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あーなんか、すごい元気が出た

友達に電話して、近況を話したら心境がすごい楽になった。
ずっと同じような人と同じような問題で、取り組んでいる最近の生活だけど、それ以外の人との付き合いもとても大事だなって、思った。
これが友達のすごさなんだと思う。とても気分が楽になった、不思議なほど。。。
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昔から感じていた自分の中での悩み

仕事仲間の人と衝突してしまって、その反省も含めて書いておく。
昔から感じていたことなんだけど、自分としては大きなことではないと思っていたことが、相手の人には大問題で、ある日プッツンと怒りの頂点に達してしまうという事が、自分に対する周りの反応として多く、悩んできた。

どうも自分は、
1、早とちりしている事が多い(確認が弱い)
2、相手の気持ちへの配慮が足りない
傾向が強いらしく、だからバイトやってもなんかミスして、でもそれが自分のミスだとわかるまでに時間がかかったり、あるいは前述のように大きな事でないと思ったことが大きな事で、周りの人を怒らせてしまったり。

だからこういう人付き合い、人間関係ってしんどいなって思って、対人恐怖症ってわけではないけれど、一人の時間が快適に思うような人になった。
友達の事はもちろん好きだが、個々の人との適切な距離のようなものがある気がして、それを上手に管理していけば自分も周りの人とうまくやっていけるかなーって。

でも、何年経ってもこの流れが変わらなくて、別に人気者でいたわけじゃないし、なんでもソツなくこなす器用な人でいたいわけでもない。
自分の友人もそうだが、誤解されやすいというかね、、、自分たちはそれは誤解と思っているんだが、それは相手からすると真剣な怒りというか。。。

ネガティブに書いてしまうと、こんなに人と付き合うのがしんどいなら、何も言わずに黙ってればいいかなーと思う。
一人でできる事をずっとやって、人との付き合いを避けて、心が許せる友達とだけ、同じような付き合いを続けていけたらどんなに楽だろうと思う。
でも先日書いたように、やっぱりどこかに希望というか、期待している所があって、それでも理解し合えた時の喜びをどこかで求めているんだと思う。

仕事仲間の人たちには申し訳ない事をしてきたんだなぁと今日ようやく気がついた。でも悪いけれど、できることとできないことがあって、全ての希望に応えられるかは自信がないよ。

離れていくってのは今すぐ解決できる手段だけど、それは逃げだしね。でも自分の存在が相手に良くない影響を及ぼすなら、去ろうかなとも真剣に思うことがあります。
明日、みんなに会うと思うけれど、本当にこれでいいのか、じっくり考えてみたい。

今言える事は、この流れは自分にはあまり快適ではないし、変えきる事ができるかもあまり自信がないってことです。

bind3を買いました

bind1からずっとこれ使ってきて、2でだいぶ良くなったんだが、3はかなりいい。
デザイン面で小回りが利かないなーと思っていた所が解消をされて、多分4で万人向けのツールになる予感がします。
今、本業の仕事の方のページをゼロベースで作り直しているけれどいい感じ。
きれいなページができそうです。
それでいてオリジナリティも確保ができそうな、そんな予感がしています。

スクリーンショット(2009-09-27 12.20.15)

BiND for WebLiFE 3 スタンダード Macintosh版BiND for WebLiFE 3 スタンダード Macintosh版
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人と付き合うことの大変さと、それがあるがゆえの理解し合えたときの喜びの大きさ

人と何かをやっていくのは、仕事なりそれ以外でも大変だと思います。
家族でも大変なことはあるのに他人とうまくやっていくってのはもう超高度な技巧にさえ思えます。

でも人は一人では生きていけないから自分なりに調整をしながらやっていかないといけない。
最近ホントにこの大変さを痛感しています。
というのも、普段多くのことを一人でやっていると、何でも自分でできてしまう(やらないといけない)という状況から、他人を信頼することが難しくなってくるのです。
自分でできる、人に任せるより自分がやったほうがはやい。そんな思いからどんどん自分を追いつめて、人に任せりゃいいこともあるのにしんどい思いをたくさんしてしまいます。

自分の場合、その人のいい所もわかった上で、欠点が許容できないと思ってしまうことが多く、これは器の問題だと思うし、自分も欠点があるのは知っているのだが、じゃあこの人に頼まないで自分でやろうかな?と思ってしまいます。
特にそれが年上だとその傾向が余計に強くなる。

自分は頭はしょぼい部類ですが、こういうの書いていいかわからんけど、大卒とそれ以外の人の間に越えられない壁のようなものも感じています。
それはいい面も悪い面もあって、悪い面はよくも悪くも枠組みの中にはまってしまう人が、その人の能力と関係なく多いこと、んでいい面は、やっぱ何を話しても理解がはやいというか、質問の仕方だとか、話の進め方等、自分はだめな部類でしたが、大学を出ている人はきちんとできる人が多いように思う。。。

大学のこと馬鹿にしていたけれど、一見無意味に見えるレポートも、やたらめんどうな課題類も、担当教授の研究室に通い続けるあの労力も、今となってはとてもいい経験だったなーと。
直接は役に立たないんだけど、間接的にこういうのを当たり前のものとして積み上げてきた人はやっぱ強い。
自分はだめな部類ですが、きちんとこういうことをやってきた人は、仕事も丁寧だし、気転も良く利くように見えます。
そういう意味では、奢った言い方だが、一緒にいて快適なのはどうしても大卒以上の人となる。。。

学歴差別みたいな書き方になるけど、今周りの人を見てそういうことを頻繁に感じます。何か超えられない、うまく言葉にできないけれど、やっぱ違うものがあるように思います。
大学を出ていない人がこれを読んだらよくない気持ちになるのはわかっていますが、でも自分はそのように感じるようにどうしても思うので、すいませんが書きました。

類は類を呼ぶというが、高学歴が高学歴と結婚をするというのも、価値観だとか、お互いの背景がマッチングしないからそうなるべくしてなると最近は思います。
私の両親は両方とも大学出ていますが、やはり他の大学を出ていない親と比べると、行動レベルであるとか、関心の対象であるとか、だいぶ違いました。

両親がまあそんな感じで高学歴の部類で、私だけ低学歴の部類なんだけど、それでも影響は受けています。家族内の話題だとか、見ているテレビ番組。価値を置くポイント、、やっぱりどうしても他の家庭とは違いました。

そのせいで、高校だとか、小学校でもそうだったけど、いつもみんなが見ている番組の話題には全くついていけず寂しい思いをしたのを覚えています。
でも今思うのは、そういった話題の番組って見た所で何も残らないし、楽しいけれど、僕に言わせると下劣な内容のものも多かったように思う。

大人になって、やっぱり昔両親が見ていたような番組を同じように見ているけど、これは自分の中でこういったものを楽しいと思って見ています。

具体的にはドキュメンタリーを見て、何かを考えて、企画番組を見て共感をして、インタビューの中にその人のオリジナルを見いだし、、、とにかく考えることが多い番組を見ています。
もちろん楽しい番組(クイズだとか、芸能関連)を見ることもたまにあるが、やっぱ見た後何も残らないですねw
xが何をしたとか、そういう内容ははっきりいって田舎でaさんの家のお父さんがどうで、子供がどこの学校に行っていてというのと全く変わらないレベルの内容です。

そしてそういう話題が大好きな人たちが見ているテレビって、やっぱりそういうゴシップ系なんだよなー不思議なぐらいに。

多分、僕が付き合って快適と思える人は、僕と同じような生活、価値観を持つ人なんだと思う。それは傲慢で言うのではなくて、やっぱ類は類を呼ぶ、類でなくても付き合うことはできるけれど、あまり快適ではない。まあ仕事では必ずしも人付き合いが快適でなくてもオッケーなので、それほど深刻なことではない。家族のようにずっと一緒に居るわけではなく、共通の目的に向かって特定の時間に特定の仕事をするだけなので、問題なしです。

こうやって書くと寂しいやつだなーと思われるけれど、実際寂しい人なんでw
でもそれであるがゆえに、やっぱり心を許せる人と出会えたときの喜びは大きいですね。
困難なことを成し遂げたというと大げさだけど、自分的にはそれぐらいの価値がありますね、、人と理解し合えるというのは。。。

もし自分に対してそういう思いで接してくれている人がいるならば、それは自分が気がついていないのかもしれんけど、とても光栄だと思います。

ミラチェア使いだして1週間経ったので感想など

ミラチェアを買った話を先日書きましたが、それが届いて使いだして1週間経つので感想等。
率直に言ってとてもいい、値段もそれなりにしてびびるが、きちんとそれに見合った品質だと思います。
前の3万円ぐらいのよくも悪くもない椅子がおもちゃに見えるほど違いが明確にわかります。

何がいいかというとやっぱ安定して使えることではないでしょうか。長時間使っても疲れないこと、座ったときや動いたときにギシギシ音がしたり、どこか不安定で重圧へのバランスも不安を感じるといった5万円以下の椅子の限界をその上のクラスになると感じないですみます。
椅子に浅く腰掛けてしまうことがなくなったも大きな違いですね。安い椅子は重心をうまく分散できない作りになっているのでどうしても不安定な位置に体をずらしながら自分で調整をしなければなりませんが、この椅子になってからそういった人間が負担しなければいけない手間はなくなりました。安定しているというのはそういう意味です。

知らなければ知らないでオッケーといえばオッケーだが、やはりこだわりを持って使いだすとこのクラスを使わないとだめだなーと今は思います。
椅子は最低で5万円、できれば9万円以上出して、アーロンなりミラなり、あるいはそれ以外のメーカーのものでいいけど選んだ方がいいと思う。

私だけなく現代人は椅子に座る生活をしている人も多く、私なんかは床に座ったり横になったりしてくつろぐのが畳以外ではできなくなりましたが、椅子社会に慣れてしまうと、今度はその椅子にこだわりを持つようになります。
んで、椅子はそれなりに高いものなんで、座る生活中心てのは血流が悪いとか言われるけど、実は経済的にはお金がかからないスタイルなんだなーと今になって気がつきました。

言うまでもなくこのクラスになると、趣味というよりは仕事であるとか、何か長時間机に向かって作業をする必要がある人のための製品で、私も仕事に、遊びにフル活用をしています。多少高いかな?と思いましたが、買った今思うのはそうでもなかったなーと。もっとはやく買ってもよかったとさえ思います。

自分としてはこんな感じで大満足。ミラチェア良い椅子です。

ハーマンミラー ミラチェア グラファイト(バック)Xグラファイトダーク(シート) MR113AAM AJG1BBG1BK7Q01ハーマンミラー ミラチェア グラファイト(バック)Xグラファイトダーク(シート) MR113AAM AJG1BBG1BK7Q01
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HermanMiller (ハーマンミラー)

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脂っこい食への執着心が最近なくなりました

昔は肉がおいしいなと思って、何か食べられるなら焼き肉、牛丼など脂っこいものを好んだが、最近は昔ほど肉への執着、もっというと食べ物へのこだわりがそれほどなくなった。

シンプルな蕎麦であるとか、チャーハンのような食べ物がむしろ以前よりも好きになりました。
歩く量が減って、運動もたいしてしないので、野菜を食べることと、水分をたくさん補給することをちょっと意識しています。
野菜は食べようと思ってもなかなかたくさん食べられるものではないですね。

でもサプリメントに頼るものなんか嫌だし、何よりもサプリメントってやたら高くないですか?
一時期DHCだかコンビニで買ってましたが、効果あるのかよくわからない上にやたら高いんで辞めてしまいました。

今は普段の食事だけでそういった健康面を管理してます。サラリーマンやってりゃ健康診断とかあるんだろうけど、そういうのも今はなく、ある日いきなり倒れても自己責任な世界でやってます。

だからなおさら健康管理も含めて仕事というかプロの振る舞いと思って、最近は学生時代のような脂っこいものはそれほど食べなくなってきたのだと考えています。

それでもたまにジャンクフードが食べたくなるときもありますが、マクドナルド食べるよりモスバーガーで食べた方がおいしいし、よくわからんフランチャイズのラーメン屋よりもオリジナル色が出ているラーメン屋のほうがマニアックな素材とか調理方法やってて、有機野菜使ってたりしておもしろいですね。

食事にお金が学生時代よりも割けるようになった分、そういった所でより健康的な体にちょっとはよさそうなものを選んでいます。

湘南に行ってきた 仕事でだが、、、

連休中は車を2回は運転して高速も使ったがそれほど混んでいなかった。
一回目は山梨に、二回目は湘南に行ったんだが、マイナーな場所なのか渋滞しなかった。
海外旅行にいく人が多いのだろうか?

日本の町並みはどこに行っても同じような感じで新鮮みはあまりないのだが、車らから降りて歩いて見るとちょっとした空気の違い、歩いている人の雰囲気の違いを感じることができる。

そうやって小さな違いと変化を感じて、帰りの高速道路で東京に戻ってくると何か落ち着くものがある。
千葉に住んでいたときもそうだったけど、やっぱ自分が住んでいる場所が一番てことか。

私は東京のビルがずらーっと並んで夜になると光輝くようなまぶしさを放つ、強すぎず弱いあの感じが好きですね。
無機質な感じもするが、ああいった風景は田舎にはありません。
夜でも明るいので眠れないとか、星が見えないとかあるかもしれませんが、皇居の周りを車で走るとビル群の光と皇居の静けさを絶妙な対比で感じることができていいです。

されど成長を読んだ

僕はグローバル資本主義の恩恵を受けているのでその立場から、その利害から意見を述べると、成長をしなければいけないと考えている。
そうすることでしか生き残れないと思うし、そうすることでのみ自分と世の中の接点を見いだして生きていくことができると考えている。

だけど人によっては、競争がしんどいと思ったり、経済的な合理性よりもそれ以外の目に見えない部分の豊かさ(時間の流れ方や家族とのつきあい方、友人、趣味等いろいろ)を、自身のキャリアよりも大事なこととして捉えるのも理解できる。

僕にとってこの競争をして成長をしていく今の世の中はいい面と、悪い面があると思う。
いい面というのは自分の好きな分野で良きライバルと切磋琢磨していくことができる所。悪い所はいわゆる努力であるとか精神論的な所で自分に向いてないのに頑張らなければいけない所。

僕自身の考えと関連して、特に良くない部分は、いくら生きていくためとはいえ自分に向いてないこと頑張ってもいつか限界が来るよ?という身もふたもない提案なんだが、なかなか理解してもらえない。

僕にはこの自分に向いていないのに頑張らなければいけない環境が、ITエンジニアとしてのキャリアだったと思うし、あるいは特に高校以降の学生生活(生徒生活)であったように思う。

でもここで難しいのはどれが自分に本当に向いていて、どれが本当に向いていないかを最初から認識することは容易ではないということだ。
正直な話をすると今やっている仕事もたまたま軌道に乗っただけで、まぐれの要素(市況がよかったなど)があるもの否めない。そう思うからこそ、この場に踏みとどまらずにさらなるステージを目指して成長をしなければ!と僕は思うのだが、何せ好きなことやってるもんだからそれほどしんどい感覚はない。

あえていうともっとゆっくり時間の流れを感じながらやってもいいかなぁと思うが、今のペースをさらにゆっくりさせたいなんていったら、サラリーマンやってる人から怒られてしまうのではないかと思う。まあこの話はどうでもいいかw

ただ一つだけ提案することがあるならばこれを述べたい。普段自分が喜びを感じる瞬間、満足する時というのはどんな時なのか。そしてそれが実現できて、かつお金も稼げること=仕事があるとすればどんなことかを考えてみるのはいいと思う。

今の仕事が軌道に乗ったなと思ったのも、自分の好きなやり方で、自分の好きなものを、自分が決めた値段で買ってもらえるようになった時だと感じている。
それまでは新しいものを売り抜けていくやり方をやってたから、安さでしか勝負できなかったけど、今は付加価値で勝負ができるようになったのでとても楽。
セールであるとか、価格の改定は基本的に不要で、一部の流行追従型として扱わなければいけない商品をたまーに改訂したり見直したりする程度。
でも毎日問題なく売り上げは出ているし、実際それでご飯を食べている。

自分がたまたまうまくいっただけなのかもしれないが、いわゆる自己啓発本や、キャリアの本を読んでも同じようなことが書いてあるように自分には感じて、自分の好き!を大切にしてもいい時代が今の時代で、それで生きていくことを可能にしてくれるのがこのグローバル資本主義なんじゃないかと理解している。

この辺りのことを深く理解している人から見れば、何を言っているんだ?という突っ込みが来るのかもしれませんが、自分としては自分の利害の観点からこういった解釈をしている。
そしてこのされど成長という本を読んで、自分のやっていることがまさにこの本で紹介されているケースに本質的な所で等しいと感じた。

もちろん最初からこうすればいい!なんてわかっていたわけではない。自分なりにマドルスルーをして今に至っている。
マドルスルーというほどしんどいものはなかったし、元々今の仕事がずるい所として、リスクをコントロールしやすいというのがあって、シリコンバレーでシリアスに働いている人から見たら自分の生き方はずいぶんとセコセコしたものに写るのかもしれない。

でも誰もがそれが仕事になるの?と思うようなことを自分は仕事にして、このままいくと本当の自立ができる所までいけると感じています。
結婚をして、家を持って、そういう生き方が本当の自立だと思ってますが、これに加え、組織に属さないという意味での自立があれば、それは本当の本当に自立だと思うので、そうなりたいと強く思っています。

されど成長されど成長
(2008/01)
日本経済新聞社、

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ウェブデザインと使いやすさというバランスについて思うこと

音楽アーティストのホームページを見るとこだわった作りになっているサイトになっているのが多くて、それはそれでいいと思うのだが、使いやすさとしては賛同できないものも多い。

自分としてはやはりヤコブニールセンの考え方を支持していて、フラッシュを使ったり、フレームを使ったり、特定の自己都合によるエゴをユーザーに押し付けるのではなくて、訪問してくれる人が使いやすいサイトを作った方がいいと思う。

ユーザーがどんな操作で迷うのか、自分がユーザーだったらそのサイトを見て何を感じるか、これはなかなか見つけられない所でもあるが、時間はかかってでも見極めていきたい。

自分があまり好きではないサイト
•コンテンツよりも広告が目立つサイト
•勝手に音声が自動再生されるサイト
•フラッシュに依存をしている見せ方をしているサイト

今時のサイトでは珍しくない条件が結構あるけれど、どれも自分としては理由があって好きになれない。

まず広告が多すぎるのは、個人サイトは別として伝えたいメッセージが不明確になってしまい良いコンテンツがあっても台無しになると思う。

音声が再生されるのは、itunesで自分の好きな曲を再生しながらブラウジングをしているから。自分の聴きたい音楽を再生したいのであって、制作者側が望んだエゴを押し付けられるのは好きではない。もし音楽を流したいなら、初期設定ではオフとして、ユーザーが手動で再生できるようにしてくれるとありがたい。
ただ全部が全部でなくて、操作確認音なんてのは鳴ってもいいと思う。

最後のフラッシュは、一瞬きれいに見えるけれど、戻るボタンがページ内部で動作しなくなったり、ロードまでの時間が結構長かったり、ひどいサイトだと文字化け、文字検索ができないなど利便性の上で致命的な欠陥を抱えているから。
やはり基本はHTMLという文法で表現をされたテキストベースの表現が美しいと思う。
こういった見せ方に依存しなければ美しさや、メッセージを伝えられないならば、それはその程度の中身しかない薄っぺらいコンテンツではないかと個人的に思う。
どうしても使いたいならばページの一部のスライドショー等限定的な所に導入して使うべきではないかと私は思う。

ベンチャーvs大資本の土俵で戦うと。。。

自分の仕事にも関係して、秋葉のパーツショップがありますね。マニアックな最新のパーツもそこに行くと安く手に入るので遠出しても行く価値が、今から4年ぐらい前まではあった。
けど今はネットと値段が変わらなくて、ネットは自宅まで届けてくれるから楽。そして保証も同じと。。。

ネットで巨大資本を持つ会社が大量に商品を仕入れて安売りをするの構図にベンチャーは勝てない。
と今来たとあるパーツショップの特売メール見て思った。。。
特売セールの値段があるネットショップでは通常価格という。これじゃあ勝てないよなー売れないよなーと。しかもパーツショップは送料取るけど、そのネットショップは1500円以上なら送料無料と。。。

秋葉のパーツショップが安く商品を売ってくれるのは消費者としてありがたかったし、何度もお世話になった。
けど大学卒業して世の中の仕組みがちょこっとだけ見えて思うのは、あの人たちは商売としてはあまり利益出てないんじゃないかなーということ。
メモリとか1週間で数百円下がったり普通だし、ハードディスクも値段はどんどん下がると。その下げ幅を見て1週間以内に仕入れた品を売り抜けないといけない=しんどい価格下げ競争。

そして今は自作するよりメーカー製PC買った方が安いという痛恨の市況が、秋葉のパーツショップをバシバシと弊店に追いつめている気がする。
自分が通っていた8年ー4年ぐらい前はまだ自作は安いというのがあって、そりゃ活気があったもんだが、今は当時と雰囲気がまた違っていて、普通の観光地になったし、マニアな人間が何かおもしろいことをやっているお店という雰囲気も弱くなった気がする。。。

マニアな人たちがこういうニッチな市場をいつだって支えてきたと思うので、そういうのは少し寂しいねー。
私もマニアな人たちを多少相手にする面もあるんで、なんかこのあたり、感じる所があるよ。。
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