楽しいからというのが当時の結論だったのだが、その答えは半分正しく半分は必ずしも的確ではない。

一生食うに困らない身分にある人達、例えば会社作って売却して数十億単位の資産を手に入れて引退した人が数年もしないでビジネスにまた戻ってくる。
遊んで暮らせる気楽な生活を手に入れているはずなのになんでだろう。

僕の考えとしては人は何かに打ち込んでいないとおかしくなってしまうからというものだ。
仕事の楽しさというのはもちろん存在すると思うが、言葉で書く以上にしんどい面も仕事には多々ある。
クリエイティブな仕事ならなおさらだ。

それでもまた現場に戻ってくる等のは、自分が何かに取り組んでいて、それが誰かの役に立ち、必要とされているという充足感を人が求めているからだと思う。

単純にお金があればいいという考えの人も世の中にはいるが、見ていても何か寂しそうというか、どこまで行ってもお金、お金の追求だけで、他には?何もないの?と感じてしまう。
どれだけ稼いでも墓場にお金を持っていく事はできないし、残した遺産も相続させようものなら税金がかかる。

自分が生きた軌跡を、何か見える形でもそうでない形でも残したいのだと思う。

やべ、何言いたいのかわからなくなってきた。
まあ思うのは、俺の両親見ててもそう思うんだけど、自分が何者で、どこに向かおうとしていて、どんなことにsatisfactionを見いだすのか(幸せを見いだすのか)を定義して、それを実現するためにどうすればいいかを考えるといいんじゃないかって事だ。

それで失敗したって本気で生きたいならアルバイト掛け持ちすればまたすぐに資金は貯められるわけだし。(アルバイト掛け持ち20時間/日で2ヶ月で100万円貯まる
日本はとっても豊かな国だからなー。
まあこの辺の説明は俺がするよりも、他人の記事読んでもらったほうがわかりいいんで紹介して糸冬。
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