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地震と受験時代の記憶 あんままとまらなかった

偽善者と言われてもいいけれど、ここ最近、地震が各地で発生してお盆休みじゃないよって人も多いと思う。
今日は岐阜の方で大きな地震があったということで、現地の人たちが片付けをしている様子がさきほどのニュースで流れた。
なぜか東京だけはずっと無傷で来て、地方ばかりがこういう天変地異に被害にあってるんだよな。。

大都市の地震は、神戸の大地震が日本では最後かなという印象だが、あのときは自分は受験生で、親を失った同世代の受験生が母との約束を果たして志望校に合格したって記事を、塾の月報で読んで感動したのを覚えている。

どの学校に行くかとか、どの国で育つかっていうか、要は感受性の問題なんだが、創造性を欠如してしまう養成機関に入ってしまうとそれは不幸以外の何者でもないという(本人たちには自覚はないが。)事実をあの時だけは無視してもいいと思った。

今の子供は宿題も少ないらしいね。同じくテレビで見たけれど、塾通いでやってる時間ないからって親からクレームが来るんだろう。自分も同じ生活を15年前にやっていたのでわかるけれど、それほど子供なので辛いという思いはない。それを指摘している人がいて、私も同意、むしろ中途半端に自我が形成される、高校、大学時代の勉強の方が、それが好きでないことならばきついと感じる傾向が自分は強かった。

だから、いいか悪いかは別にして、小学校受験とか中学校受験をさせて、のびのびとした校風で大学までエスカレーター(あるいは小中高一貫)で、勉強はほどほどにって生活は実は支持している。

別に超一流の学校でなくてもいいが、家から30分圏内(自宅から学校に入るまでのありとあらゆる手間ひまを含めた時間)なら子供も通いやすいし、友達と遊ぶ時間も確保できて、んで、私立とかだと塾に行く必要はない(補講があるから)から、トータルの経費も、拘束(塾選びや塾に通うための労力。そこで一から知り合いや友達などを構築する労力)も少なくてこりゃいいなと。

その分世界が狭くなるかもって懸念もあるけれど、アルバイトしたりボランティアしたり、実社会と直結したことやったほうが、子供同士の小さな世界で完結しているよりずっといいと私は思うんだけどね。。。

あーまた何言いたいのかわからなくなってきた。
ここ最近の天変地異の被害に遭われた方の復興を陰ながら応援したい。個人レベルで何かできることがあればいいなと、ボランティアとかじゃなくて、本業と平行して何かできること、、寄付になってしまうのかなやはり。
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