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前回のエントリーがやや脱線気味だったので、働く事についての考察を独立させて書いてみる

今だから冷静にスラスラと書けるけど、結局働く上で求めていた事は以下のような事

1、(組織で働くなら)一緒に働きたいと思える人がいる事
僕が働きたいと思っても、彼らが働きたくないと判断したり、その逆が多かった。
あと実際に一緒に働くと、違和感maxで人と一緒に何かをやるのってなんて大変な事なんだろうと知った。

2、オフィスが奇麗な事
汚いとモチベーションが下がる。ここで汚いというのは建物が古いという事ではない。定期的に改修さえされていれば古くても清潔感のあるオフィスはある。あと就職活動してて思ったのは、どの会社もインテリアが安っぽかったり、しょぼいなーと思う事。
椅子に始まり、会社のロビーから、なんでこんなにちゃっちいんだろうと感じる事が多かった。
お金がかかるって事なんだろうけれど、外資みたいなオフィスが俺は好きですね。回った範囲の話ですが、やっぱ外資は受付から奇麗だし、働くスペース的にも余裕を持った設計になってる。
あと椅子もいいのが置いてあるw

3、バランスが取れる仕事、調整ができる仕事
仕事で毎日が全て燃焼するような生き方は嫌だった。そりゃ仕事に波があるのは知っているが、毎日夜の9時とか11時とかに帰宅ってのは続かないなと思った。
そういう生活をしている人を学生時代に見て知っていて、毎日のように鬱だ、死にたい、と彼らがリアルに言っているのを見ていたので。思えばあの時から、日本で働くのって何か敷居がとても高い事なのだろうか?という根拠なき違和感があったのかもしれない。

自分にとっての理想の働き方というのは、働くときは働く、そうでない時は適度に休憩も入れながら、あくせくやらないで続けられる事。これに集約される。続けられる事というのはかなり大事だと思ってます。
初任給がいくらで30歳になるといくら年収になってとか、短期的な視点で考えている人が周りには多かったけれど、年収そのものが低くてもずーっと老後も続けられるような仕事がもしあるなら、そのほうが実はリスクが低いのではないかなぁと思った。
贅沢をするのに必要なお金は、あればあるに越した事はないというのも事実なんだが、学生時代がそうであったように限られた条件の中でできる静かな贅沢?もあると思ってますw
そういう意味では今の仕事は続けられる、続けていけると思える仕事なので良かったなぁ。まあそれでも先の事はわからないんだけど。

4、適度な責任を伴う仕事
適度な責任は何かというと難しい概念なんだが、自分の選択によって起こりうる結果が想定でき、それらを可能な限りコントロールしていける仕事って感じかな。
組織の中で自分に何が出来るのかわからない。そもそも組織で自分のやれることって実はない。そんな風に最初に起業した時にすぐに思った。それでしまった就職すれば良かった!と一瞬思ったわけだけど、就職してこれをやれと言われた仕事を丁寧にこなしていく事でできる仕事が広がっていくという考え方も今は羨ましいと思います。

俺の場合はその段階に至るまでに続けられそうにないダメ人間なので、そういう生き方が羨ましくても実行できないわけですが、働きながら学ぶ、学びながら何かに貢献できる価値を持つ人間になれるというのは、ホント理想的っすよね。それで給料もそれなりに貰えるならなおおいしいと。

組織だと分業されていて、あなたはこの仕事のこれ!って責任の範囲も明確に定義されているから、取り組むべき事も明確だしね。
最初はあれもこれもやります!みたいなほうがいいのかなぁと思ったけど、選択肢が多すぎると逆に人は何も選べなくなるのかなと最近は思う。ある程度、別に自分の専門分野に固執しなくてもいいけど、これとこれとこれの中から選んで下さい!みたいなほうが今は俺はやりやすいかな。。。その中で発生していく責任についても同様で、全体的に発生する責任よりも、部分的に発生する責任を定義して、アウトソーシングできる所はアウトソーシングしちゃうっていう考え方が今は好きです。

適正って言葉があるけど、あれは深くて、適正のない事やってもホント不幸になるだけだと思うんで、適正のあることやるのがいいかなーと思います。

そして最近、ベンチャーでインターンをしていたのだが就職先は大企業という人が自分がアンテナを張っている範囲では多いように感じていて、なぜ?と思ってたんだけどある仮説が浮かんできた。

それは”バランス感覚のある生き方”を求めている人が増えてきたのではないだろうか。
特定の組織の中でしか通用しない能力ではなくて、真の実力を身につけることができる魅力があるベンチャーがあったとしても、超激務で友達や交際する人との時間も生み出せない、生み出せてもその時間があまりにも短すぎるような生活。そしてその割には生活するのも困難かもしれない待遇(給料や福利厚生)を現実的に見て、欠点を許容した上でベンチャースピリットがある大企業に入ろうと彼らは考えているのではないかと。

一般職という名の将来のお嫁さん候補がいたり、学びながら独立に備えるための人脈や力を身につけられる場といい、そういった場所に行く事ができる人で、仕事maxという考え方でない人なら、そういった場所のほうが魅力があるのかなーと。

これは僕が大事に考えている、続けていく事、続けられる事とも関係していて、結局いくら実力がつこうが生活できなきゃ意味がない、いくら成長できようがただの仕事人間じゃ人生おもしろくない、いくら会社に収益をもたらそうが仕事といくら稼いだかの話しか出来ないような人間は退屈、いくらビジネス上の人脈できようが結婚も出来ない生活は嫌、というように考えているのではないかと。

実は正直、自分も仕事を中心とした話しか今はできなくなってきて、外部の人間からしたら退屈なんだろうなと多少危機感を持っています。

それと雇用されていない身分なので、雇用する側の視点で物事を考えてしまっていて、一般の人との感覚の乖離も感じています。
学生時代なら迷わずやったよなぁと思う事も、最近だとやらなくなっています。それは何かというと特売狙いとか、いくつものお店を回って安く買い物をすることだったり(その安いというのも誤差の範囲でトータルで考えるとほとんど変わなかったりする。一つの全体的に割安に売っているお店で一式必要なものを買いそろえたほうが時間的にも、後でサポートが必要になった時にも便利だと考えています)、端的に言うと時間に対する感覚、コスト意識です。

様々な事に取り組む必要が出てくる、大学卒業後の生活で、それらをバランスよく管理しようともがいている。
バランスよく管理できるようにするためにどうすればいいか、今働いているベンチャーではそれを実現するのは難しいのでは?と実際に働いてみて感じる人が、卒業後に大企業に行こうと考えているのではないかと思った。
そしてそういった考え方も今の僕は共感できる。

バランスって大事。
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