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と書いている横でPerfumeにはまった私でしたとさ

こういうオチだったんだよー^^;
歌唱力云々だけじゃないのかもなー。

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90年代のJPOP 私のクリエイティビティは評価されるのかな

私は最近のJPOPはほとんど聞かなくなってしまいました。
お店や外で流れている曲を耳にしてもあまり心に響かない曲ばかりだからです。

私が音楽を聴き始めた10歳ぐらいだったと思いますが、globeだとか、XJAPANとかものすごいJPOPに勢いがある時代でした。
しかもそれは日本で評価されているだけじゃなくて、世界でも評価をされていました。
その当時の曲をYouTubeで検索をすると、コメントで外国の人が「なんじゃこれはー?」みたいなコメントをバシバシ入れているのを見てそう気がつきます。(最近の曲にもコメントは入ってますよー)



なんだか最近のはどこかで聞いた感じの曲、もっというとパクリか?みたいな曲ばかりで退屈です。
世界中の文化を柔軟に取り入れてきた日本人がクリエイティビティを発揮できない事はないと思うんですが。。。

クリエイティビティと言えばこのブログにしても、お店のホームページにしてもそれがあるかどうかはわかりません。
ただ私はこのデザインが気に入っているし、他のブログではこういう見せ方はあまり見ないんで使っているわけです。

お店のホームページの方はPagerankがない状態からはやくも0になりました。
私の友人のブログも0になってますな。
まあ格付けの高いページからリンクを貼るとそのページの格付けも上がりやすいと言うのは王道なのかもしれませんな。
ただし、意図的な操作はだめです。
純粋に理由があってリンクが貼られていないとアウトになります。
うさんくさい情報商材でPagerank6の私のページからリンク貼りますから1万円下さいみたいな。。。
だまされないでくださいー。

人と会ったり、話したり、こうやって日記を書く事はなぜ大事なのか

私にとってこのブログは自分の分身です。
私の考えや軌跡を文字にして残す事で、読み返した時に発見がたくさん得られます。
そして時には第三者からフィードバックが送られてきたりします。
そう、銀行に預けたら利子がつくように、日記を書いたら知識という利子がつくのです。

それはネットに限った事だけではなく、誰かに会って自分の考えを話せば自分が見えていない事を指摘してくれたり、あるいは何かチャンスが生まれたりします。

人と会ったり、話したり、日記を書くのが自分にとってとても大事なのはそういう背景があるからなのです。
それも世界中の人が見れる環境でなければ意味がないと思っています。
mixiに日記を書いてもそれを読めるのは会員の人だけですが、私のブログはアドレスが公開されたWorld wide webなのです。

言語は日本語だけど、日本語が読める人ならば誰でも私の書いた事を読めて、何かを感じればコメントをする事が出来ます。
さらにはそのサービスを利用するのにお金はかかっていません。
これはすごいことです。

ビジネスチャンスや夢、希望が眠る事はないように、こういった行動を起こしていてけるゆういつかもしれない自分の強みを維持していきたいと思います。

Citi never sleeps

人と会う事、自分が好きな人が自分を受け入れてくれる事

自分の人生の中でこの人すごい尊敬できる。すごい好きだって思える人と自分もようやく出会えました。
あ、ちなみに異性ではありません。
仕事を通じて出会った人です。

一緒に仕入れに行ってすごいと思ったのもあるし、生き方というか、その人の家に自分は泊めてもらったわけですが、とにかくほれこんでしまった感じです。

今までは人の家に行くと汚いなぁとか、どこで寝るんだ俺みたいに思ってましたが、この家はなんというか、自分の家に誰かが来たら提供して欲しい事を、何も言わないのに全て当たり前に用意できている。
しかもすごい自然でそれを押し付けがましく見せたりしない。

家の中に入っても、自分がこんな話できたらいいなと思っている事を全部相手から振ってくれます。
それで自分は他人の家ではなかなか寝付けないんですが、疲れていた事もあってすぐに熟睡する事が出来ました。

なんかその家はね、出来たばかりという事もあるんですがアメリカの家みたいな感じなんですよ。
これはすごーく表現するのが難しいんですけど、臭いもインテリアも、なんか置いてあるものの配置の考え方まで全部アメリカっぽいのね。
これは行った事ある人でないとわからんかもですが、すごーく懐かしくてだから自分はリラックスできたのかもしれません。
あの臭い、あの雰囲気はとても好きで、自分も日本でそれが再現できたらいいなぁと思うんだけど、なんか違うんだよいつもw

目標となる人、憧れとなる人とようやく出会えた事が嬉しかったのと、そういう人がいるから辛い時でも話を聞いてもらえる安心感があります。
安心感てすごく大きいと思う。
経験値の高さもあるけど、自分が大きい問題だと思っていた事を数秒でたいした問題じゃないと片付けるあの余裕さ。
多分、働いている人だとそれを上司に求めたりするのだろうけれど、自分はそういう存在をピンポイントでこの人がいいから独占したいと言って本当に独占できちゃうわけです。
すごくラッキーだなと思う。

その人は結婚をしていて、子供もいるのに自分のようなどこの輩かわからない人間を泊めてくれて、最後は駅まで送ってくれて「また来いよ」とまで言ってくれる。
本当に彼がそう思ってくれているかはわからいけれど、とても感激をします。

インターネットはこういう出会いを自分に実現してくれた。
ネガティブな事も最近は多くて、その可能性を疑問視する人も多いけれど、少なくとも自分にとっては自分の可能性を最大化してくれる翼だと思ってます。

なんかなぁ そういうことやると損だと思うけど

倉庫に売れた商品を取りにいく途中に、ふと思いついた事があってアパートの横に荷物を置いて携帯wを使ってメールをチェックしました。
そうしたらその場所の近くにあった店の店員が出てきて「ここでたむろされるとこまるんだよね」と言ってくる。
何をどう困るのかとても興味がありましたが、ここの住民ですって言ったら「ああそう」って言って去っていきました。

「ああそう」はないでしょ。
なんか別にこの店だけじゃないけど、地元のお店ってこういう顧客視点ていうか、商いをさせてもらっているっていう視点がないんですかね。
その店員はアルバイトだかなだか知りませんでしたが、ものすごい柄の悪い男の人でした。

自分はこの店のずーっと真上の一角に住んでいるわけだけど、こういう事があると元々行く気なんてありませんが、人にあの店どう?って聞かれた時にやめたほうがいいよって言ってしまいそうです。
柄の悪い男の人がいて自分はメールをチェックしようと立ち止まっただけなのにあっちいけみたいな扱いされて印象すごく悪かったって言ったら、別の店に行こうかなって思ってしまうんじゃないですか?

私も人の事言えた身分じゃありませんが、なんていうかうちの地元の飲食店って掃いて捨てるほどあるからね。
それもどこも同じようなサービス。
材料だけそれなりの揃えて、客に調理をさせるんだから調理の腕も必要ないし、もっというと誰でもできるんじゃないのって思うほど。
誰でも出来るからこれだけどんどん立つんだろうけれど、競争激しくならないんですかね。
競争をしていれば必然的に質の向上がないと淘汰されるだろって思うんだけど、テレビやら雑誌で特集されているせいか、バブルなのかわかりませんけどどこもお客さんはそれなりに入ってます。

ある一点に置いて街がいちおうメッカみたいになったからそれが強いブランドになっているのかもしれません。
自分はあの料理をおいしいとも何とも思いませんし、父もそう思っているので食べに行く事はこれからもまずありませんが、でも世の中で評価されるのってそういうことが多いような気がしています。

えーそれってどうなの?ってのがうけたり、売れたり。
演出がうまいことも大事ですが、ある日バブルがはじけるとそういう分野ももうおしまいです。
それは売れるに売れまくったアーティストが小さなきっかけで一気に落ちていくのがいい例です。
飲食店もそういうある意味バブルな恩恵を受けているので、こういうことをやらんほうがいいと思うのは私だけですかね?

私の器が小さすぎるって突っ込みもありますがw

利益と単価の関係について

私は今でもそうですが、甘くて数が売れればオッケーみたいに思っている所があります。
ただそれだと売り上げは頭打ちになってしまうことがわかってきました。

数をたくさん売ってもいいんですが一人でやっていることもあり、対応が追いつかなくなります。
この間は一日に60通発送しましたが、あんなのはもうやりたくないですな。
それで倉庫を借りた分のコストが重たくかかっていて、一日あたりこれ以上売り上げないと赤字だというラインが出てきました。

そうなるともうどうしなければいけないかは明確です。
単価を上げるしかない。
それも今まで売っていた商品の延長ではなく、需要と供給の観点から考えねばなりません。

もともと高くて値崩れがしないような商品もありますがそういったものは仕入れるのも簡単ではありません。
世の中への流通量が少ないので、それを見つけるのが難しいからです。

偉そうな事言ってちっとも結果出てないのかよーと言われると、反論できないんですが、それはある意味見えてない部分が見えてきたという兆候でもあります。

自分は古本屋ですが店舗は持っていないので、顧客に何かを見せて選んでもらう楽しさは提供できません。
そのかわり裏で何を売るのかを勝手に変えても誰にも文句を言われないし影響を与えないというメリットが合ったりします。
本屋のつもりではじめたんだけど、結局ツタヤとかと変わらないお店に変わっていきそうです。

まだまだ本屋もいけるぞーと思っていたんですが、実際の利益というところで結構大きな落とし穴が見えてきました。

最近投資の事について書いてないんで

最近はどうでもいい話ばかりで、なんかおもしろいこと書きたいと思いますが、仕事に明け暮れる毎日です。
投資のお話を以前は少ししていたのですが、今は特別何もやっておらず。

投資信託を積み立てていますが、株と債券のバランスファンドで今は基準価格下がりまくりで-運用です。

で、海外の口座を作ったりとか考えてましたがどうでもよくなってきました。

変わりにといってはあれですが、FXなのかなぁと。
無論余裕資金でやらねばなりませんから、今はできないんですが、個人金融資産が今の20倍wぐらいになったらっていつだよそれみたいな。

そんなに遠くないと思ってるんですがね、というのも本業の売り上げが上がっているので、それにともなって銀行の口座残高も上がっていくわけです。
自分は今の所それほど浪費するタイプではないので、稼いだお金も使っていません。
というか仕事に翻弄されて、使っている暇がないという現実もあるわけだが。。。

FXは大損こいた人が大半だと思いますが、逆に利益をとんでもなくあげた人もその横にいるわけです。
私の仕事仲間なんかがそうですが、彼はすごいの一言というか、それも再現性があるからすごい。
まぐれじゃない(まぐれと言う事も出来るが)何か思想的な所から来るアクションは自分も持てるようになりたいです。

それは哲学と言ったりもするようですが、難しく考えるのではなく、普段の自然な行動の裏にある思想。
それを人の真似で終わるのではなくて、何か自分のオリジナルにしてみる。
私はまだ経験がぜんぜん足りないんで人の真似ばかりですが、自分のスタイルを持ちたいと思ってます。

FXはそういう意味では真似なんだけど、その裏にある思想は、真似から派生していて、しかも自分の強みと結びついた計画になってます。

まだ実行して成果も出してないんでこんなこと書いてもしょうがないんですけどな。ハハ

時間の使い方 今の生き方、周りの人の生き方、そもそもその意味って?

不況にも関わらず、不況だからかこそか毎日、世界中から注文が来ます。(といっても圧倒的にほとんど日本からの注文です)。
それは嬉しい悲鳴でもあるのですが、多くの在庫を持ったがために起きている事でもあり、他にやらなければいけないこと、やりたいと思っていた事ができずに時間が過ぎていくのに苛立ちを感じます。

それでついつい人のせいにしてしまう。
発送をする際に郵便局がまだ空いていればお客さんを待たせずに済むのに!とか。
郵便局は悪くともなんともないですよね。
ルールがあってそれに則って、事を回していかねばらない状況で自分が時間をへたくそに使っているだけです。

24時間は誰にも、豊かな人にも、貧しい人にも平等に与えられますが、それを浪費する人と、活用する人の間で差は広がるばかり。
例えば大学に行くのは自分的には確信を持って浪費でした。
卒業延期なんてするぐらいならさっさと覚悟を決めて、自分で事業を起こしていれば、経済的にはもっと成功できたと本気で思ってます。(生涯所得で考えればこれは想像するのが簡単でしょう。年収300万としたって3年余分に働けば900万円を稼ぐ事が出来るのですから)

もちろん生きるためにお金が必要=働く=長く働いた方がいいというつもりなど毛頭なく、大学で得た経験は役に立っているし、語学やインターネットを活用した何かという点は今の自分と確実に結びついています。
そういう意味では大学に行って、卒業延期までしたけれども、最後までやってよかったなと思うわけです。

ただ自分が言いたい事は、なんと言うか、ウォーレンバフェットにしてもジョージソロスににしても、スティーブジョブズやビルゲイツに至るまで。これらは米国的な成功者ですが、彼らは若いうちから、そう意識してなかったかもしれないけれどもビジネスのようなものをやっているわけです。

空き瓶集めてこづかいかせぎとか、大人がやったらバカにされるかもしれませんが(私がやっているのはそれに近い仕事でもありますが)、大抵の一般的な子供が親からお金を貰うのに対して、当時の彼らはその若さで既に自立をしているという点で全く差別化された存在なのです。

で、それに付随して俺も俺もみたいな書き方をしますが、私も小さい頃から商売好きというか、限られた予算をどうやって上手に回していくかということが他の人よりも上手だったと思います。
それはケチだからだろとそうでもあるんですが、周りの人が浪費行動を取る中自分だけはやらないと意思表示ができる子供でした。

中学時代に友人達がタバコをはじめるなかでも自分だけは吸いませんでしたし、高校時代に帰りにジャンクフードを友人達が買っていても自分だけ買わないで一人で彼らを待っていたりしていました。
その時は、疎外感のようなものはありますが、それは数十分で終わる事であり、そこに踏みとどまれるのか、流されるのかというところで自分は前者でいることができました。

偉くともなんともない行動ですが、右に倣えな風潮の中ある意味逆ばり的なアクションを起こせる人間だったわけです。
それは今にも通じていて、とこうやって書くと本当に偉そうな書き方ですが、大学卒業したら就職だろみたいな流れの中「それって本当に自立なのか?」という思考を持つ事ができたわけです。(就職活動はしたよー。それも2回w)
大学までの教育で身に付くのは他人のために役立つ能力、それはコミュニケーションだとか、数学的思考のことを指していますが、自分はそういった能力が欠けているけれどもそれで生きていけないのか?本当なのか?という問いを発し、そうでもないんでないの?と考える事が出来ました。

前にも書きましたが、なんか社会人ってすごいことやっている存在で学生とすごく違うなぁとずっと思ってましたが、何を持ってすごいかってそれは忍耐力があるからすごいって思っている人がほとんどではないか?と今では思ってます。

と書くとまた叩かれまくりですか。
でも自分の周りでは腹の底から自分の仕事を楽しんで「これこそ俺の生きる道」みたいな人はいません。
憧れやイメージで(自分もそうでしたが。。。)ビジネスパーソンになってみたが、そんなにいうほど華やかじゃないし、仕事も楽しくはない。ただ生きていくためには仕方がない。
これが身も蓋もない現実なんじゃないかと思うわけです。
もちろんそうでない人もいるでしょう。

誰しも自分を肯定したいから、ベンチャーに行った人は「社会的意義が云々」と理屈つけてみたり、逆に大企業の人は「大きな仕事をするため、世の中に影響を与える云々」と理屈つけているわけです。
じゃああんたは?って聞かれると、私は「自分で管理できる範囲で自分の出来る事をやる。それで何かに貢献できて、仲間や出会いがあるならハッピー」と理屈つけているわけです。

人それぞれ考えが違うなんて当たり前で、これが正しいなんて言うつもりは毛頭なく。
ただ自分が感じている事をこのブログを通じて表現したかった。

そしてもっと言うならば、古書店という商いを通じて自分の生き方を表現してフィードバックを受け取りたかった。
それが否定されて淘汰されるならばそれまでの存在なわけだし、ネットワークが広がっていくならば、それは組織に属していたら永久に手に入らなかった真の自立、組織を通じて得たのではなく自らが生み出したネットワークを手に入れる事だと思ってます。

と格好いい事書きましたが、自営業でもラットレースを走っている事に変わりはない。
その生活の中でただ何もしないと鬱になってしまう凡人な自分はそうやって自分の人生に意味を持たせようとしてもがいている。
そんな風に思うのでした。

なんであんなに海外に行きたかったのだろう

自分は一時期さっさと日本を出て英語圏に移住しようと思っていました。
しかし今は日本が一番いいなーと思うようになりました。

例えばアメリカのシリコンバレーに行って、ITエンジニアになりたいと思っても、インド人や中国人と台頭に戦うスキルが自分にはない。
金融の仕事にしても、フェアな人事制度の名の通り、競争、競争なわけでしょう?

それに対して日本はまだまだチャンスがあるなーと思います。
特にサービス業は本気で取り組んでいる人がまだ少ないように思います。

今日は自転車がいたずらされて壊されてしまったので自転車やさんに直しにいきましたが、入るなりいらっしゃいませの一言もない。
「何しにきたのあんた?」みたいな対応です。

それでもこっちは直さなければ困ってしまうので頼むのですが、こっちがわからないことを延々と述べて、修理費をぼられているのかまっとうな請求をされているのかわからず終い。

極めつけは修理の受け取りの時で、お金を払ったらさっさと帰れみたいな対応を受けた事です。
普通、これこれこういう調整をして、この部分の部品はこうなりましたとか説明しません?
自分は居心地の悪い場所に居ると気が弱くなってしまい強く言えないのですが、率直に「可能なら二度と利用したくない」と思ってしまいましたよ。

実際はここ以外にスポーツ自転車を直してくれる所が近場にないので、何か合った時はここまでまた行く事になるのですがね。

それとももう電気自転車にでも切り替えて、メンテナンスにバカ高いお金がかかるスポーツ自転車とは縁を切ろうかしら。
今は町中を走るための道具でしか自転車はなく、学生の頃のようにロードレーシングへの特別な思いはありません。

こうやって考えていくと、競合の多い、そして言語的なハンディキャップも負わなければ行けない海外よりも日本のほうがいいと思えるようになってきます。
学生の頃は私だけでなく、社員さんに「海外に行く人はどれぐらいいますか?」なんてドキドキしながら聞いたりしていましたが、回答はいつも「ごく一部の人」というものでした。
それは外資も日本企業もです。
その答えがわかったような気がします。

確かに華やかなイメージはあるんだけど、実際相当に大変ですからね。
日本の方が悪く言えば楽というか、良く言えばまだまだ伸びるってことだと最近はよく感じています。

私は古書店というサービス業で、大学で習った事はほとんど役に立ってませんけれども、仕事をしていて楽しいですしこれからも続けていこうと思います。
大変な事もあるんだけれども、これが天職なんじゃないかと思うほどワクワク感に溢れる仕事をこの若さで見つけられたのはラッキーだと思ってます。

携帯の赤外線通信をもっとわかりやすく使えるようにGUIを進化できないか

最近は私は知らない人でも平気で話しかけています。
今日は赤外線通信のやり方がわからないで困っている人が痛んで「上の方についてますよ」って教えて上げたら「何こいつ?」って顔されました。

赤外線通信はわかりにくいですねー。
どこに通信ポートがあるから絵で示してあげると迷わないようになるのではないでしょうか。
今は機械に強くない人でも普通に赤外線通信は使ってますから、誘導できるようなUIにしてあげることでより使われるようになっていくと思いました。
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