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僕が手に入れたいのは永遠に手に入らない変わってしまう前の世界。その世界で新しい選択をしてみたい

今日はどうでもいいことを書くので無理して読んでくれなくていいです。いつもそういうスタンスで書くけど皆さんの貴重な時間を僕の雑記で奪いたくないので。。。大切なことに時間を、労力を使った方がいいですよ(笑


僕はよく夢で昔のことを見る。それは見ているのか感じているのか、あるいは何かに映し出された映像なのかもしれないが、中学生の自分だったり、小学生の自分だったり、高校生の自分だったり、大学生の自分だったり、、、はっと目が覚めて、もう学校に行くことはない、行く必要はないと安心をする。。。。


でも僕は昔に戻りたいと時々思う。そりゃテクノロジーはしょぼいし、東京のように便利で刺激的な場所でもないが、それでいい。
それを知らないのだから、そういう不満を感じることなく生活をできる。実際していたし。


高校の頃だったかな、小学校の頃おとなしめの子だった友達が帰り道に話しかけてきて、うれしかったんだけどすごい雰囲気が変わってしまって寂しい思いをしていたのを覚えている。


きっと、孤独だったというのもあると思うんだけど、小学校の頃うらやましいと思った放任主義の子たちは実は大人になった今わかるんだけど、あんま親と時間を共有できなかった人たちなんだって気がついた。もちろん本人たちはそれを当たり前のこととして、好きにやれる、お金が親からたくさんもらえてお菓子がたくさん買えて、自分から見ればいいなーと思っていたのだが、そういう子たちが揃ってなんつーか、寂しい方向に進んでいってしまって、親からの愛情ってもしかして結構大事なのか、過保護に近い環境も必要なのかと最近思った。


自分はこう思う。もし今のままの知識と能力で昔に戻れるなら、もっとそういう子たちとの時間を大事にして、親がいなくても友達がいることで安心を得られるような、、、素朴さを大切に生きていても世界からは孤立なんてしないってことを、偉そうな言い方だけど伝えられたらと思う。


多分今の彼らと会っても、どこで何をしているか知らんが、話題がかみ合うことってほとんどないと思う。成人式の時もそういうすれ違いというか、もう戻れないんだなってのを感じたし自分は他の人とどうも何か違うみたいだってのを認識してしまった。
もちろん変わっていない人もいるんだけど、そういう人はきっと自分と同じような孤立感、閉鎖感のようなものを感じているのではないだろうか。。。


僕は自らの崩壊と、孤立を望みながら、世界との接点を求めている自己矛盾な存在。
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