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成りたい自分

数日空いてしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は元気にやっております。

自分の中の変化、外の変化でも次々とマイルストーンが起きています。

怒らないという目標を先日立てましたが、だいぶこらえられるようになってきました。
それに伴い、周りの人の声を聞き入れるようになれたこと、自分の発言の前に相手の考えを理解することを意識できるようになりました。

話を聞く時にも型のようなものがあって、いきなりあれもこれもばーっと話すのはダメで、はじめに要点を話す事。これが重要であると感じております。

こんな感じで、成りたい自分に少しずつ近づいています。
それは周りの人の協力があってのもので、極端にサイコな人と付き合わずにいられることに感謝です。

出会いの面で言えば、こんな人いないのかなーと思っていた人との出会いが実現をし、またその方の考えが自分自身が大切だと思っていた事と一致していたので非常にエキサイティングです。

コンピュータの使い方を教えて感じていた、裕福な人(生徒はとても裕福な方達なので)ほど質素な生活を心がけているのはなぜなんだろう?という疑問にも自分の中で答えを見いだせました。
これは本などでも書かれているのでしょうが、端的に言うと「派手な格好や生活をすると損をするから」というのが答えです。
ただ、本を読んだり、人から聞いたりして、ふーんと思っているうちはまだまだで、やはり自分の目で見て、感じて、きちんと腑に落ちないとこれは理解ができないと思います。

普段はジャージ姿で、部屋の中にも極端に高価な家具は置いていない。
でも必要な時に必要なだけのお金を出す事が出来る。
そういう裕福さが僕が成りたい裕福さであることも再確認できました。

車を何台も持って、ブランドものに身を固めるのは、teenの頃にはかっこいいと思ってましたが、それはちっともかっこいい事ではありません。
異性にはもてるのかもしれませんが、それは持続的な魅力ではなく、その派手さに一時的に人が引き寄せられている結果にすぎません。
そういう人は実はとても孤独で、その状況を派手に振る舞う事で、見かけ上人にかこまれているように演出しているのです。

僕が求めている豊かさとは、前述の必要な時に必要なだけのお金を出せるというのもあるのですが、精神レベルでの充足感だと思っています。

ストレスな生活が嫌なのでもなく、何かに拘束され続けるのが嫌なのでもなく、ただ自分が管理できない何かに利用される恐怖。
それを解決したくて走っているのだと思います。

僕は経験からのみ学び、行動を起こせる人間なので、走り続ける事でしか成長はできません。
そして働くことの醍醐味がまさにそれで、働くことで成長が出来る。

無論、既存の組織に行っても成長はできるのでしょうが、伸び幅としては弱い期待値になります。
なぜならば既存の組織では最終的に誰かが責任を取ってくれますし、誰かに相談をしたり、教えを請うことも容易だからです。

僕も含め同僚達も、小さな失敗から大きな失敗までたくさんしますが、そういった経験から自分たちでやるためにはどうすればいいか?ということを考え、ここ1ヶ月様々なアプローチを試みました。
結果、少しずつですが、チャンスも広がり、経験も積め、ビジネス的にもメンタル的にも前進ができました。

就職活動をしていた時、「大学時代に知っていた事はとてもちっぽけな事だった」という社員の方の話を聞いた事があるのですが、それは本当で、働いてから学べる事はとても多い。
実経験から学べる事は、大学での表面的な理論や、限定的で結果が明確な課題からの経験値とは比較にならないからでしょう。

自分が求めている事は何なのか、具体性のある生活が始まってからそれが明確になってきました。
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