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エニアグラムなんぞやってみた

どうも興奮状態が今日は収まらないんで、何か自分に対する変化でも起きたのかと思い、性格診断をやってみた。

エゴグラムによるあなたの性格診断結果
性格
かなり合理的な、ものの考え方をするタイプで、判断力もしっかりしているのですが、何しろ愛情が濃やかな上に、湧き立つほど感情量が豊富で、好奇心も旺盛な為に、心の三要素である(意)、(情)、(知)の内の(情)の部分が他の二要素を圧倒凌駕して、ギャンプルや男女の情交、酒、麻薬など、人が最も理性を失い易い領域で狂気や情熱が燃え盛り易く、生活の場を突き崩すほど、大暴れする危険性を秘めているタイプです。十二分の自制を心掛けるべきでしょう。

恋愛・結婚
貴方を恋人や配偶者として眺めた場合、非常に楽しく面白い相手ですが、世間や自分と云うものを十分に識っていながら、我儘で気儘で、いつ火遊びに走るか判らない危惧を抱かせるタイプです。貴方はこれ以上刺激を求めなくても、十分過ぎる程、個性的であり、且つ魅力的な性格をしている訳ですから、後はなるべく、平凡な生き方を心掛ける事が、バランスの取れたライフ・スタイルを作り出せる方法だと思います。

職業適性
判断力が高く探求心も旺盛で、自分の遣りたいように遣るタイプなので、活躍の場さえ十分に与えられれば、かなりの仕事を巾広くこなす事が出来るタイプです。但し、協調性に乏しいタイプなので、個人プレーが主体となっている職場や職種でないと、はみ出してしまう恐れが十分有りそうです。

対人関係
家族をはじめ、周囲の人々に対して、十分の心配りが行き届く様な、生活態度になって来た時の貴方は、満点に近い性格と言えるようになるでしょう。努力次第では、決して夢では有りません



当たっているように思える。
平凡な生き方。そうだよね。刺激や快楽を求め続けてもキリがないわけで。
前述のエントリーにあるように小さな幸せを大事にして生きていきたい。
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What does your happiness? 

やりたい事ができれば人は幸福なのかな。。と最近思う。
そもそも自分がやりたいことって何だ?って就職するときなんか特に感じると思うんだけど、未だに僕は本当に自分が何をやりたいのかわからない。

こうなっていたいというvisionはある。

それは家庭があって、帰る家があって、仕事一本じゃなくて家族との時間を大切できる生活。
例えば明日から一ヶ月旅行に行きましょうってplanが出て、北海道から東北の辺をゆっくりと時間をかけて旅ができるような生活。
そこで様々なものを見て、感じて新しい何かのための源のきっかけを得る。
そんな生活が僕の憧れです。

社会人生活が楽しいと書いているけれど、あえて不満点を言うと、仕事中心過ぎる生活ってこと。
そうしないと食っていけないというのもあるんだけど、高校生ぐらいの時のように定期的に友達と会い、話し、お互いの近況を語る。。。そんな当たり前の日常が今はない。

ないと書いてみたけれど、本当は違うのかもしれない。今すぐ電話をして、彼または彼女と時間を取る為のあらゆる手段を模索することはできる。でも僕はそれをやっていない。
なぜ?会おうと言って断られる事が怖いから?自分を受け入れてくれる人がいないかもしれないという現実から目を背けたいから?

言葉が悪くて申し訳ないのだが、僕は最近、自分を女みたいな奴だと感じる時がある。
非論理的で、感情的で、何が不満でそれを解決する為にどうすればいいか明確に定義できない自分。それにいら立ち、悩み、仕事に没頭する事でそれを忘れようとしている。

僕はここにいる。ここにいて待っている。何を?なぜ?
その質問に僕は未だに答えられない。

行為に対する批判と人格に対する批判は何が違うか、それを知る事は断る事を知るのと同じぐらいに大事ではないか

学生だった頃の自分と、今の自分の何が一番違うかというと、今日のタイトルに書いた事が明確に識別できるようになった。

行為に対する批判、これは仕事でのミスであったり、仕事の過程での改善が必要と思われる指摘が当たる。
人格の批判というのは、その人の生き方であるとか、変える事のできない事(ルックスだとか、生まれや育ちなど)を否定する事と今は理解している。

僕はこの違いに対する認識を持てなかった頃、何かに対して指摘されることがとっても嫌な事だと思っていた。
何か指摘されてはおもしろくなくなり、ふてくされ、物事を投げ出す事が多かった。

社会に出ると学生の頃に抱えていた悩み、大きな事だと思っていたのは、じつにちっぽけなことだったなぁと気がつき、社会の中で生き残っていくという悩みのほうが遥かにシリアスだし、重たいものだと今は感じている。

朝起きて、コーヒーを飲む時に僕はこう感じる。
こうやって普通に生活できる事が当たり前のようで当たり前じゃない。きっと誰もが悩み、迷い、時に行き場のない絶望のような思いに直面しているのだと。

小さな幸せを積み重ねる事が、ある意味、生きていくという事を続ける上で最も大事な事なのではないかと最近思う。
家がある幸せ、帰る場所がある幸せ、話をできる人がいる幸せ、、、当たり前の事を当たり前と片付けずに感謝する気持ちを持ち続けていたい。

インフルエンザの苦しみを知って、健康のありがたさを知るのと同じように、そうなる前から当たり前の生活に幸せを見いだし、生きていきたい。

学校や仕事で何か壁に当たっている人、特に人間関係というあまりにもしんどい問題に打ち当たっている人。
周りのあなたに対する振る舞いはあなたの行為に対するものでしょうか?それともあなたの人格に対するものでしょうか?

人格に対する批判が続いているなら、その環境にいても生産的な未来は生まれないと僕は思います。時に諦める事、撤退する事もまた勇気なんだと、大学の事務の人に昔言われましたが、結構的を得た指摘だと思います。

僕らは悩みを何かしら持ち、それが大きな悩みで誰にも理解してもらえない、自分は不幸の王様(王女様)だみたいに大げさに考えてしまうけれど、生きている限りそこまでシリアスな問題ってないんじゃないかなーと今は思います。
長期的に見た時に、あの頃なんでこんなことで悩んでいたんだと思う日がきっと来る。僕はそう思ってます。

それから問題も細分化していく事で解決への道標を見いだせると今は信じています。
どんな大きな問題も細かく分けて一つ一つ対応していけば何か道を見いだせる。うまくいかないのは一気にそれをやろうとするから。

長期で考えろってのは本や雑誌だとかでもよく目にすると思いますが、いざやろうと思うと短絡的な思考に陥りやすく難しいものです。
だから短絡的に何でもさっさと解決できる安易な道ばかりを選ぶのではなくて、こういうふうになりたいという未来を定義してそこから逆算していくことで長期的に自分の持つ課題に取り組んでいきたい。
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