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FF7 と僕の青春、そして今




このゲームは自分が中学一年生の時に発売された思い出のゲーム。
当時、寮の学校に所属していたんだけど、月に一度ある休暇でそれも5日ぐらいしか休めないんだけど、その時に地元の今は潰れてしまっているゲーム屋さんでPSの本体と一緒に買ったのを覚えている。

そんなゲームをPSPで今やり直しているんだけど、当時の記憶とダイレクトにリンクして、twitterのほうでは書いたけど、中学の学園祭に今年は行こう!と思ってます。

日程とかわからんので、学校に電話して学園祭はいつなのかというのと、駐車場がどれぐらい混むのかだけ聞こうと思う。なんつっても駐車場にはカーショウではいかと思うような車が当時は並んでいたので、、、ぶつけたりしたら大変なことになるw

FF7ですが、コスモキャニオンの所まで進めました。
一回目の休暇でちょうど同じ所まで進めて、仲間内ではディスク1を終えた所まで進めているものがいたり、こっそり禁止されているテレビとプレステを持ち込んで学校を仮病で休んで最後までクリアしたものが至り、懐かしいです。。。

あの頃描いていた大人と今の大人になった自分は当時イメージしていたものとは違う。
当時は仕事をバリバリやるビジネスマンになるのだろうなぁとなんとなく思っていたけれど、現実はそんなビジネスマンにはなれずに、できることを必死になってそれ以外の分野で探している放浪者だ。

僕はずっとNOって言えなかった。
日能研だと明星だとかに通ってすぐに、ちっとも塾って楽しくないし、それに付随する暗記をする勉強に価値が見いだせない事に気がついたのに、世間体を気にしてずーっとNOと言えなかった。

はじめてNOって明確に声を出したのは、大学を卒業する時か。。
あそこでNOと声を出した事がその後の自分の生活を大きく変えました。

もしNOって言わなかったら、普通に家と会社を往復して、自分に向いてない仕事を無理して続けて、何かしんどい思いをし続ける生活が続いていたと思う。
でも母が死んで、生きる事について本当に真剣に考えた時に、後悔のない生き方、自分で自分の生き方を管理していく道を選びたいと直感的に思った。

心の声に従う時、人は短期的なしんどさはあっても、長期的には強くなれると思う。
僕はアメリカという国に少しだけ学生の時に行って、そこで世界観が一転した。
あの時も、慣れない生活で大変な事があったけれど、僕は僕の心の声に従って、直感で行くという決断をした。

虚栄心の塊だった僕に、肩の力を抜いて生きていく道を教えてくれたあの国の人たち。
何よりも自分の能力と才能を仕事にマッチングさせるという考え方、他人と違う事が当たり前という前提条件、相手に理解してもらうために論理的に自分の意見を発する事の必要性、自分の決断と発言に責任を持つ事を学んだ。

NOという発信を続けるまで、僕の学生生活は続いた。
学校で学んだ事は直接的に役に立っているものはほとんどない。その過程で学んだ事や、経験してきた事が今に繋がっている。人は経験を通じてのみ、学び、成長ができる。僕もその例外ではない。

僕は座っていたり、実際のビジネスや現実世界と離れた世界で理論だとか、理屈を考えるのは向いてなかった。
もちろんそういったことも必要な事だし、世の中で役立てられているのだと思うけれど、僕が学びたかった事はもっと別の事。

いかに生き、いかに学び、いかに周りの人とうまくやり、自分の人生を開拓していくのかを学びたかった。
学校ではこれらの事の一つの要素も習った記憶はない。
習ったのは理論、背景、知識ばかりだった。

僕は今、微力ながらも、上記の僕が本当に学びたかったテーマについて、自分なりに模索をしている。
教授も監督者もいない研究だ。

いつか僕が僕の能力と才能を最大に発揮できる日が来る事を。
周りの人とうまくやり、僕が周りを理解するのと同じように、周りの人が僕を理解してくれる日が来る事を。
放浪者の旅は続く。
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