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時間の使い方 今の生き方、周りの人の生き方、そもそもその意味って?

不況にも関わらず、不況だからかこそか毎日、世界中から注文が来ます。(といっても圧倒的にほとんど日本からの注文です)。
それは嬉しい悲鳴でもあるのですが、多くの在庫を持ったがために起きている事でもあり、他にやらなければいけないこと、やりたいと思っていた事ができずに時間が過ぎていくのに苛立ちを感じます。

それでついつい人のせいにしてしまう。
発送をする際に郵便局がまだ空いていればお客さんを待たせずに済むのに!とか。
郵便局は悪くともなんともないですよね。
ルールがあってそれに則って、事を回していかねばらない状況で自分が時間をへたくそに使っているだけです。

24時間は誰にも、豊かな人にも、貧しい人にも平等に与えられますが、それを浪費する人と、活用する人の間で差は広がるばかり。
例えば大学に行くのは自分的には確信を持って浪費でした。
卒業延期なんてするぐらいならさっさと覚悟を決めて、自分で事業を起こしていれば、経済的にはもっと成功できたと本気で思ってます。(生涯所得で考えればこれは想像するのが簡単でしょう。年収300万としたって3年余分に働けば900万円を稼ぐ事が出来るのですから)

もちろん生きるためにお金が必要=働く=長く働いた方がいいというつもりなど毛頭なく、大学で得た経験は役に立っているし、語学やインターネットを活用した何かという点は今の自分と確実に結びついています。
そういう意味では大学に行って、卒業延期までしたけれども、最後までやってよかったなと思うわけです。

ただ自分が言いたい事は、なんと言うか、ウォーレンバフェットにしてもジョージソロスににしても、スティーブジョブズやビルゲイツに至るまで。これらは米国的な成功者ですが、彼らは若いうちから、そう意識してなかったかもしれないけれどもビジネスのようなものをやっているわけです。

空き瓶集めてこづかいかせぎとか、大人がやったらバカにされるかもしれませんが(私がやっているのはそれに近い仕事でもありますが)、大抵の一般的な子供が親からお金を貰うのに対して、当時の彼らはその若さで既に自立をしているという点で全く差別化された存在なのです。

で、それに付随して俺も俺もみたいな書き方をしますが、私も小さい頃から商売好きというか、限られた予算をどうやって上手に回していくかということが他の人よりも上手だったと思います。
それはケチだからだろとそうでもあるんですが、周りの人が浪費行動を取る中自分だけはやらないと意思表示ができる子供でした。

中学時代に友人達がタバコをはじめるなかでも自分だけは吸いませんでしたし、高校時代に帰りにジャンクフードを友人達が買っていても自分だけ買わないで一人で彼らを待っていたりしていました。
その時は、疎外感のようなものはありますが、それは数十分で終わる事であり、そこに踏みとどまれるのか、流されるのかというところで自分は前者でいることができました。

偉くともなんともない行動ですが、右に倣えな風潮の中ある意味逆ばり的なアクションを起こせる人間だったわけです。
それは今にも通じていて、とこうやって書くと本当に偉そうな書き方ですが、大学卒業したら就職だろみたいな流れの中「それって本当に自立なのか?」という思考を持つ事ができたわけです。(就職活動はしたよー。それも2回w)
大学までの教育で身に付くのは他人のために役立つ能力、それはコミュニケーションだとか、数学的思考のことを指していますが、自分はそういった能力が欠けているけれどもそれで生きていけないのか?本当なのか?という問いを発し、そうでもないんでないの?と考える事が出来ました。

前にも書きましたが、なんか社会人ってすごいことやっている存在で学生とすごく違うなぁとずっと思ってましたが、何を持ってすごいかってそれは忍耐力があるからすごいって思っている人がほとんどではないか?と今では思ってます。

と書くとまた叩かれまくりですか。
でも自分の周りでは腹の底から自分の仕事を楽しんで「これこそ俺の生きる道」みたいな人はいません。
憧れやイメージで(自分もそうでしたが。。。)ビジネスパーソンになってみたが、そんなにいうほど華やかじゃないし、仕事も楽しくはない。ただ生きていくためには仕方がない。
これが身も蓋もない現実なんじゃないかと思うわけです。
もちろんそうでない人もいるでしょう。

誰しも自分を肯定したいから、ベンチャーに行った人は「社会的意義が云々」と理屈つけてみたり、逆に大企業の人は「大きな仕事をするため、世の中に影響を与える云々」と理屈つけているわけです。
じゃああんたは?って聞かれると、私は「自分で管理できる範囲で自分の出来る事をやる。それで何かに貢献できて、仲間や出会いがあるならハッピー」と理屈つけているわけです。

人それぞれ考えが違うなんて当たり前で、これが正しいなんて言うつもりは毛頭なく。
ただ自分が感じている事をこのブログを通じて表現したかった。

そしてもっと言うならば、古書店という商いを通じて自分の生き方を表現してフィードバックを受け取りたかった。
それが否定されて淘汰されるならばそれまでの存在なわけだし、ネットワークが広がっていくならば、それは組織に属していたら永久に手に入らなかった真の自立、組織を通じて得たのではなく自らが生み出したネットワークを手に入れる事だと思ってます。

と格好いい事書きましたが、自営業でもラットレースを走っている事に変わりはない。
その生活の中でただ何もしないと鬱になってしまう凡人な自分はそうやって自分の人生に意味を持たせようとしてもがいている。
そんな風に思うのでした。
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