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不思議な感覚

成人式に行った時も感じた事だが、それは知らない人であったが結婚をしている人がもう自分と同じ歳ではいて、子供もいるような人もたくさんいる。


それでうちの旦那がーとかかみさんがーとか言っているのを見るととても不思議な感覚に陥る。
自分はそう昔から変わっていないと思っていて、それは成長していないとか、それもあるけど、子供の頃の汚さだとか矛盾を知らないでも自由にのびのびとやれていたあの頃への回帰欲が強いからかもしれない。


なんで皆そんなふうになってしまうんだ、昔は違っただろう!と、相手はきっと「時代が変わったし、俺も大人になったから」と答えるのだろうか。


昨日街を歩いていたら「大人になったってことを嬉しく思っていないか?子供の頃は大人が嫌いだったろう」という歌詞があってすごい深いと思った。
そう嫌いだった、自尊心を傷つける発言を平気でする無能な教師(全員ではありませんよ!もちろん)、あの屈辱は今でも拭えない。今の時代ならばありえないことだし、ああいう大人を嫌っていた、僕らは。


そして一部の友達の親にも変な人がいてやはり嫌いだった。あんな大人にはなりたくないと思っていた。


しかし気がついてみれば、自分も大人になったのかと、肉体的にはもちろんそうなんだが、そう思った瞬間に自分は汚い存在になったかのような。
金を稼ぎ、使い、わずかな隙間に幸福を感じる存在。それが今の大人の俺なのかと。


無論、学生に戻りたいという気持ちはない。勉強とは実戦経験を通じてのみ蓄積され活かされるものであると強く思うし、そういう机の上でこれがこうで!みたいな世界は私には無理だったので。(もちろん意味のある事ではあるんだが)


俺は自分の存在を混沌に、過去に戻すために生きているのか?
今の知識を持ったまま過去に戻れたらいいよなぁ!あのゲームも、これだってすぐにできる。テストも全部満点じゃないかと幼い頃、今は別々の道を生きている友と話した思い出がある。
彼は元気だろうか。


なぜすれ違い、その恥ずかしさ、ナイーブな所をうまく相手に伝えられない。
今のこの金だけが友達の生活。それは果たして生きているといえるのか?金に生かされている、金の奴隷なんじゃないか?


誰にも相手をされずにこのまま孤独に野たれ死ぬのか。あるいは結婚が幸福への唯一の道と信じる人たちがその現実を知った時の、理想との乖離に今の俺は近いのか。(無論、幸福を得る人もいる)
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