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Teenagerの言葉

新聞のあるコーナーに10代の若者の作文投稿がある。
良い意味でも何も知らない彼らだからこそ感じられる事、書ける事がそこにはあって好きなコーナーだ。

そこでは当たり前の事をずばっと指摘してくれて、大人が声に出して指摘するよりも10代の若者がそれを指摘するからこそ影響力があるのでなないかと感じる事が多い。

例えば選挙の事。
今の政治家を選んだのは他ならぬ自分たち。
それに文句を言う事はできないという指摘。

間接選挙という仕組みを考慮してもこれはあながち間違いではない。
選んでおいていちゃもんをつけるというのはかなり大人げない行為だ。

他には厚化粧への指摘が印象的だった。
整形や厚化粧をしてまで自分を奇麗に見せてそれで何を得るのか。
自分らしさを表現したり、(白人の猿真似ではなくて)日本的な美しさを追求している人の方がよっぽどカッコイイ。

これも10代だから言える。
仮に雑誌のモデルが白人だけで、黄色人種はタブー扱いされているような現実を知らないとしても、そこで私たちが日々見るものは、白人至上主義とも言うべき、美的感覚の強制的なアングロサクソン化である。

そういったものを見て育つから、自立心を持ち始めるとすぐに白人の猿真似をしだす。
私もその例外ではない。

例えば私がカッコイイと思うのは自分が好きな映画やドラマに出演している役者、もちろんリアルの世界でもカッコイイと思う人がいるのだが、自分の身だしなみを考えたとき前者に影響されている事がとても多い。

それは髪型であったり、服装であったり、あるいは小物を選ぶ時に色使いに対する影響である。
しかし白人の真似をどれだけしても自分は黄色人種である。
白人になる事はない。

日本的な美しさ、例えば男であればSAMURAI的な格好良さ。
それを追求した方が、彼女の作文の指摘からすればよっぽどカッコイイのである。

私は10代の人たちの置かれているきわどい状況から生み出される尖った台詞が好きだ。
仮に彼らが学校で毎日学んでいる事が現実世界ではほとんど役に立たない事でも、
あるいは高校の勉強が全ては大学受験のための勉強であると言う事実があっても、
閉鎖された世界の中で生きているが故に発せられるメッセージ。

20代も中盤を過ぎた今、忘れないでいたい。
オカシイことをオカシイといえる勇気。
嫌な事は嫌と言い続ける傲慢さ。

歳を取るにつれて、長いものにまかれすぎてこういったものを失っていく気がする。
でも実は10代の頃に感じていた、怒りや率直な感性が答えなき今日を生きていく上での最強の武器なのではないかと最近私は感じている。
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