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図書館で買った本をなくしてしまった 自分について考え直す事

見つからんぞー。
間違えて捨ててしまったのか。
みんなの本をなくしてしまったこと。
そしてそれを指摘されるまで気がつかなかった自分。
口は災いの元と言いますが、最近思った以上に自分は自分の思った事を発言しているんだなーと。

「貸し出しになっている本が返却されていません」
「借りた覚えはありませんし、借りていません」といって電話を切って、そういえば借りたかなと思って家を探す。
でもない。

それで電話しなおして「思い当たる節があるので弁償をしたいと思います」って伝える。
最初からそう言えばいいのにね。

でもその最初の時は本当に覚えがなかった。
そういうのって俺だけ?

なんかそう思うから組織で自分はやっていけないと確信をしてしまう。
並大抵の人間じゃ自分を受け入れる事なんてできないよって。
上から目線なんだけどそう思う。

俺は同世代とか年下の後輩ちゃんと付き合うよりも年上と付き合う方が楽。
なんでかってそれは甘えが許されるから。
生意気な発言しようが間違えようが受け入れてくれる余裕、経験が彼らにはある。
そしてかつての自分達もそうだったことを知っているから、わかってくれるという理解の良さを兼ね備えている。

きっと誰でもそうなんだと思う。
最初から完全な人間なんているのって?

商売をしていてもそれは同じかな。
自分の中ではベストを尽くしたつもりが小さなきっかけでお客さんを満足させていないこともあったり。

俺は欠点を直すつもりは実はあまりない。
欠点を直してしまったら自分が自分でなくなる気がするから。
もちろん酒を飲んで暴れるとか、歩きタバコをするとかそういうレベルの話ではないよ。

俺が俺である要因。
思った事を口にする。
それに対するフィードバックが返ってきて、考え直してみる自分。
そういうのが俺は好きだし、その考え直して次はこうしようとおもる自分、仮にそれが間違っていても。
それが好きだ。

だから変えようなんて思わない。
間違っていることの何が問題なのか。

年をとってもダメな人間は町にあふれているよ。
歩きタバコはもちろん、いい年して外で酔っぱらっていたり、電車で下りる人を待たずに乗ってくる人とか、仕事はできてもそういう次元の人にはなりたくない。

尊敬をされたないて思わない。
他人からの評価が成功ならば、あるいはそれを維持するために今度は苦しむ事になるから。

成功をしたって言われた人が、地に落ちていくのを何度も見てきた。
それは有名な人もそう。
俺は小室さんのことが好きだから例に挙げたくないけど、今の彼は落ちてしまっているよね。
才能があっても、成功があってもあっという間にああなってしまうんだ。

何百億というお金があってもああなってしまう。
このレベルなら貯金しているだけでもお金が増えていって、何もしなくても死ぬまで生きていけるって世界なのにね。

自分が軽蔑をする人間になりたくないと思う矢先、そういった人間と同じ事をする自分がいる。
例えば店の中で電話で大きな声を出しながら歩き回って、でも電話に集中しているから人にぶつかっても謝れないような人間。(それでいて話している事は客観的に見てもどうでもいいこと。メールでやれと思ってしまうような内容)
商品を持っていないなら外に出て話して欲しいと思う。
だがそんな自分も、昔同じような事をやっていた経験がある。

その時きっと俺と同じように感じた人がいるはずだって思う。

結局の所これが、成長というか、成長という言葉も最近はあまり好きではないけれど、大げさに言えば進化なのかなって思う。

誰もが通る道なんだが、それに気がついて方向修正するかしないか。
したことによって結果がこう変わりました。
思想も変わりました。
気がついてみたら人間変わってました。
あれ?変える気はなかったのにって。

俺は変わりたいって言う人いるじゃないですか。
変われないですよ。
変わりたいと思ったって、自分を形作っている設計図が変わろうとする自分を修正してしまうから。
だからいつまでたっても自分がダメと思っているダメ人間のままです。

そう、だから俺は変わりたいなんて思わない。
それを知っているから。

でも例えば昨日、狭い道を無理矢理周りの人を押しのけようとしたおっさんに舌打ちかまして「うぜーな」と言ってしまった自分は子供だったなと思う事は出来る。
「彼はこういうことをやると周りの人から冷笑されるというのを自らを犠牲にして教えてくれていたのに」って思えない自分の器の小さを客観的に見る事が出来る。

10分ぐらい時間が経って、なんであんなに自分は怒っていたんだろうって、近くの人を怖がらせてしまったかなって。

そんなことを考えながら最近は生きています。
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