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事業仕分け中です。。。

前述の通り、時間をお金で買うという考え方にシフトをして、失敗をしたかなと思う事もあります。
例えばiPhoneは気に入って入るがなくても別に生活はできるわけです。
あれは仕事仲間との通話料を0円にするという名目もあって保持していたんだが、実はそっちのほうの仕事は区切りをつけてしまって今はあまり使っていない。
プラス自分の事業の方でも、その仕事のために回線を引いたんだがこっちも事実上不要になった。
ホームページもセレクトショップに特化するという名目で閉じようかと思っている。
今は少し、短期的な効率性を重視して、フローを高めたいという思いが仕事に対しては強い。
というのもこういうスピード感がある仕事を維持できるのは若い間のそれもせいぜい35歳とかまではピークだと思うので。

現在事業仕分けで考えているのが上記の解約です。
近日中に整理をします。
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mixiの更新お知らせ

mixiのほうで、卒業した学校に登録できるアプリってのがあったので実名で登録したよ。。。
小学校と中学校の所では自分と同期の人がすでに何人か登録していますねー。
が、ニックネームだけだと誰かわからんので自分からはコンタクトしなかった。
まあなんつーか、ぜひ再会したいなと思う人と、そうでない人がきっといると思うのであんまガツガツやってこいつダレ?みたいのも嫌がられるかなーと珍しく配慮してみました。。。
twitterのほうでも告知しておくか。。。

楽をするために労力を生み出す

学生の頃ってのは苦労する事が美徳というか、苦労を続ける事でのみ成功であるとか、良い事ってのが訪れると思っていた。
そういった側面もあるが、自分はその考えよりも、今のフローをより楽にするために工夫をする事の方が大事なのではないかと考えるようになった。

労働量が多いが費用がかからない方法と、労働量が少ないが費用がかかる方法のどちらが今が好きかと言えば後者の労働量が少なく費用がかかる方法だ。
もちろん全部が全部そうではないけれど、学生の頃と働きだしてからの最大の違いというか、これは学生時代から知ってたけど、

金はないが時間はある学生と、金は多少はあるが時間がない社会人(働いている人)

というのが一番大きな違いで、今は学生時代よりかは金はあるが、時間を割いてまでやらねければいけない何か面倒な事や苦痛な事をお金で解決をできるようになった。
もちろん何でもかんでもそうするわけではないけれど、時間換算してお金で解決してしまった方が実は割安かもしれない事は、お金での解決にシフトをしている。

動かすお金が大きくなった(とってもそんな大きくはないのだけれど)と書くとわかりやすいかもしれないね。

僕は苦労であるとかしんどいことを延々と続ける事はできない。途中で自分がダメになってしまうのを知っているから。
でもそうしないようにするためにどうすればいいのかを考え続ける事はどうやら比較的苦痛を感じずに楽しんでやれるようだ。
そしてその過程を今は納得して取り組んでいる。

2009年ももうすぐ終わり。今年は出会いと分かれの年だったような気がする。
大学を出てから1年ちょっとでずいぶんと環境は変わった。

頭のいい人たちが何かすごい生活をしているのかなぁと見てみると、自分よりも頭の良かった人たちが何か追いつめられてさえいるような生活をしているように見える。
でもいわゆる秀才というか、頭のいい人たちって、頭がいいが故に自分が必要とされる環境が多くなり、結果的に自分のように社会的には歓迎でない存在がどう生きていけばいいかを考えねばならない必然性を持たないのかなと思う。

ちょっと嫌な書き方になるが、高校時代、自分は成績はかなり悪い部類だった。でも大学には最終的に行けてしまった。その横で自分より確実に頭が良かったのに大学には行かなかった友達がいる。(経済的理由ではなく)

そして嫌な言い方だが、少なくとも就職という観点では可能性を彼らは狭めてしまった。かといって自分で自分を雇うというスタイルを選んでいるようには見えない。(もしかしたら今頃起業してたりして)

ここが難しい所だと思う。将来の可能性=誰かに雇ってもらえる身分と仮定するならば、大学に行くのは確実に意味があるし、効果を出す。それもできれば誰もが受験勉強頑張ったねと無条件に認められるような大学に行くのが望ましい。

ところがこの前提条件をなんとなく既存の、誰かに雇ってもらう身分の親達が子供に刷り込んでいる(それが正しいと信じるから。それを否定する事は自分の生き方を否定する事であるから)ように僕は見えて、それが受験で勝って、可能性を最大化できる大学に進学をして就職をするというおきまりのパターンを作り出してしまっているのではないかと考える。

収入大だが、出て行くお金や時間的拘束も多い仕事。収入は少ないが家族や自分の時間を確保できる仕事。そして収入は少ないかもしれないが、工夫次第で増やせて、自分の時間も、家族と過ごす時間も確保できる可能性を秘めている仕事。

梅田さんの本に書いてある表現を借りると、高速道路が渋滞しているのを見て、自らの意思で高速道路を降りて、けものみちを歩き出す事を決意する事。
これに疑問を持たずにもっと若い時から、できるならば中学生の頃からそれができたならどんなにいいだろうと僕は思う。

僕は今、一応、けものみちを歩いている部類に入るんだが、やってて思うのは、何でも自己責任だけど、こういうのを楽しめる人にはとてもいいということだ。
かといって同じ事をみんながやってしまうと、ただの高速道路になってしまうものだから、常に今やっている事も変えながら生きていかなければいけないというしんどさもつきまとうのだけれど。

楽っていうのは何かってのは難しい。
心配をしないですむ状況、安心できる状況。
そもそも安心なんてのは存在しないのかもしれないが、既存の心配な状況よりも可能な限りbetterな状況。
僕はそれを手に入れたいと思って生きている。

そのために働く事が必要だと思うし、できれば嫌な思いをせずに働く生き方があればいいと考えている。それを完全になくすことは難しいができるだけ少なくしたいと思う。

結婚もしたいし、子供も欲しい。でも今の状況じゃ無理だ。
軽蔑していたけれど、授業参観で「お前の所おじいちゃんが来てるの?」「いやあれは僕の父さんなんだ」って会話に登場する年配になってから子供を作る人が実は結構にいいのではとさえ今は思う。

僕が考える先人達の何か忙しくて、しんどそうなライフスタイルよりも、僕は余裕がある楽を見いだせるライフスタイルを選びたい。

でもそれって24時間血眼でメイクマネーすることじゃない。
きっとそこまでしなくても何か別の道が模索できると、そう今は信じている。

ネットの使い方の変化

ネットの使い方というのがここ半年ほどで変わったような気がするのでちょっと書いておく。

今まではとにかく技術偏重で、新しいものが出れば試す、少しでも便利そうであればとりあえず使ってみるというパターンが多かったが、今はどちらかというといかにメンテナンスであるとか、最新の流行を追従していなくても極端に遅れる事のないポジションを確保するかという考えに変わっているように思う。

例えばブラザーははずっとFrefoxだったが、拡張機能であるとかタブをたくさん開くと重たくなってしまうのとMac版はフラッシュの再生もあまりスムーズでないように感じる理由からSafariに乗り換えた。
safariも最新のテクノロジーを追従しているどころか、最先端を走っているブラウザーなんだけど、何がいいかというとOSに標準でMacは入っているという事。
セットアップする度にインストールしにいかなくてもいいし、アップデートもMacと一緒にできる。
んで、拡張機能とか入れなくてもそれなりに快適で、取りこぼしもない。
メンテナンスいらないってのがすごくいいように思う。

機能ぐらいに久しぶりにfirefoxを使ってみたけどやっぱかなり重たく感じる絵にレンダリングもあまり速くない、そしてしばらく使っていないと色々設定し直さないといけない。

いくつかの拡張機能は更新が止まってしまっていて使い物にならない状態であった。
こういうのを弄るのが楽しい間はいいんだけど、いつまでもバリバリ若いくて流行を追い求めるってスタイルは維持できない。
そしてそんな弄ってる作業がなんだかしんどく感じてきた。

昔はなんつーか、ブラウザー立ち上げるとmsnだとかniftyとかのページに飛ばされて、あんま使い勝手もよくなったけど、safariだと標準で検索バーがついてて、その検索エンジンはグーグルだからそのまま快適に使える。
んで拡張機能入れなくても、レンダリングの速さも、安定性も、重たさも不満なく申し分ない環境が手に入る。

仕組みって言葉が一番ガツーンとはまるんだけど、結局自分はずぼらな人間で、いかにメンテナンスをしないようにして、あるいはするにしても微小な作業ですむようにして、日々のフローを作り出すかというのにこだわる人間なんだと思う。

そしてこの半年ぐらいでそういう考えが加速して、ネットの使い方をはじめて、どうやら自分は変わってきたみたいだなーと感じる。

ネットの使い方の変化ってのは自分に取っては生き方の変化とさえ言えるので(自分の中でネットの存在がとても大きいから)この変化ってのは何か大事な事のような気がするので書いてみた。

ちょっとシリアスに書いてしまったが

いやーシリアスに書いてしまった。。。
でもある人から言われたけれど、「若い時は金の事だけ考えてればよい。」という指摘の通り今は振る舞ってんだけどね私は。

色々複雑な世界を極めてシンプルにしてくれますよ、この助言はw

過去の美化

一般的にも昔の事は美化される傾向が強いと思う。
昔のxが良かったとか、僕も最近そういうのが多いタイプなんだが、でも実際今のまま昔に戻りたいかって聞かれて、何人の人がYESと答えるだろうか。

未だに夢に出てきてうなされるんだが、目が覚めると自分が学生に戻っていてあの生活を続けるというタイプの夢。
それは僕には悪夢に感じられる。

最近読んだ本に、断る力ってのがある。
軽いノリで読んだんだが、断る事ってのは本当に大事だとつくづく思う。

著者の勝間さんは20代の自分に伝えたいと冒頭で書いていたが、自分は10代、いやもっと前からNOという力を持っていく必要が、今までの世界でも、そしてこれからの世界ではもっと必要だと思う。

それは好き勝手にやりたい放題やればいいってことではない。
そういう単調的な思考にしか至れない人はもっと慎重に見つめてみるといい。

自分が納得できない事、向いてない事を無理して続ける事。
そういう環境、生活にNOって言う事。それが大事だと僕は感じた。

僕はNOって言えなかった。両親の期待に応えるために、世間体を守るために、自分に嘘ついて生きてきた。そんな事が向いてないってのは何十年も前から傾向としてわかっていたのに。

仮に今の僕が、望まれない存在であっても僕はかまわない。
僕は今を少なくとも納得して、扱っている。

過去の美化により、現実からの逃避が短い期間可能になるが、それでも現実から人は逃れる事はできない。
生きていかなきゃいけない。

逃げたくても逃げる事はできない。死を持ってもそれは実現できやしない。
生きよう。自分を保つために。

自分の大切に思っている事を曲げてまで何かをやらなければいけないなら、そうしないと生きていけないなら、そんな生活くそくらえだ。

そうしないと生きていけない、あるいは守るものがあってそうせざるをえない人がいるのは知っている。
でもそんな生活は糞だと思う。

汚い言い方でごめん。でもそう思う。
逃れる事は何人もできない。

自分を騙しちゃいけない。自分に嘘をついちゃいけない。
気がついたならそれをやめないと。難しいけれど少しずつ修正をしないと。

本当に後戻りができなくなって、老いた姿になって涙が止まらなくなる。
自分のやっている事が本当にわかっているのだろうか。

僕はわかっているのだろうか。あなたは?

矛盾した世界

今日はまた駄文を書こうと思う。
読みたい人だけが読んでくれればいい。
気に入らないならば窓を閉じて別のページ行ってくれればいい。
それで何も不便はないじゃないか。

足の引っ張り合い、同調しないシステムへの淘汰の示唆、創造性は摘み取られ、だが他者との協調を選択する生き方では経済活動の中での期待値は極めて限定されたものになる。

昔はこう思っていた、通勤1時間であるとか、すごい人だと2時間(本当にいる)人がいるのは、それをやるだけの価値がその人の仕事にあってきっと望んでやっている。
だから自分もいずれはそうなるのだと。学生の頃と社会に出てからの生活はきっと違って、何か”エキサイティングな事が待っている”のだろうと。

高校生や中学の頃は、これを大学生になったらきっと”違った世界があってそこで自分は変わることができる”のであろうと思っていた。

大学での生活は確かに自分を変えたが、かつて思い描いていたイメージと今の自分は全く異なる世界にいる。
僕は誰からも雇われず、誰も雇わず(自分を自分では雇っているが)、他者との同調や協調を避ける事でしか生きていけない事に気がついた。

そしてそれでも希望を持って、もしかしたらわかりあえるかもしれないという1%にも満たないかもしれない可能性に賭けている。

僕は世界から隔離され、僕の行動はある意味、協調や同調に価値を置く人々から煙たがられ、僕はますます人々から嫌われ、自分の存在意義を見えないものの中にしか見いだせなくなる。

僕が存在する場所はきっとこのネットの中なんだと思う。
僕は現実世界ではうまく振る舞えない。人とうまくやっていけない。
僕はネットの中で適切な距離を管理しながらでしか他者と関われない。今までも、そしてこれからも。

先日の新聞で、自殺者の数がまた増えたって書いてあった。
死にたくもなる世の中だと思う。こんな空虚な世界で、矛盾した世界で何に価値を見いだして生きていけばいいのだろうと時々僕も思う。

死は肉体からの解放を実現するが、魂までは解放をしてくれない。
死を選ぶ事で僕は既存の問題を解決するのは間違っていると思う。だから僕は自殺はしない。生きていく。嫌われても、笑われても僕が僕であり続けるために。

たとえそれが他人の犠牲の上に成り立つものであっても、僕は他人の命を喰らい、他人の資本を喰らい、経済成長にただ乗りをして何も生み出さないかもしれない虚業を続けていく。

言葉が正しいかわからいけれど、学生という身分が終わって、経済活動の中で生きていくためには常に勝ち続けなければいけない。

学生時代の僕はランキングに置いては少なくとも負けていた。でも負けて良かったと思う。
学生時代に自分が勝っていると思っていた人たちも、コモディティ化をして何かに追われるように生活をしているのに変わりはないと知っているから。

僕は少なくともコモディティ化はしていないと思う。もししているならば僕もまた、既存の大多数と同じように生きて、死んでいくサイクルの中に存在していることになる。
それはもちろん意味のある事だが、僕はそうでない選択をしたいと思っている。

街を歩いてて思う。
彼、彼女に自分は何が勝っていて、何が劣っているのだろうか。自分は彼らに勝っているのか、負けているのか。
実際の所はわからないけれど、理不尽な矛盾した世界を生きている人たちにはなりたくないし、そういう生きた方を選んでいる人に負けたくない。

今の動力はきっとそういった所から発生しているのだろう。
一人になっても僕はこれを辞めないでいたい。続けていきたい。

他人の魂を喰らいながら僕の魂は転生をし続ける。

車関連、お金かかってます。。。

車を仕事でバリバリ使うようになってから、これに割くお金も多くなった。
ガソリン補給してりゃいいってわけじゃないことが、だんだんわかってきた。

中古品っていうのもあるし、一応ハイブリッドだけど、初期型だからかなり丁寧にメンテナンスしてもリッター20から25キロがいい所。
初期の次のモデルは安定して25キロぐらい出るみたいだが、まだ高い。安くても100万円ぐらいする。これがあと3年、5年後ぐらいになって数が出て価格が下がってきた頃に買い替えられればいいかなぁと思ってる。

とりあえず、気を使っている事。

オイル、ガソリン
安いのを入れたら燃費が下がった。リッター20から15まで落ちた。けちってはいけないね。ハイブリット向きの一番高い奴入れてもあっという間に元がとれることがわかった。だからオイルは次から一番高いやつを入れる。
オートバックスは種類もたくさんあって相談できるみたいだからそこでお願いするつもり。自宅から車で10分ほどのアクセスの良さ。さらにはおそらく地域でトップクラスの安さのガソリンスタンドが近くにある。給油もこれからは地元で入れるときはここにする。

オイルの色
基本は黄色に近い色が買ったときの状態。んで使っていくうちに黒くなっていく。残量が確認できるメーターで減ってきたら追加または交換。基本は交換でいいと思う。距離的にはハイブリッドなので、メーカー公表値は1万5千キロごとなんだが、今は安いのを入れてしまって燃費が下がったので前回入れてから3000キロ走ったら交換しようと思ってる。
オートバックスは便利そうだけど、予約入れた方が確実っぽいのでその点を留意する。

カタログスペックとして、自分が調べた範囲では
オイルの柔らかさを示す指標
0-20Wのもの、100%化学合成
のものを選んでいくつもり。
これは消耗も激しいが、燃費はよくなるようで、自分のように定期的に長距離を運転する人には向いていると思う。あんま運転しないって人は多少燃費無視して、安価なオイルを入れてもいいと思う。

ブレーキオイル
年に1回交換。
前回は2009年の10月に交換したので、ちょうどあと一年後ぐらいに交換。


その他
職業柄、重たいものを積む事が多くてそのせいで後ろの車高が下がってきている。
タイヤと擦ってしまうといけないので、定期的に見てまずいと思ったら、部品交換等して随時対応。結構にお金がかかるらしい?

その他、買ったもの
スピーカー、アンプ、シガーソケット増設器、携帯電話充電ケーブル

ずっと車の中ではラジオオンリーでやっていたんだが、ちょっと退屈になってきたので思い切って取り付けてみた。
CDであるとか、MDだとかはいらないので、アンプのみ導入。iPodを接続して音楽を聴くことができるようになった。

ちなみに買ったもの。↓ケンウッドで揃えました。オートバックスで売ってる中で一番安いやつw 買ったばかりということもあってか?まだ音が固いです。これからエージングして柔らかくなってくれればいいなぁ。



シガーソケット増設器ってのは、別に増設しなくても良かったんだが、USBポートが欲しかったので買ってみた。店頭でも1500円ぐらいで売っている。これにUSBのFOMA向けの充電ケーブルを刺して車内で充電をしている。(このケーブルはヤフオクで購入。品質は結構良いのでおすすめ)
もう一台の私が使っている電話のiPhoneはアンプからUSBで充電しながら再生もできるようになっている。



まとめ
それなりにお金がかかったが、まあとりあえず最低限必要と思うものは装備できた印象。それまではサイズが違うタイヤつけていたり、オイルやその他消耗品が粗悪品だったりと、普通に走っているだけでもやばい状態で車に負担がだいぶかかっていた。今はそういう所から意識を変えていい環境にしようと調べたり、本も取り寄せたりして、自分なりに工夫をしている。より良い環境を、バカ高いお金を払わなくても手に入れるのはきっと可能だと思っているので運転技術も含めて、メンテナンス技術(知識)と併せてもっともっと高めていきたいと思う。

おまけ
こんな本も今日アマゾンで注文した。



コードレス機の交換電池を買った

うちはシャープのコードレス電話使ってるんだけど、古い機種で電気屋に行っても整備品が取り寄せになってしまって困ってる。
んで、裏の電池の型番でグーグル検索したら、あっけなくアマゾンで売っていたという話。

標準のはニカド電池なんだけど、これはニッケル水素使ってるらしくて、標準よりも蓄電量が大きく、環境にも優しい。
同等品と謳ってはいるが、今買うならこっちのほうがいいでしょう。
純正品と価格も一緒。いいね

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バフェットの株主総会

バフェットの株主総会バフェットの株主総会
(2009/01/23)
ジェフ・マシューズJeff Matthews

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翻訳がイマイチかな。
言いたい事はわかるけれど、全体的にバシッとまとまっている感じではなく、こちらが身構えて読んでいく感じで、率直に言って読みにくい。
内容的にも、特筆読んで役に立つ!ということはなく、バフェットが好きな人向けなコレクター本みたいな感じ。
アマゾンの評価はまあまあいいけど、別に無理して読まなくてもいい本だと思う。
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