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苦手になったきっかけ、繋がりなど

嫌いな事、やりたくないこと、苦手な事というのは誰にでもあると思う。
自分の場合だと、大勢の人のいる場所で何かをする事、大人数で出かけたり活動する事。絵を描く事。球技スポーツなどなど。

もっとあるんだが、要はチームプレイというのがすごい苦手、何か妥協点を見いだしながら一つの目的を達成するよりも、自分なりのアプローチで自分でしかできない(と思われる)事に喜びを見いだしている。

そういう考えが、美術やスポーツがあまり好きでなくなった事にも繋がっているという。
なんかさ、体力測定ってので、ボール投げがあるんだが、あれで自分は皆よりも全然飛ばせなくて、それを見られるのが嫌でどんどんボールという存在が嫌いになった気がするんだよね。

普段はこんな生活で言う事はなんかすごいけど、あいつにボールを握らせたら何もできやしないって、そういう格好わるい自分をみせたくなかったんだと思う。
嫌いになるとのめりこんだりしなくなるよね、自分の場合、仲良かった友達限定で、ちょっと連取付き合ってもらったりとかはしたけれど、やっぱそれも俺こんなことやりたくないよ。
他に楽しい事、あるじゃない?って。すぐ逃げたくなっていた。

美術も何かさ、小学校の頃、クラスメイトの前で自分の作品が美術の先生にバカにされた記憶があるんだよね。何かの工作でも資材をたくさん使ったら怒られてさ。普通の人の4倍ぐらいのはやさで資材を使うもんだから、他の人が使う分がなくなってしまうという意味なんだろうけどね。

そういう、自分オリジナルでやろうと思うけどってはじめたことに、横やりが入った瞬間自分はそのことを破棄したくなる。そんな状況でまでそれをやりたいと思わない。そういう人なんだと思う。

それはつまり大人数でわいわいがやがや何かをやるってタイプでもなくて、それでいて、何か自分で作ったものを発表したいというわけでもないんだよね。

ただ、自分のアプローチを受け入れるというか、あ、それいいねって共感してくれる人がいれば、ただそれでいい。

前も書いたより100人のそれなりに仲がいい人よりも、3人でいいから深く付き合える人のほうがいいと思っている人ですんで、そこは強がりではないというか。
大げさに書くとそこまで自分とマッチングする人っていないと思うんだよね。ネットを使って趣向が近い人出会う事は出来るけど、やっぱその人達って友達なのか?って疑問がある。

だって趣向が一致しなければ、ちょっと連絡とってないとあっというまに他人に戻る関係だからね。悪いとかそういうことじゃなくてそういうものなんだよねもともと。

中学とか高校でも、出会いってのはある種の偶然ですね。たまたまクラスが一緒だった、たまたま寮で部屋が一緒だった。
でもその人と共有した何か、その人が自分から私に対して歩み寄って来た瞬間、そういうものがあると長く関係が続くというか。
この人は自分に何かしらの価値を見いだしている?価値という言葉は適切ではないかな。

心地よさがあるというか、その人と一緒にいる事で、何かいいよねって。
そういうのを求めているんだなきっと。
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