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ちょっと悲しい現実 ネガティブシンキングの極みでお局様になっちゃうのか

久しぶりに親戚に会いましたが、すげー悲観的というか、仕事とはやりたくないけれどそれでお金を稼ぐことと思っている人がいて悲しくなりました。
その人から自分は説教というか、こうしろみたいな言い方をされましたが、前だとそうなのかなーと思いますが今はもう、ああこういうふうになるんだって視点が変わりました。

なんかその人はとにかく褒めない。
何が良かったとか、あれが奇麗だったとかそういうことを言わないで、あの時はこれが気に入らなかった、あれはこういうものだった、あれはこうだとか決めつけがとにかくすごい多くて、これじゃあずーっと一人というか誰も相手してくれなくなるよなーと。

同時に自分ももしかして、こういう風になるのかと危機感を持ったりもしました。
自分は好きなことを仕事にして稼ぐことは可能だと思ってますが、世の中の人が彼女と同じようにそういう嫌々働かないといけないみたいな思想を持っているとするならばそれは悲しいことです。
で、そういう人に共通だと思うのが、他人がうまく行くと自分も真似してみて、でもそれを真似する頃には一番いい頃は終わっていていつも損をするみたいな。。
あまりにも典型パターンで「ああ、やっぱりね」と、とにかくこういう人になりたいくないなぁと改めて思った次第。

私の母も彼女のことは好きでないと言ってましたが、すげーそれがよくわかった気がする。
身内からそう思われるのはよっぽどというか、さらには親にまで同じように思われていることに本人は気がついていません。

私もそういう風にもしかしたら思われていたのかもですが、でもじゃあそうなら相手しないでしょーと、そういうことではないか。
なんか多分に会社でもずーっとあんな感じで、若い人からも同世代(はもういないか)に話すこともできず超孤立で、ネガティブシンキングの極みになってしまったんだろうか。

だとしたらそれは孤独の代償で、気軽でいいやーと思っていれる時期が途中にあってもそれはキツイと。
自分も、俺ってなかなか人と打ち解けないよなぁ、それは自分に何かが欠けていて、でもそれを直す気はないから打ち解けることも無理かも。。。。って思う時がありますが、その延長にああいう姿があるのなら考え直さねばなりません。

大人になると特別なことができるんだ、社会に出ると何かすごいとずーっと思ってましたが、むしろそういう人たちはドロドロした世界で不毛なことを結構にやっているんだなと。
それは自分がやっていたことでもあるので、外側から見て、姿形はああでも子供なんだなーと気がつけた瞬間でもある。

私はこう思うと表現するのは日本ではやっぱNGなんすかね。
すげー息苦しく感じるし、それをやって自分の存在が全体に悪影響を及ぼすなら、そうしないですむ方法、一人でやることを私は選ぶという結論に至ってます。

でも同時にもしかしたらわかりあえるかもしれないという希望も持っていて、だから生きているんだと思ってます。
ネガティブに考え続けるのってすごい損だと私は思うんだけど、そうすることで自分の存在を肯定することが出来る人もまたいるんだと感じました。
難しいことですこれは。
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