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矛盾した世界

今日はまた駄文を書こうと思う。
読みたい人だけが読んでくれればいい。
気に入らないならば窓を閉じて別のページ行ってくれればいい。
それで何も不便はないじゃないか。

足の引っ張り合い、同調しないシステムへの淘汰の示唆、創造性は摘み取られ、だが他者との協調を選択する生き方では経済活動の中での期待値は極めて限定されたものになる。

昔はこう思っていた、通勤1時間であるとか、すごい人だと2時間(本当にいる)人がいるのは、それをやるだけの価値がその人の仕事にあってきっと望んでやっている。
だから自分もいずれはそうなるのだと。学生の頃と社会に出てからの生活はきっと違って、何か”エキサイティングな事が待っている”のだろうと。

高校生や中学の頃は、これを大学生になったらきっと”違った世界があってそこで自分は変わることができる”のであろうと思っていた。

大学での生活は確かに自分を変えたが、かつて思い描いていたイメージと今の自分は全く異なる世界にいる。
僕は誰からも雇われず、誰も雇わず(自分を自分では雇っているが)、他者との同調や協調を避ける事でしか生きていけない事に気がついた。

そしてそれでも希望を持って、もしかしたらわかりあえるかもしれないという1%にも満たないかもしれない可能性に賭けている。

僕は世界から隔離され、僕の行動はある意味、協調や同調に価値を置く人々から煙たがられ、僕はますます人々から嫌われ、自分の存在意義を見えないものの中にしか見いだせなくなる。

僕が存在する場所はきっとこのネットの中なんだと思う。
僕は現実世界ではうまく振る舞えない。人とうまくやっていけない。
僕はネットの中で適切な距離を管理しながらでしか他者と関われない。今までも、そしてこれからも。

先日の新聞で、自殺者の数がまた増えたって書いてあった。
死にたくもなる世の中だと思う。こんな空虚な世界で、矛盾した世界で何に価値を見いだして生きていけばいいのだろうと時々僕も思う。

死は肉体からの解放を実現するが、魂までは解放をしてくれない。
死を選ぶ事で僕は既存の問題を解決するのは間違っていると思う。だから僕は自殺はしない。生きていく。嫌われても、笑われても僕が僕であり続けるために。

たとえそれが他人の犠牲の上に成り立つものであっても、僕は他人の命を喰らい、他人の資本を喰らい、経済成長にただ乗りをして何も生み出さないかもしれない虚業を続けていく。

言葉が正しいかわからいけれど、学生という身分が終わって、経済活動の中で生きていくためには常に勝ち続けなければいけない。

学生時代の僕はランキングに置いては少なくとも負けていた。でも負けて良かったと思う。
学生時代に自分が勝っていると思っていた人たちも、コモディティ化をして何かに追われるように生活をしているのに変わりはないと知っているから。

僕は少なくともコモディティ化はしていないと思う。もししているならば僕もまた、既存の大多数と同じように生きて、死んでいくサイクルの中に存在していることになる。
それはもちろん意味のある事だが、僕はそうでない選択をしたいと思っている。

街を歩いてて思う。
彼、彼女に自分は何が勝っていて、何が劣っているのだろうか。自分は彼らに勝っているのか、負けているのか。
実際の所はわからないけれど、理不尽な矛盾した世界を生きている人たちにはなりたくないし、そういう生きた方を選んでいる人に負けたくない。

今の動力はきっとそういった所から発生しているのだろう。
一人になっても僕はこれを辞めないでいたい。続けていきたい。

他人の魂を喰らいながら僕の魂は転生をし続ける。
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