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大学を卒業してからもうすぐ1年

母を失ってから2年、大学を卒業してから1年。長かったようで速い。
特に大学を出てからの時間の流れは、仕事をしていることもあってずいぶん変わったように感じる。
それは忙しいからというわけではなくて、余裕はもちろんあるけれど、何かに取り組もうと思えばそれらは無限にあるから、なんというのかな、、、。

前も書いたことの繰り返しだけど、取り組むべきことが明確だってことなんだろうね。
学生時代は何でもできるっていうけど、なんでもできるがゆえに何もできない人も結構多いと思う。
私はそんな中でも自分でできることを探していたつもりだけれど、今思うとそれらも本当にちっぽけなもんだったんだなーって。
でも何か自分はすごいことをやっているんだって同時は思っていたけれどね。

若さの強みというのが、根拠なき自信と言われるけれど、それでいいと思う。
できるって思うからできるのであって、無理だと思うことは、自分の適正も含めてできないことがやっぱりほとんどだよね。

先日車を持ったことを日記にしたけれど、活動範囲が何倍だよってクラスで広がりました。
隣県行くのは当たり前。どこに行くにも車になった。。。

東京に住んでるだけなら基本車いらんけど、仕事であるとか、ライフスタイルによってはあったほうがいいと思った。
もちろん使う頻度少ないならレンタカーでもばりばりいいんだけど、普段運転していないとなかなか思うように快適には使えないしね車は。

明日は長野県に行きます。これから週1ぐらいで長野に行くことになる。あ、仕事ね。
事務所を持ったんです。前にも言った通り、会社を作ったので。

社長なの?って違うよ。立場均等、パートナー制にイメージは近いかな。
正式な株式会社化は11月を目指していて、今は体制の確立と、営業なんかをやってる。

アマチュアとプロの中間みたいにやっていた頃と違って、本当のプロにどんどんなってきて、楽しさは高まってきている。

よく学生時代に戻りたいって人がいるけれど、本当?って思う。
私は学生時代に戻りたくない。それは充実してなかったからというのもあるのかもしれないけれど、今の方が楽しいし、自分のことを自分で管理できるってのがやっぱりいいからね。

管理できる幅が広がるってのは、それだけ失うものもでかくなるってことだけど、それもやりようによってはどんな形にも出来るしね。

別に就職をしなくてもいいってのは本当に深い言葉だったなー。前も書いたけれど、学生時代に就職活動したときに知った会社の人が言ってた言葉ね。

頭が良くないととか、コミュニケーション力がとか、学校という場所を通じて身につけられる能力が何のために存在していたのかを考えれば、そういった場所でパフォーマンス上がらん人間=あんま就職とか向いてないと。これに気がつくのにすごい時間がかかってしまった。。。

なんとなく大学に行けば自分は変わる!みたいな思いが、高校時代からあって、変わったと言えば変わったけど、それはよくない意味で変わってしまったという表現の方が自分の場合は強い。
誰かの役に立つこと、大事だけれど、自分が確保できなくて何ができる?って話。
学校では前者の能力(周りとうまくやっていくこと)は高めることが出来る、真剣に取り組めばかなり高まると思う。周りから期待されていることに対して、それらを察知して成果を上げる。これも高めることが出来る。

でも多分、人によっては得られないもの。きっとそれはクリエイティブなこと、創造性だと思う。
ないなら作りゃいいじゃんという考え方。

既存の枠組みの中で、平和にやってりゃ、それでもそれが人から必要とされている現実もあるからやっていける。けどそれって、要は平凡なリスクとリターンを選んだこと。。。

非凡な選択、それは当然、失敗という言葉にも直結するが、非凡だからこそ得られるもの、感じられることもきっとある。
非凡と書くと何かすごそうな書き方だが。周りとちょっと違うこと、ミリ単位での違いだよね、マクロでみりゃ、大学卒業して就職しませんでしたなんてのはたくさんいるきっと。

1年前の学生だった自分に言いたいことがあるとすれば、「リラックスしなよ」ってことかな。
なんかとてもおびえていた。成長しなければ!xができなければ!xを高めなければ!毎日こんなことを思ってたなー。

それって意識が高いじゃんて表現もできるけれど、悪く言えばガツガツしすぎっつーね。
しかもその時欲しがっていたものって、自分には適正がないものだって、見て見ぬ振りしていたんだよなー。

できないことは、できないって言っていいと思う。それは恥ずかしいことじゃないと思う。
向いてないことがんばって取り組んでも、成果出る前に辛いって気持ちが爆発するだけ。
しないかもしれないけれど、本当に自分に向いてないことなら、ストレスは大きいよね。

乗り越えられること、乗り越えられないこと。私はどんな役職を与えられようが、プログラマーだとか、コンサルタントだとか、アナリストだとか、そういうのは向いてないって気がついた。
そういう仕事はすごいと思うし、尊敬もする。だからそういうのに向いている人がなればいいと思う。
でも現実世界じゃ、人が足りないって理由で、適正がない人も無理してその仕事に自分をあわせてしまっているんだよね。。。

休みたくても休めない、自己犠牲に伴う働き方という姿勢が美徳。おかしいよね。もっと大事なことがあると私は思う。
好きな人と過ごしたり、大切な友達と会ったり、お世話になった人に成長したかもしれない自分の姿を見せにいったり、あるいは地域のコミュニティーに参加してみたり。
無邸内かもしれないことのために自分を犠牲にする美徳よりも大事なことたくさんあるって思わない?私だけかな。

スティーブジョブスの言葉を借りるなら、
未来を予測して自分の軌跡を結びつけていくことができない、だが過去の自分の軌跡を解釈してつなげていくことは出来る。
この言葉、正しかったよ、自分にはね。

今の仕事、幼少時代からの自分の軌跡が繋がって、至っているって断言できるよ。
これを読んでいる人も、自分の能力と才能を最大限に発揮して、ハッピーになれるといいね。
私ももっともっとハッピーに仕事以外でもなれるように、異性にも興味あるし、子供だって欲しいし、仕事以外のことも充実さえていきたいと思うよ。
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