• 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

節約の王道 読了 リンボウ先生のファンだったんだがこの本を読んでとても残念に感じた 



↑の本を見つけておもしろそうだったので買ったのだが、残念な本だった。
著者のリンボウ先生は大変なる知識人で、イギリスの文化にも良く通じてらっしゃり、個人的に好感を持っていた。
テレビでも何回か拝見させて頂いたことがあるし、僕にはイギリス人っぽく感じるあの皮肉まじりな語り方がなんともチャーミングに思えたのだ。

そんなリンボウ先生が節約の王道なる本を書いているというのでおもしろそうだから買ってみようっとて思ってわくわくしながら家に帰って読んだら、なんか間違ってる事がたくさん書いてあって複雑な気持ちになってしまった。

基本的にはアマゾンレビューにも書かれている通りなのだが、

-大学教授という浮世離れした身分に長い間従事した結果身に付いてしまった金銭感覚
-ビジネス経験やアルバイト(インターン)などの経験を全くせずに大学教授になってしまったので、時間に対する感覚がビジネスの現場を知っている人からするとかなり乖離してしまってる
-賛同できる部分もあるが、彼自身の特質的なライフスタイルでこそ実践出来るものも多く、一般読者には再現性にかける

こういった感じです。
賢明な皆さんはこういった本を読んで時間を無駄にしてはいけませんよ。
時間を無駄にするのは私だけで充分です。

しかしこういった大学教授という世間的に言えば相当な知識層な方でさえ、フィナンシャルリテラシーに問題をこの国では抱えている事、ビジネスの現場を知らずに特定の身分に長い間従事してしまうと重度の世間知らずになってしまう恐ろしさ、が学べたので個人的には良かったかなと思っております。

以下感じた事、学んだ事など、ダラダラと書いてみようと思います。
読みたい方だけどうぞ。

more»

スポンサーサイト

普通になりたいと願っていた時に手に入れる事の出来なかったもの

高校に入った辺から僕が願っていたのは普通になりたいという漠然とした思いだった。
でも普通って何?どう定義するの?って聞かれても答えられなかった。
だけどとにかく普通でいたかった。

よりわかりやすい表現をすれば、目立たないように振る舞っていたのだと思う。
それは中学時代に自分自身でいようとすればするほど周りから反発を受け、居心地が悪くなっていく経験をしたからだ。

なぜ自分がこのような理不尽な思いをしなければならないのだろう?といつも思っていた。
僕よりもダメな奴、堕落している人間、屑みたいな奴がいっぱいいるじゃないか。
だのになぜ僕だけが生け贄のようにならなければならない?
こんなことを毎日思っていた。

朝目が覚めると、今時分が生きている世界が現実世界であることを認識するとともに、夢をずっと見ていられたら良かったのにと瞬時に願う自分がいた。

自分が嫌いだった。
生きている理由や目標を持つことができなかった。
とてもとても毎日が辛かった。

椅子を蹴り倒してこの馬鹿げた茶番を今すぐ終わらせたいと思っていた。
でもそう思っても何も行動を起こせなかった。

それから10年が経った。

僕はある日を境に、普通でいる事をやめようと思った。
皆と同じような考え、価値観、生き方でいることにおさらばすることにした。

より現実的な表現をするとそうしなければ僕は死んでしまうと思った。

世界の片隅に僕の居場所が必要だ。今すぐにそれを見つけたい。だが今やっている事の延長線上にどうもそれを見つけられそうにない。

僕には皆と同じようにやっていくことは到底出来そうにないよ。ハッキリ言って不可能遂行任務(Mission impossible)にさえ思える。(周りの人はすごい人達でとてつもなく優秀な人ばかりだったのだ。)

僕は生きたいと思った。
自分自身をもっと愛したかったし、理解したかったし、持続可能なものを構築したかった。できれば自分の力で。

自分自身を愛せない人間がどうやって他人を愛せるのだろう?
自分に満足できない人間がどうやって他人を満足させることができるだろうか?

僕は持続可能なものを構築するために自分自身を愛し、理解し、自分が心の底から望んでいる事は何なのか?に耳を傾けようとした。
そんな叫びのような願いを、外的なものに求めていた。
自分だけではできないと理解していたのだと思う。

奇跡はすぐに起きた。
まるで大きなホールの端にいた人間同士が引き寄せられるように、奇跡的な出会いが実現をした。
その人達に導かれるまま、僕は心を真っ白にして、ノイズを排除する様心がけた。
自分のやり方に固執する事をやめ、あるべき姿だけを追求しようとした。

気がつけば普通でありたいと願ったかつての自分とは正反対の位置に僕は辿り着いていた。

朝目覚めた時に感じる事。
恐怖のない世界、目覚めて何をするかワクワクしている自分、無限の可能性を感じ、今起きている事に感謝をしている自分がいる。

それは長い間探し続けた本当の自分であった。
僕は僕でいい。そう自然体で思えて、振る舞える状態。
それをついに手に入れたのだ。

時々自分のような生き方は異端的で間違っているのか?と不安になることがある。
そしてそれを確かめるように既存の価値観に生きている自分を想像してみると、何度シュミレートしてもそこに自分の姿がない事に気がつく。
そして今の自分に納得をするのだ。
僕は他ならぬ僕自身のために、僕でいるのだ。

電車に乗る。ドアが開く、人がいる。疲れているように見える人がとても多い。
何かに追われるように一秒一秒を争って忙しげに足早に人々は移動をする。

僕は急ぐ必要なんてない。
ゆっくりやる。持続可能なものが最優先事項だから1秒を急いで何かを失っているという状況は望んでいない。

僕は僕のやりたいようにやる。
納得するまでやる。

でもそのやりたいようにやった結果に100%の責任を負わなければいけない。
誰も助けてくれない。”ありがたい助言”もいない、頼れる先輩や上司ももういない。

だけど僕は生きている。
奇跡だと思う。でも偶然じゃないとも思っている。

全ては一つの選択肢の延長にあるのだから。
そう僕は決めた。あるべき姿と現実の乖離を埋めていく事を。

普通の生活をして普通に生きていきたい。それは本当かい?

世の中との乖離を感じる時、僕は僕らしさを取り戻したと感じている

日本という国が大好きであると同時に、何でも型にはめようとする洗脳教育的な流れに違和感をずっと感じてきた。

朝は早く起きなければならないに始まり、理系を卒業したらメーカーに就職だとか、商学部出て商社とか、経済学を学んで銀行に就職とか、そういったわかりやすいものから、そもそも上位構造に存在している事が有利だからそれを目指そうみたいな競争社会にも違和感を感じていた。

僕はこう思う。
一人一人が違うのはおかしいことじゃないし、それぞれが自分の能力と才能を最大化できることに取り組めばいいのではないかと。
そしてそれが既存の価値観の中になくてもいいじゃないかと。

思うんだけど、日曜日の夜にブルーな気分になる人とか、朝起きて会社(学校)に行くのが嫌って感情はもったいないと思う。
その感情を真逆の方向に持っていけるようになれたらどれだけ素晴らしい毎日になるだろうって。

だけど時として社会のヒエラルキーやら理解を得られない状況に陥る事を人は恐れるから、”マシなほう”を選んでそういった状況から逃避するのだと思う。

それは限定的な平和(平穏)でしかない。
その場しのぎなんだと思う。

いつかまた嵐が訪れて全てを破壊してしまうような儚さを持っている。

自分の選択と行動に主体性を持って責任を負うようになってから感じたことがある。
僕という存在はきっと異端者で、近所付き合いがあったら陰であの人は何か変な人って言われるような人間なのだろうなという自覚だ。

その事に対して一瞬居心地の悪さを感じるが、自分が選んだ選択というものに高い満足感、充足感を強く感じるのだ。

普通の就職という道を選ばない事を親族に話した時、彼らはとても悲しんだ。
「何のために大学まで行ったのだ?」と。

僕の答えはずっと出てた。

「僕は大学なんて別にどうでも良かった。大学に行った事は後悔してないし、現在の自分を形成するために必要な事も多々あった。その点では感謝をしている。だけど僕は別に学術的なものを求めていたわけでもない。履歴書の一番下に四年制大学卒業って書きたかっただけなんだ。」

生きていく事、働く事がどういう事なのか知らなかった時、僕が漠然と感じていた事は大学を卒業しなければ仕事を得るチャンスを得られないというものだった。

それは半分正しく、半分間違っていた。

今こんな風にそれを僕は表現できる。

既存の価値観に生きるのならば大学に行く必要がある。それも名が通った所に。それは貴方自身のチャンスを最大化するというメリットと、学生生活を通じて経験し出会うかけがえのないナニカを含んでいる。

では既存の価値観に生きない人はどうなのか?
これは正直わからないw

大学は行けるなら行ったほうがいいと思うし、教養も素養もあったほうがいいと今の所思ってる。
でも頭でっかちになる必要もないと思ってる。

理想的として、学校は役に立つ側面もあるが長くいる場所じゃない、と言えたらいいなと思ってる。(根拠がないので断定はできない)

今、ここに迷い生きる人達に質問をしようと思う。

-日本で生まれたからって日本で働いて日本で誰もが死んでいかなければならないの?

-そもそも仕事って誰かから与えられるもの、誰かによって創造されたものでないといけないの?

-あなたにとっての幸せや生き甲斐は何か?

-就職して結婚して、家や車を(ローンを組んで)買って、それらに追われながら生きている生活を自立と呼べるのか?それは本当に幸福と言えるのか?

-あなたが本当に心の底から望んでいる事は本来何なのか?

答えは貴方の中に既にある。貴方はきっと既に知っている。後はそれに向けて行動を起こすだけじゃないか。失敗もするけれどそれも含めてもがくのは楽しいし、今までの世界では得られない体験や学びが得られるよ。

金のある不幸と金のない不幸 僕は今の所金のある不幸のほうがいいと思ってる

金持ち頭脳なるサイトで診断テストができるってことでおもしろそうなんでやってみた。
以下結果コピペでっす。



タイプ:勝負こだわり型

 yusuke_hosonoさんはお金持ち資質がなかなかあると判断されました。どんどんこれから調子を上げていくものと思われます。特に生命力に高い数値を示しているので、パワフルさに期待できるものと思われます。
 タイプとしては、常に結果を重視し努力しての負けを嫌う実利優先タイプと言えます。努力して失敗するくらいならしないほうがまし、という冷めた一面もありますが、上司など目上の人にとっては信頼できるタイプでしょう。

 (※ここでは生命力は関係ありません)

項目 コメント ランク
先天性 素質とその後の成長のバランスについては、それなりの評価になりました。どうやら世間一般のお金持ち像は、あと幾分かの資質が必要だと考えられているようです。資質は今から変化はしないので、自分に合った世界を見つけ切り拓くことが重要です。 A
善悪 「善悪」のバランスは高い評価を受け、お金持ち資質において理想的だと判断されました。yusuke_hosonoさんは、善人悪人の中間ぐらいに位置しているようで、お金持ちは善人であり悪人であれという総意と合致していると言えます。上手にバランスを保ちましょう。 A
理論と行動 理論派か行動派かというバランスは、理想に近いと評価されました。理論も大切ですが、経験からしか学べないこともある、というのが世間のお金持ち像のようです。yusuke_hosonoさんはそのバランスが程よく、高い評価を受けたといえます。 A
過程と結果 「過程と結果」のバランスは、世間の理想像と近いようです。失敗していいことなど何もなく常に最良の結果を出すことを目指した上での「過程」がある、これはあなたのプロ意識の強さと言えます。お金持ちになるにはこの姿勢こそが理想的だと判断されました。 S
繊細と大胆 繊細さと大胆さの傾向においての評価は普通です。ある程度は評価できますが、ややお金持ちの理想像と比較すれば繊細、言い換えれば神経質であると言えそうです。もう少し図太さと、あっと驚くような派手さがあってもいいのかもしれません。 A
信念 「信念」のバランスは、お金持ち像とは大きく異なっています。自分の価値観を信じることは芸術などには向いているのかもしれませんが、お金持ちとなれば話は違うようです。特に環境の変化についていけないという点で大きく評価を下げていると言えるでしょう。 D


お金を簡単に貸さないように注意しましょう
失敗したときに落ち込みやすい体質です。前向きに考えましょう
元気が空回りして無駄が多いようです。根性だけでは限界は近いでしょう
お金がほしいとき、回り道をすることも大切です


yusuke_hosonoさんのお金持ち資質は、日本人口1億2千7百万人のうち第3765万7608位に位置します
yusuke_hosonoさんのお金持ちピーク予想は2040年です。そこそこ期待できる山となるでしょう



全体として、皆が思うお金持ちの「理想」と、実際あなたがどうであるかの「現実」のバランスを比較して理想に近いほど高得点となっています。例えば、超悪人でも、皆が悪人であればあるほどお金を稼げそうだと考えたなら、高得点となります。ただし生命力がないといくらバランスが良くても得点は伸びません

項目 解説
先天性 お金持ちになるには素質こそ重要だと考える人(または素質に頼る人)は「素質型」に偏り、その後の努力、成長こそ大切だと考える人は「成長型」に偏ります
善悪 人の痛みを理解し協調性があるなど平和を好む人が「善」、逆に目的を達成するためなら人に迷惑をかけようと手段を選ばないようなタイプが「悪」となっています
理論と行動 よく考え作戦を練り、または事前に理屈を学び調査を徹底するようなタイプが「理論型」、逆にすぐ行動を起こしまずは経験してみて試行錯誤をするタイプが「実践型」となっています
過程と結果 結果がダメでもそれまで頑張れたまたは何かが学べたなら良しとするタイプが「過程重視」、逆に結果が出なければ得たものは少ないと考えるシビアなタイプが「結果重視」となっています
繊細と大胆 細部にまでこだわり、人との関係でも細かいことに気を配るタイプが「繊細」、逆に多少のミスや問題点は考えず大きな視野で神経が太いタイプは「大胆」となっています
信念 環境に応じて、または何らかの影響を受けて自らの信念を変化させるタイプが「柔軟」、逆にあまり周囲の変化に動じず、自分の考え方を貫くタイプが「頑固」となっています
生命力 生きるエネルギー、言い換えれば元気や覇気、根性の有無を表しています。全体の評価に影響を与えています



本人感想
経済的な成功をしたければまずは自分自身が金持ち頭脳(ミリオネアマインド)にシフトをしなければならないのは知ってる人も多いと思う。
よりわかりやすく表現すれば、経済的な成功を納めたければ既に経済的に成功している人のマネをしなさいよって話。

このミリオネアマインドについて、大学卒業後に友人のKATO君と話したのを覚えている。
そこで僕はKATO君にこういった。

僕「考え方が行動を生む。行動が結果を生む。結果が現在の自分を形作っている。変わるためには考え方を再構築しなければならない」
KATO君「もう一度言ってくれ」

あの時さりげなく話した会話の断片にも僕の理想が、夢の欠片が存在していたのかなと思う。
そんな会話をしたKATO君のおすすめの本が、



基本的には、思考は現実化する、ザシークレット、引き寄せの法則など有名な書籍と書いてある事は同じ。
だから上記にあげた本を読んでいる人は読まなくてもすでに知っている内容が書いてあります。
僕は個人的にはミリオネアマインドも好きだけど、ザシークレットとそのDVDとオーディオブックから強い影響を受けているのでこちらをより推薦。

いつも言うけど、物事の捉え方、心の持ちようによってどんな形にも未来を変えていくことができる。
僕は心からそう信じている。
これを読んでいる人の能力と才能が今以上に発揮され、世界がよりよい方向に向かいますように。




お金がないから、仕事がないから、才能がないからなんて言い訳は嘘だ。作り出せばいいじゃないか、何度でも、うまくいくまで、納得するまで

今日は俺のリアルな感情をそのまま文字にしていきたいと思います。
最初にハッキリ言っておきたいんだけど、読む人がどう感じるかなんて考えないで書きますんで読みたい人だけが読んでくれればいい。

3年前のあの日、場所は幕張メッセの近くのビュッフェ形式の食堂だったっけか。
あなたと俺は待ち合わせをして東京ゲームショウでも見るかって、行ったんだよね。

ゲームショウそのものはあんま楽しめなかったが、本題はむしろこれからどうするか?的な話だった。

思えばあの時の俺は自分のビジネスをスタートさせて、毎日必死だった。
でもちっともしんどいなんて感じてなかったよ。
夢中で自分が心の底から取り組みたいと思える事に自分の持っているリソースを100%注力する事に決めていたから。

あの時の決断、あの時願っていた事、
俺の人生の中で最良のタイミングで最良の決断ができたと思う。

あの時俺があなたに語った夢は今全て実現しています。
俺が言葉にした通りに物事は進み、望むがままに欲したものを俺は手にした。

今日、いつものようにGoogleで検索をしていたら、検索して得ようとした結果の先に、俺がかつて描いていたこうありたいと願っていた自分を見つけたんだ。

そしてそのことを誰に話したのか考えたらあなたがいた。
あなたに今の俺を見せたいと思うけど、あなたはもうこの世界にいない。
あなたは自らの可能性と未来を全て破棄してしまった。

俺はあなたを救えたと思う。
仕事も紹介できたし、家賃も生活費も少しの間なら出せたよ。

でも俺は何もしなかった。
なんでかわからない。
あなたが追いつめられているのを知っていたのに。

俺は友達を失った。
いい時も悪い時も知ってくれている人を、自分を理解してくれてる人を失った。

これから先の未来で俺はそれを背負って生きていかなくちゃいけない。

恐ろしさを知ったよ。フィナンシャルリテラシーの有無が人をこれほどまでに不幸にも幸福にもしてしまう事を。

ずっと違和感を感じて生きてきた。
友達や仲間と一緒にいても、その事に対する考え方、アプローチが俺と周りの人は随分と違ってるなって。
自分が異端的な存在と思っていたんだ。

でも働くようになってようやく気がついたよ。
世の中の常識がいつも正しい方向に動いているわけではないって。
そしてその常識を実践している人達にも罪はない事を。

ただ気がつくきっかけがなかっただけだ。
それは一言で言えば”教育”ということなんだろう。

大学に行けとかそんな単純な問題じゃない。
確かに大学は教養の底上げという観点では有益だと自分も思うが、絶対的な解決策じゃない。

主体性を発揮して、自分の人生を自分で管理するという決断こそが、厳しくも美しい世界で生き残っていくために必要な思考なんだ。
そしてその決断に100%責任を負う事を誓わなくてはならない。

俺は今、自分の行動と結果に100%の責任を誓えるようになったよ。
良い面も、悪い面も両方経験したし、毎日毎日未来の事が不安すぎて、何をしても快活になれなくて、ただひたすらその解決策を環境や周りの存在に求めてきたんだ。

周りの存在を失ったら俺は死んでしまうのではないか?って感じていたんだ。
俺はあなたを失って、周りの存在も失って、環境でさえももはや俺自身が作り出さなければいけない所まで追いつめられたよ。

それでも死ぬ事はなかった。

かつて恐怖だと思っていた事は幻想だった。
心が勝手に作り出した牢獄のようものだったよ。
そこに自分の意志で入っていて、出してくれ!と叫んでいたんだ。

本当はいつだって鍵は開いていたのに。
自分の意志でそこに留まりたいと願って、俺は牢獄の中で苦しいフリを続ける事で自分を演じていたんだ。

それである時、牢獄から出なければならなくなって牢獄の外の世界を歩いてみたら、思っていたのと随分違う世界が見えてきたよ。

夢を持てって言われても夢が持てなかった。
目標を持てと言われても、目標にしたくなるような人や成果が見いだせなかった。

じゃあこれからどうするのって時に、あなたに話した俺の夢言葉。
断言するよ。人は自分が望み、思考した通りの存在になれることを。

何かに挑戦する時、僕らは恐怖心と一体でいる。
それでできない理由を探してその恐怖心を解決しようと防衛本能が動き出すんだ。
それは僕らの精神を守ってくれるメリットがある反面、副作用として僕らの心に牢獄を作り出す。

自分には向いていない、自分には出来ない。
なぜならば、、、お金がないから、時間がないから、才能がないから、他たくさんのできない(と勝手に自分が思い込んでる)理由。

あなたがこの世界と別れを告げる決断をした時にもきっと生き続ける理由を見いだせなかったのだと思う。
だから極論を言えれば俺や他の人が解決策を提示したり、おせっかいを焼いてもあなたを最終的に救う事はできなかったのだろうね。

それでも俺には悔やまれる。
フィナンシャルリテラシー。短い言葉。だけどとても重たく深いテーマを持っている言葉。

rest in peace Waltz.
月別アーカイブ
カテゴリー別
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。