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今週1週間の振り返り

今週も終わりそうなんで振り返っておこうと思う。
今週は結構新しいことにチャレンジして良い感じだった。

良かったこと
-英語勉強するために大学に通う
-昔の友人と会う
-負担少ない範囲で筋トレ

良くなかったこと
-調整感覚がまだ掴めない
-本業が若干犠牲になった

わかりやすくするために良かった所と良くなかった所を書いてみた。
良かったことってのは今までの仕事オンリーだったルーチンから今までやらなかったことに挑戦したことかな。
定期的に仕事関係以外の人に会うことで偏りがリセットされるし、新しい気づきやきっかけが得られていいと思う。
働くようになると本業の仕事が生活に占める割合が高まると思うんだけど、バランス感覚も意識しながらやっていきたい。

それから英語の勉強を再開するために、大学に通っています。
今週は4回ぐらい行ったのかな。
初日に電車で行ったら帰りがすごい混雑してこれはキツイなと思ったので今は車で通学しています。
青空パーキングって言うのかな?300円で60分まで止められるパーキングエリアが道路の端に設置されているんだけどそこを使っています。

授業時間は40分なので60分以内に授業に参加して戻ってきても余裕があり、かつ電車で往復するよりも安いのでこれからも車で通おうと思います。
車持ってから本当に麻薬のようにどこに行くにも車に乗るようになりましたが、良くないことばかりではなくて、土地勘が養われたり、行動範囲が拡張されたり、生活面でも可能性が広がっていると思うので車は持っていてもいいのかなと今は思います。

英語のクラスは1回の授業時間が40分で、週5回+自由に参加できる時間帯があります。
全部参加すると本業に支障がでるので今は手探り状態でどんな感じで参加するか考えています。
普段は18時ぐらいから始まって19時前に終るクラスに参加しているんだけど、もっと難易度の高いクラスに参加するためには14時だったり15時に大学に行かないといけないのでこのあたりのバランスを考える。

先生からはもっと難易度の高いクラスに参加することを推薦されているんだけど、俺としては基礎的なことも大事にしていきたいので普段のクラスにも参加したいと思ってる。
なので上級者向けクラス週1+普通のクラス週1以上が現実的な落とし所かなと思ってる。

車で大学までは5キロとかそんなもんなんだけど、東京駅の周辺が夕方は混雑するので20分から30分程度混雑状況で到着時間にブレが出る。
これが車の欠点だよね。電車だとかなりの精度で到着時間を予測できるけれど、車は予想に反して混雑したり、空き過ぎで早く着いちゃったり、レンジそれだけ広くなる。

筋トレは本当に軽めのものです。2日おきとか、3日おきに筋トレになってるのかって?ってレベルのメニューをこなしています。
やらないよりはやったほうがいいのかなと。
これにジョギングもこれからは加えていきたい。

これからのこと
とりあえず今年いっぱい12月までは、大学に通ったり、友達に会ったりしながら、負担の少ない範囲で今までと違うことに挑戦をしていきたい。
出張も途中に入れようかと思っていて、三重か愛知か静岡に行こうと思ってる。

仕事方面では前々からちょくちょく書いてるけど、今の本業以外にも仕事を拡張していきたいと考えていてそれって何なのかなって毎日考えています。
水面下では今までも色々と挑戦しているんだけど、うまくいくと思ったらダメになったり、ダメだと思ったら意外といけそうになったりと、どれに注力していくかを決めかねている状況がずっと続いています。

小さな成功体験って話で言えば、今の本業も最初はさっぱりって感じだったと思うんだけど、ある日を境に本気度を増したと言うか、何度も辞めちゃおうかなって思ったことはあるはずなんだけど続いていける動機があったわけで、それを別の分野に適用していきたいって構想がある。

時間を忘れるぐらい夢中になれて、情熱を打ち込めることは何だろう。
好きな事じゃないと自分は熱心に取り組めない。
好きな事じゃないと自分は続けられない。

好きな事が2つも3つも4つもあれば、たくさんのことを同時にこなしても楽しみながら取り組めるはず。
その状況に達することが中長期的な今のゴール。

一応今描いている絵があるんですけど、

-生活拠点を複数持つ(仕事場、趣味場、それ以外)
-仕事を複数持つ(年収100万円の仕事が10個あれば年収1千万円)
-月に1回以上、仕事以外で付き合いがある人と会う
-今の本業を選択集中型にシフトさせて、効率性をもっと高める
-今の取引先との契約状況を見なおして経営効率を高める
-一緒に特定のテーマについて勉強できる仲間を作る

こんな感じで、仕事のことなんですけど考えています。
なんかイメージとしてはあっちこっちの会社でインターンやってるみたいのが理想かな。
インターンみたいなんだけど裁量が与えられていて、出社も月1ぐらいで、インターンと外部顧問の中間みたいな感じかな。
一つ一つの仕事の収入はそれほど多くないんだけど、圧倒的な自由度と多様化で全部合わせると結構稼いでる?みたいな状況です。

もちろんこれは理想のお話で、できるかできないかってのは別のことです。
とりあえず自分がどうしたいかを考えないと話が先に進まないので理想から考えています。

今は自分が何をやりたくないか?に関してはかなり理解できていて、大学通うために電車乗っても、あーこれは俺が望んでいることではないなってすぐにわかる。
んで車で通おうとして、ナビ設定したり、駐車場の運営会社に電話したりして色々調べるんだけど、それやってる途中でこれって俺のやりたいことだって感覚ベースなんだけどすぐにわかるんだよね。

で、実際プランを実行に移すわけだけど、これがすごく楽しい。
渋滞に巻き込まれたり、細かなミスがあったりして焦ったりもするんだけど、そういった過程全部を楽しめてる。
この感覚がすごい自分には大事なんだと思う。
ワクワク感を持って新しい事に挑戦して、失敗しながらも前に進みたい。
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MBTI受けてみた

無料で受けられるんですね。

http://www32.ocn.ne.jp/~emina/

上記サイトを利用させて頂きました。

以下、私の結果。

INTP型:問題を解決したがる

考えにふけってうわの空の大学教授を絵に描いたようなタイプがINTP型である。
頭の中でじっくり考える(I型)なので、N型の想像力がいろいろな可能性を思いつく。

客観的(T型)なので、その新しいデータを分析し、際限なく融通がきく(P型)ので、どんなデータもさっそく取り入れてしまう。

論文、図面、計画、企画、提案、理論などなんであろうと、こまごました情報を一つにまとめた完成図を作りあげようとするが、たえず新しいデータを発見するので、その完成図がどんどん膨らんでしまう。

その結果、考えや構想や計画がどんなに最終的なものに見えても、土壇場になって「新しいデータ」が手に入ると変えてしまうのである。

これはINTP型にとってはわくわくするほど楽しいが、ほかの人、とくにJ型の性向を持つ人にはフラストレーションになる。

完璧に見えても満足しないので、みずからが最大の批評家となり、あら探しをする。
完璧、有能、優秀であろうとするあまり、それが極端になると、かえって負担になり、うんざりしたり自分を責めたりする。

このタイプは女性の場合に葛藤を生む。

考えにふける大学教授というのは従来、女性のイメージというよりは男性のイメージで、頭だけで理屈をこねる資質は、男性の場合は大目に見られるが、女性の場合あまり受け入れられない。

そこで少なくとも三つの問題が生じる。

第一に、女性は昔から、家庭や家族のこと以外では設計能力があるとは見られてこなかった。
だから、人生を頭で考えた理屈にあわせたいと思うのは、INTP型にとっては当たり前なのだが、従来の女性の役割には真っ向から反する。

第二に、独創的に考えるのも従来の女性の気質とは見られていない。
たとえば、時間を聞かれると、INTP型は時間の哲学的な意味について述べたくなる。
そうした風変わりな面も男性ならば頭がよすぎるせいだと見られるが、女性だと「鈍感」とか、ときには「頭が鈍い」というレッテルをはられてしまう。

第三に、T型の面が、従順、優しい、気配りといった女らしさに反する形で表れる。

INTP型の女性が感情を表にあらわした場合、悪くすると、しばしば極端に表現しすぎて、本人もほかの人もぎょっとしてしまう。

親子関係

INTP型は、親というのは子どもの未熟な頭を伸ばしてやるものだと思っている。

一人ひとりの子どもの違いを辛抱強く受けとめ、子どもには自分の考えをもって生きていけるように育ってほしいと願う。
自分の進むべき道を模索する子どもを驚くほど寛大に支えてやる。

子どもの発達にあまり口をはさまない。
どんな考え方や行動をしたらよいか、いくつか選択できる道を示唆するだけで、けっして押しつけずに、新しい可能性を示してやる。

その助言が受け入れられなかったら、「ちょっといってみただけ」と答えるのがふつうである。

だが、ときには、反抗的だったり無関心に見えるときでさえ、子どもは親が別の考え方を押しつけてくれるのを待っていることもあるのだ。

そういう子どもにとっては、「無理やり」とか「押しつけ」といった言葉とは無縁のINTP型の親を持ったら不運である。

INTP型の子どもは、人とのつきあいで内気と見られるか、逆に、やたらに理屈っぽくつっかかってくるかのどちらかで、その中間は少ない。

学校では、一つのことに集中せず、授業とは関係ないことをあれこれ追求しすぎると見られたり、場違いなときに場違いな質問をすると見られる。
そうした行動は、とくに女の子の場合、人騒がせと取られる。

必然的に、INTP型は学校生活に耐えて生き抜いていくために、誰よりもよく勉強することになる。

暖簾に腕押し

俺は昔から手応えがないことが本当にイヤで、うまくいくという見通しが立たないことを延々と続けるのが苦痛で仕方がなかった。
なんか思うんだけど他の人よりも見切りをつけるタイミングがちょっとはやいのかなと思う。

最近はメンタル強化してダメならダメで次にいけばいいかって感じに切り替えられているけれど、相手が全く無反応だと手応えがあるのかないのかわからないからどう判断すればいいのか困る。

いくつかパターン分類してみると、フラストレーションを感じてしまう時って自分の場合次のような感じ。

自分が望んでいることに相手が応えてくれない → 今まではこれがすごく嫌だったんだけど、最近はそもそもそれが当たり前で、他人を自分の思い通りに動かすという考えのほうがおかしいと思うようになった。

自分が望んでいることを相手に何度も伝えているし表現もしているが、相手がそれに対して反応をしない → 自分が望んでいることとその相手が望んでいる方法性が異なる可能性が高い。価値観が一致しないので一緒にいてもあんまHAPPYにはなれないのかなと思ってる。

YESともNOとも反応を相手が示さない → 判断に悩む所。しばらく距離を置いてしまっていると相手が自分に価値やら魅力やらを見出さなくなってしまうのかな。関係維持のメンテナンスが必要な事を最近痛感している。

相手が何を考えているかよくわからない → こちらから質問をして誘導してみる。性格的に積極的に意思表示をしない人もいる。

自分が望んでいないことを相手が善意でしてくる → ありがた迷惑ってやつ。俺は他人の善意はなるべく受けるようにしているんだけど負担が大きい時は意思表示をしてやめてもらうようにしています。基本的に言えばわかると思ってるし、自分も指摘をされれば、よほど的はずれでない限り理解できるので。

一貫性に欠ける → 面接とかで見られているらしい? その時は何でこんな所を見るんだろうって思ったんだけど今はわかる気がする。地に足がついていない印象を受けると他人は不安に感じるから、一貫性のある人を信頼するのではないか。俺も言ってること、やってることがコロコロぶれる人を見ると危なっかしいなと最近思います。自分は他人からどう見られているんだろう。

東京学進舎(TG)2002年(平成14年)卒業生の方

昔の仲間を探そうと思っても、ネットやらない人だったり、環境はあってもSNSのような類には参加しないという方もいる。
俺としては住民票を登録するような感じでFBに皆が登録していてくれれば!なんて思ったりするんだけど現実は難しいね。。。

中学の時の友人は寮生活だったため、結束感が強いためかFB参加率が高くてかなりの懐かしい面々と再会を果たしたが、高校や高校の時に通っていた予備校でできた仲間はほとんどといっていいほど音信不通になってしまってる。

俺が高校2年の終わりぐらいから通っていた東京の両国にある東京学進舎に通っていた人を探しています。
日大一高に通っている人が多かったが、私のように土浦やら、他には佐野、それから千葉からも通っている人も若干名ながらいた。
彼らと出会えたことで高校ではあまり居場所を見いだせなかった自分も友人や仲間を作って頑張ろうという気持ちになれたわけで、その存在は大きいと思ってる。

過去の栄光にすがるとか(私にはそんなものはそもそもないけれども)そういうことじゃなくて、もう一度!皆と会って話したり、バカやったりできたら素敵だなーと思う。
なのでネットの片隅から募集をかけるよ。

本当はmixiのコミュニティを作って皆が見つけてくれるのを待っていたんだけれど、参加者が一人の状態が一ヶ月続くと自動的にコミュニティは消されてしまうみたいなので、こっちで募集をかけます。

予備校そのものはもうなくなってしまっているので、お世話になった先生にコンタクトを取って皆の活躍を感じることも今はできません。

以下公式HPより引用。(現在は閉鎖されてしまっている模様)

私ども東京学進舎は、日本大学付属推薦専門塾として32年にわたり運営して
まいり、蓄積した詳細データやオリジナル教材、資料などをもとに多くの受講生
を輩出してきました。

しかしながら、近年は日大への推薦制度も大きく変わり、私どもの役割も終え
たと思われます。

つきましては2010(平成22)年12月末日をもってすべての講座を終了する
とともに2011(平成23)年1月からの受講募集を停止することとなりました。
大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんが、ご了承いただけますようお願い
申し上げます。

最後になりましたが、ご迷惑をおかけしますことを重ねておわび申し上げますと
ともに、皆様のこれからのご活躍を心よりお祈り申し上げます。



今までだったらこういうことはやらなかったんだけど、多少リスクが高まってもアグレッシブに行動をこれからは起こしていきます。
全てが手遅れになる前に、自分が心の底から望んでいることを実現していくために。
往生際悪くもがかせてもらうよ。

浦島太郎気分

何かリアル友達の近況をぜんぜんフォローしてないでFBやらで再会すると、すでに結婚してたりして、まじかーみたいな浦島気分になるw
俺も結婚適齢期ではあるが、そもそも俺結婚できんのかとか、家族を養っていけるのかって恐怖がそれよりも前に今は来てしまう。

もっとリアルに書くと今よりも生活レベルを落としてでも結婚したいかって聞かれると、そこまでして結婚したくないなーって思ってしまう。
無論自分の家族がいるってのはいいことだと思うし、かつての友人たちがそれを築いていくのは素晴らしいことだと思う。

だけど自分はどうなのか?って問いかけに対して、今はまだ、、、って感覚が強い。
じゃあいつ結婚すんの?って聞かれても今はまだ答えられない。

正直な話、ここ10年はリアルでの人付き合いをかなり放棄してネットの世界にドッぶり使ってきたんで、真っ当な対人関係構築に戻すための軌道修正は簡単ではないと思ってる。
付き合っている人も普通に生きてたらまず会うことのない人とばかり付き合ってきたし、ちょっと前にも書いたけど性別に関係なく年上の人とばっかり付き合ってたので、いくらでも甘えられて、ワガママいい放題すぎて、良くも悪くも偏ってしまった。

この偏りは自分で望んでそうしてきたので受け入れなければいけないのだけれど、俺にとってリアルでの人付き合いに慣れていくのはハードルが結構高い。。
特に同性代や年下の人たちと付き合っていくのがハードル高め。。

東京の人付き合いみたいな、選択肢のある関係でいられるネットの世界の人付き合いがマジで快適すぎて、リアルの人付き合いのしんどさみたいのを放棄してきたんでこの現実は受け入れないといけない。。
それは俺にとってなんとも表現しがたい重圧。

だけど自分の行動と発言に100%の責任を持つと決めたのでこれを受けれいなければいけないし、対峙しなければいけない。
過去ばかり振り返っていても何も変わらない。
過去を変えることはできないけれど、過去の自分の行動に責任をもって未来に繋げていけば、そこに意志がある限り人は変われると信じてる。

直近の目標としてはとにかく稼ぐって事か。
お金が全てじゃないけれどやりたいことがあってもお金がないと何も出来ないのも現実だからね。
尊敬している専門学校の理事長さんに言われたように”年収1000万に達するまではカネのことだけ考えろ”を愚直に実行って所か。

その横で自分の可能性を最大化し続けるために一定の人付き合いが必要だと思うので、これは本当にしんどいが頑張る。
自分は普段頑張るという言葉を極力使わないようにしているのだが、この件に関してはこの言葉が最適だと思ってる。
すげーしんどい事にシリアスに対峙して報われない可能性も含まれてるってのが俺の中での頑張るの定義なのでまさにそういう感じ。。

あとちょっとだけ救いみたいに解釈したいんだけど、20代は遊んでる暇ないってインターンしてた会社の社長が言ってたんだけど、自分はこれを稼ぐまでは遊ばないでいいと理解することにしようと思います。

友人と会ったりするのは近況報告であったり、息抜きではあるけれど遊びって感じではない。
今の自分は無趣味もいいところで、仕事以外であれやりたいこれやりたいみたいのが今のところない。
考えていないというのもあるんだが、インテリア揃えたいだの、なんかの免許取ってみたいとか、外国行ってみたいとかそういうがのがないんだよなー。

無欲ってわけではないんだけど他の人とはやっぱりちょっと変わった偏りをしているんだろうね。
まあこの偏りが自分の強みだったりもするわけで、偏り直したら変な方向にバランスするんじゃないのって?思えたり、難しい。。。
だけど大事なテーマだと思うのでこの件に関しては挑戦していくし、考え続けていくよ。

今月末ぐらいからの計画

あくまでも計画ってことで。
こんな感じでやっていけたらいいなというラフプランを書いてみる。

-神田キャンパス通学再開
-ジョギング再開

とりあえず神田キャンパスまでまた通学することになる予定。
仕事との兼ね合いを探りたいので理想的には週3回通えたら最高だけど、現実的には週1だとか週2ぐらいで落ち着くのではないかと思う。
多分9割は現役学生さんのクラスだと思うのでビジネス上の発展は期待していない。

語学力上の成長に関しては普段英語なんて今は使わないから、TOEIC950以上とかそういう目標も立てづらい。
留学をしたいという思いも今はなく、必要に迫られない限り日本でこれからも生活していくのだと今は思ってる。
このあたり、あなたはなぜ英語を勉強するんですかって聞かれた時に答えづらいなあ。。好きだからって言うしかないか。
あるいは英語の新聞を読めるようになりたいとか、ハリウッド映画を字幕なしで見たいだとか、CNNを字幕なしで見たいとか、答えとけばいいか。。一応そういう思いは少なからずあるので。

今グーグルマップ見てて思ったんだけど、神田キャンパスまで結構普通に歩けるんじゃないか?って思った。
自転車とか使えばもっと確実なんだけど止める場所がないので自転車通学はやらない。
有料駐輪場みたいのがあればいいんだけどね。

月島から小川町だとか大手町へのアクセスって乗換えを経由するので近いようで遠い。
多分月島から東京駅までアクセスするのに一番高速なのは都営バスだと思う。乗り換えがない分効率的に移動しているはず。
なので雨が降っている時やちょっとしんどい時はバスで東京駅まで行ってそこから歩くってのがいいんじゃないかと思った。

あるいは東京駅まで出てJRで神田駅まで行くというのも有効。
これは雨の日向けかな。

それ以外の天気がいい日は歩いてみようと思う。
学生時代たくさん食べても太らなかった理由ってのは田舎でどこに行くにも自転車か歩きで移動しなければならなかったから。
田舎にいた時はなんでこんな非効率なこと毎日やらないといけないんだろうって思ってたけど、あれが気分転換になっていたり軽い運動になっていた。

一番ひどい時は片道20分徒歩とかやってた。それも毎日。。
幼い頃からそういう生活を続けてきたので自分は歩くことに対する抵抗感はあんまないんだよね。
田舎でも近くのコンビニまで車で10分みたいな本格的な田舎もあるわけだけど、自分が育った街ってのはベットタウンとして人口だけはまあまあ多めの街だったので、田舎ではあるけれど歩きと自転車があれば最低限の生活はできる感じだった。

ジョギングは運動をやらないとさすがにヤバイと思うので再開します。
就活の時は毎日走っていたと思うんだけど、筋肉痛になってしまってそこでお休みになってしまった。
今度はその時の失敗を活かして、週1から週2程度、20分程度をゆっくり走るスタイルでやろうと思う。
ウェアはユニクロで揃えればいいや。。

神田キャンパスまで通学するのと概ね時を同じくしてまた一人暮らしになります。
なので英会話のクラスは夕方からなんだけど終わってから学食で食事をしてから帰ろうと思う。
これで自炊する手間が省けるのと、学食って自炊するより多分安いので結構助かる。
部外者じゃなくてちゃんと学生としてキャンパスに通学しているのだから学食使っても怒られないよね。

あと卒業生向けの図書館利用カードの有効期限がが切れているのでこれを更新するなり、返却するなりしたい。
大学の図書館行くと新聞オールジャンル完備、雑誌も揃っているので色々と読んでみようと思います。
さらにはあの街は神田キャンパスという名前の通り本屋さんがたくさんある場所なので、帰りに本屋さんでおもしろそうな本を物色するのもおもしろそうだな。

秋ぐらいには学園祭みたいのが神田キャンパスでもあるはずなんだけど、オーディオ部のブースに顔を出そうと思う。
後輩ちゃんやら同期の仲間、先輩に会ってみたい。
これまではどの面下げて会いに行くんだ?って思いのほうが強かったけど、今は嫌われても、拒絶されてしまってもいいので色々と取り組んでみたいって思いが強い。
自分の可能性を最大化するためにはそれがどうしても必要な側面だと今は思うので。

そんなわけで(どんなわけで)、来月頭以降ぐらいからかな。
一人暮らししているんで、遊びに来たい人、一緒に食事してもいいよって人いたら募集します。
より具体的には10月頭から12月月頭ぐらいまで一人暮らしになります。
よろしくどうぞー。

僕は可能であればストリートスマートでありたい

幼い頃から劣等感やコンプレックスを抱えながら生活をしてきた自分としては、物心ついたときにはアカデミックスマートとしてやっていくことができない自覚を持っていた。

全国模試で上位10%にランクインする友人がいる横で、彼または彼女と自分は違う世界に住んでいる存在なのだと思っていた。
上位10%の成績優秀者のような人たちが誰もが知っているような大学に進学をし、東証1部に上場しているような日本を代表する企業に就職をして日本経済や日本国家を引っ張っていく存在になるのだろうと思っていた。

僕は彼らのようなアカデミックスマートとしての実績をてこに自分を売り込むことはできないけれども、自分の個性というか、俺は他人とは違うんだぞ!という強いメッセージを発することでそれをおもしろがったり、かわいがってくれる人が少数ながらもいるのではないかと考えた。
そしてそういう人とだけ付き合っていこうと思った。

泥臭いベアナックルの世界で生きていこうと、アカデミックスマートではなくストリートスマートになれたらいいなと思ったし、なれるのではないかと根拠なき確信のようなものがあった。

僕はユニークな生き方をしたいのだと思う。
他人と異なることが好きだし、自分が納得していること、あるいは他人からの指摘でも正しいと思えることにフォーカスをしていきたい。
そのフォーカスの対象が世間から乖離をしていたとしてもそれはきっと楽しいことなんじゃないかって。

この仮説の下に今まで概ね行動をしてきたけれど、楽しいといえば楽しかったし、他人と違うのはやっぱりそれなりにしんどさもあるという、当たり前といえば当たり前な感想を今のところ抱いている。

少し誤算があったのは、物事にはバランスが大事で、自分が好きな人や趣向が同じような人とだけ付き合っていればいいわけでもないということ。
ストリートスマートをシリアスに目指すにあたってよりこの傾向の大切さを感じている。

時には趣向が合致しない人とも協力をしなければならない。
長期的な目標の達成のために必要であれば今までの敵とも手を組まなければならない。
交友関係を良い意味で拡張しなければならない。

そんな必要性を今は感じている。
この流れが今のところ自分の中でいい感じにシフトしているので、躊躇することなくこの流れで続けていきたい。

偏りの補正をしていきたい

他人と衝突することが本当にしんどいので、それを辞めようとある日思った。
その日から他人に自分の本音というか、自然体で振る舞うことを意図的に制限することにした。
話しても価値観や根底的な育ってきた環境や見てきたものが違う以上分かり合えやしないって。。。

それから僕は現実から目を逸らしてネットの世界で自分と同じような価値観を持つ人、世間との乖離に甘んじている人と付き合うことを強く意識した。
多少乱暴な手段も用いながら、なんとか自分と趣向の合致する人、ロングタームで付き合えそうで実際今も付き合いが続いている人と出会うことができた。

僕は自分が望むものを手に入れるために、インターネットというテクノロジーを使うのが最高にマッチングしていると確信をした。
この流れを加速していけば自分の可能性を最大化できる。。。生活効率も極限まで高めることができる。。。

当時、ここでいう当時というのは今から10年ぐらい前のネットの世界の話なんだけど、まだ今ほどにはネット環境が普及していなくて、パソコン使えますって言うと、すげーみたいな感じだった。
今じゃありえん話だけど結構本当な話で、実際学校でもパソコン持ってる人なんて1割もいなくて、オタッキーみたいな扱いだった。

同世代で使いこなせていると思える人は自分の周りではほぼ皆無で、自分自身で使いこなせるための方法を模索しなければならなかった。
結果として目的に向かってネットを活用して走る技術のようなものが今は見に付いていると思う。
かなりニッチな分野でも潜れば同じ事を考えている人を見つけることができる。。。今はその傾向がより強くなってきてやりやすくなっているけれど、10年ぐらい前でもそれなりのsatisfactionを得られていた。

10年前のネットの世界って話の続きになるけれど、やっぱりオタッキーというか経済力も多少あって(当時はネット接続料金が高かった!)技術にも精通している、、となるとほとんど男の人でかつ自分よりも年上って人がほとんどだった。

世代的には自分よりも一回りほど上の世代が多く、今交流が続いている人も年上の人が多い。
結婚をした人も多く、式に呼ばれて結婚式ってこういうものなのかと経験させて頂いた。

年上の人と付き合っていていいなと思うのは、良くも悪くもかなり甘えることができるという事だ。
多少のわがままや自己中心的な考えも受け入れられ、アグレッシブさと特異性を彼らは評価してくれる傾向があった。

俺は周りと自分が何か違うぞと違和感をずっと感じて生きていて、俺って何かヘンなのかなと自分の存在を肯定しきれないでいたので、自分を受け入れてくれる人がいるというのはすごい大きな安心だった。
今でも他人から拒絶されることは自分の中で大きな恐怖の一つであり続けている。

自分と他人が異なると頭ではわかっているのだが、異なることから生まれる偏見や誤解から自分が理解されないで受ける屈辱のようなものに対する恐怖を感じている。
そこからの開放や壁を年上の人が作ってくれていた。
彼ら自身は意図していなかったのかもしれないけれど、生まれて初めて感じた、自分の居場所というものだった。
なんとも居心地がよく、ずっとこのままの生活が続いても悪くないと本気で思った。

今振り返って思うのは、同世代や年下の人たちとの付き合いよりも年上の人との付き合いが自分は今でも多いんだけど、そこに甘んじ過ぎてしまったのかなーと。

世の中からどんどん乖離していくのを毎日感じるって以前書いたことがあったと思うんだけどそのあたりの乖離って自分と同じような景色や時代を見てきた人との乖離なんじゃないかって思う。
これは後ろ向きな視点からではなくて、前向きな視点からも、偏り過ぎかなーとちょっと思う。

なのでこの辺りを少し補正していこうかなとここ数日で思うようになった。。。
年上の人と話ばっかして付き合っていると彼らの視点や価値観で物事を見るようになるので、同世代の人達の視点がどこか物足りなくなるというか、なんか軽いなぁ。。と感じてしまったりする。

でもそれは彼らが軽いんじゃなくて、自分が偏りすぎているからそう感じるんだろうなって思うようになった。
軽いと感じる同世代の人達に自分は何も優っている所がないわけで、むしろ彼らには負けっぱなしの人生なわけで、引けを感じまくりなのが現実。

それを年上の人とばかり付き合ってかわいがられて自分はこのわがままさがいいのだと正当化し続けるのもどうかなーと思った。
バランスをもっと取らないといけないと思った。

そのためにやっていこうと思うこと
-意識して同世代や若い人との交流に参加していく
-他人を今まで以上に肩書きや表面的なところで判断しないよう意識する
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