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楽をするために労力を生み出す

学生の頃ってのは苦労する事が美徳というか、苦労を続ける事でのみ成功であるとか、良い事ってのが訪れると思っていた。
そういった側面もあるが、自分はその考えよりも、今のフローをより楽にするために工夫をする事の方が大事なのではないかと考えるようになった。

労働量が多いが費用がかからない方法と、労働量が少ないが費用がかかる方法のどちらが今が好きかと言えば後者の労働量が少なく費用がかかる方法だ。
もちろん全部が全部そうではないけれど、学生の頃と働きだしてからの最大の違いというか、これは学生時代から知ってたけど、

金はないが時間はある学生と、金は多少はあるが時間がない社会人(働いている人)

というのが一番大きな違いで、今は学生時代よりかは金はあるが、時間を割いてまでやらねければいけない何か面倒な事や苦痛な事をお金で解決をできるようになった。
もちろん何でもかんでもそうするわけではないけれど、時間換算してお金で解決してしまった方が実は割安かもしれない事は、お金での解決にシフトをしている。

動かすお金が大きくなった(とってもそんな大きくはないのだけれど)と書くとわかりやすいかもしれないね。

僕は苦労であるとかしんどいことを延々と続ける事はできない。途中で自分がダメになってしまうのを知っているから。
でもそうしないようにするためにどうすればいいのかを考え続ける事はどうやら比較的苦痛を感じずに楽しんでやれるようだ。
そしてその過程を今は納得して取り組んでいる。

2009年ももうすぐ終わり。今年は出会いと分かれの年だったような気がする。
大学を出てから1年ちょっとでずいぶんと環境は変わった。

頭のいい人たちが何かすごい生活をしているのかなぁと見てみると、自分よりも頭の良かった人たちが何か追いつめられてさえいるような生活をしているように見える。
でもいわゆる秀才というか、頭のいい人たちって、頭がいいが故に自分が必要とされる環境が多くなり、結果的に自分のように社会的には歓迎でない存在がどう生きていけばいいかを考えねばならない必然性を持たないのかなと思う。

ちょっと嫌な書き方になるが、高校時代、自分は成績はかなり悪い部類だった。でも大学には最終的に行けてしまった。その横で自分より確実に頭が良かったのに大学には行かなかった友達がいる。(経済的理由ではなく)

そして嫌な言い方だが、少なくとも就職という観点では可能性を彼らは狭めてしまった。かといって自分で自分を雇うというスタイルを選んでいるようには見えない。(もしかしたら今頃起業してたりして)

ここが難しい所だと思う。将来の可能性=誰かに雇ってもらえる身分と仮定するならば、大学に行くのは確実に意味があるし、効果を出す。それもできれば誰もが受験勉強頑張ったねと無条件に認められるような大学に行くのが望ましい。

ところがこの前提条件をなんとなく既存の、誰かに雇ってもらう身分の親達が子供に刷り込んでいる(それが正しいと信じるから。それを否定する事は自分の生き方を否定する事であるから)ように僕は見えて、それが受験で勝って、可能性を最大化できる大学に進学をして就職をするというおきまりのパターンを作り出してしまっているのではないかと考える。

収入大だが、出て行くお金や時間的拘束も多い仕事。収入は少ないが家族や自分の時間を確保できる仕事。そして収入は少ないかもしれないが、工夫次第で増やせて、自分の時間も、家族と過ごす時間も確保できる可能性を秘めている仕事。

梅田さんの本に書いてある表現を借りると、高速道路が渋滞しているのを見て、自らの意思で高速道路を降りて、けものみちを歩き出す事を決意する事。
これに疑問を持たずにもっと若い時から、できるならば中学生の頃からそれができたならどんなにいいだろうと僕は思う。

僕は今、一応、けものみちを歩いている部類に入るんだが、やってて思うのは、何でも自己責任だけど、こういうのを楽しめる人にはとてもいいということだ。
かといって同じ事をみんながやってしまうと、ただの高速道路になってしまうものだから、常に今やっている事も変えながら生きていかなければいけないというしんどさもつきまとうのだけれど。

楽っていうのは何かってのは難しい。
心配をしないですむ状況、安心できる状況。
そもそも安心なんてのは存在しないのかもしれないが、既存の心配な状況よりも可能な限りbetterな状況。
僕はそれを手に入れたいと思って生きている。

そのために働く事が必要だと思うし、できれば嫌な思いをせずに働く生き方があればいいと考えている。それを完全になくすことは難しいができるだけ少なくしたいと思う。

結婚もしたいし、子供も欲しい。でも今の状況じゃ無理だ。
軽蔑していたけれど、授業参観で「お前の所おじいちゃんが来てるの?」「いやあれは僕の父さんなんだ」って会話に登場する年配になってから子供を作る人が実は結構にいいのではとさえ今は思う。

僕が考える先人達の何か忙しくて、しんどそうなライフスタイルよりも、僕は余裕がある楽を見いだせるライフスタイルを選びたい。

でもそれって24時間血眼でメイクマネーすることじゃない。
きっとそこまでしなくても何か別の道が模索できると、そう今は信じている。
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