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神奈川という場所、千葉という場所

神奈川という場所は自分にとって特別な場所だ。
中学時代の友人達が住んでいた場所であり、自分自身も何度も行っていて大好きな場所である。

東京の良さとはまた違う良さが神奈川にはある。

鶴見、保土ヶ谷、東戸塚。
高校時代の友人が住んでいて何度も行った場所。

今でも仕事で数ヶ月に一度行っている。
土地勘がありますので、東京よりも下手をすると移動しやすく、はじめて行く場所でも比較的に迷わない。
東京だと区画がわかっても、似たような風景が繋がっていて迷ってしまったり、そもそも真逆に歩いていたなんて事が多々あるのですが、神奈川はそういうことがない。
なぜかわかりませんが、区画整理というか、看板一つとってもとてもわかりやすい。

道がわからなければ交番で聞けばいいのだけれど、その必要もなくとても住みやすそうに感じる。

老後は東戸塚あたりでゆっくりやろうと思っていたりする。
東京もいいのですが、やはり観光知的な側面もあり、多くの人が休日も含めて来てしまい、千葉に住んでいた頃のような静けさはない。
外に出ると物音一つしないあの時間。

友達の家へ自転車を走らせる。友人の親は自分を歓迎し、休日だというのに自分たちの家に入れる事を拒まない。小さな弟や妹がいて、にぎやかなんだけど、その心地よさが一人っ子の自分はどこか特別に感じていた。

今、彼女、彼らは元気だろうか。
たくさん傷つけてしまったけれど、とても感謝している。
自己中心的な自分を受け入れ、理解してくれた事を。

ねたみだとかそういうせこいことをしないで、喧嘩してもすぐに仲直りできたあの頃。
自我は、歳を取るという事は、それなりの良さももちろんあるがそれと同時に大事なものもたくさん失っているような気がする。

千葉という場所は良くも悪くも今の自分を形成した場所であり、住んでいた頃はこんな場所嫌じゃ!と思ったが、そこで多くのものを得ている、与えられている。

そんな懐かしさを感じながら、こうして歳を取っていく自分。
何年後かに今の東京の暮らしを異国で懐かしんでいたりするのだろうか。
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