スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アシュリー ~All About Ashley~ アシュリー・ヘギ (著)



NHKのドキュメンタリーで見て知っていたのだが、本になっていたとは。
彼女は人の10倍の速さで年をとるプロジェリアという病気を煩っている。
しかし、そんな厳しい状況にも関わらず、自分の置かれた状況を悲しいと思ったり、他人から気味悪がられたりするのも気にせず前向きに生きている。

それに比べて自分はまだまだ他人からの目を気にして生きている傾向が強い。
そりゃ日本とカナダではdiversityの度合いが違うからそういう傾向に流されやすいというもあるんだが、自分という存在をもっと受け入れて生きていかなければ自尊心も維持できないし、何よりも生きていてもつまらない。

銃乱射事件の犯行声明を借りてくれば、今の世の中は、

You had everything you wanted. Your Mercedes wasn’t enough,
you brats. Your golden necklaces weren’t enough, you snobs.
Your trust fund wasn’t enough. Your vodka and Cognac weren’t
enough. All your debaucheries weren’t enough. Those weren’t
enough to fulfill your hedonistic needs. You had everything.


なわけで、何をすれば満たされるとか、幸福になるとか、何をどこまでやればいいとか決まってないんですね。
その気になれば延々と続くし、完璧を求めれば求める程、終わりのないタスクの渦にはまってしまう。

なぜ生まれてきたのか?どんな使命を持たされているのか?
この答えにはまだ満足に答えられないけれど、きっとそれがあると信じて前向きに生きていきたい。
スポンサーサイト

会社選びに関する価値観の変化の軌跡

一年前、先輩や友人が推薦で就職を決める人がほとんどで情報らしい情報何もないまま就職活動を始める。
目指すのはただ一つ、情報技術を学んできたのでこの分野で最高峰の会社に入ろう。それ以外に興味はない。

作文はパスするものの一時面接であっさり落とされる。その小さな野望とプライドを満たすために、第一志望の会社に近い位置にいる会社を受ける。しかしここでもことごとくNOと言われる。

なぜなんだ?自分には大手は向いていないのか?
では中小はどうか。
大企業出身の人が立ち上げたベンチャーなら”きっと”何かすごいことになっているに違いない。

この会社は○クルート出身の人が立ち上げた会社なんだ!(だから大丈夫)こっちの会社は○ンダーセン出身の人が立ち上げたんだ!(だから大丈夫)

そんな中たまたま競争倍率の低い会社でとあるベンチャーから内定を貰う。
貰ったその後インターンをするが、何か違うと感じてしまう。
クライアントの悪口、喫煙率の高い職場、風通しのいい会社とはあまりにもかけ離れた現実を見てしまう。
自分の一つ上の先輩が、「お前こんな事もわからんのか。もっと自分の頭でよく考えてからものを言え」と圧迫されまくっていて、こんな所に入ったらキャリアを積む前に鬱になって死ぬと直感。

その後、運が良かったのか、悪かったのか卒業延期が決定。それに伴い内定は辞退。

そして今年。
自分は何に”向いているのか”を考えて、自分が好きな分野、興味が持てそうな分野に絞って就職活動をする。

去年と違って、何を言えばいいのか知ってしまっているので面接も去年程は落ちない。
実際選考は進む。
進むから自分が受け入れられていると勘違いして、有頂天になる。

だけどいつも感じていた。何か違うって。
バカの壁がいつもあった。それを埋めようとすることを破棄している自分もそこにはいた。

会社選びの軸?
全部自分のための軸だった。
成長できる事とか、社会貢献ができるだとか、魅力的な人がいるだとかそんな感じ。

そして今、自分が忌み嫌っていた、ありえない選択肢を選ぼうとしている。
劣悪な環境で北朝鮮と本質的にはやっていることが変わらないモデルを実行する事。
これもこれで疑問はあるが、表面的なものだけでは見える物も見えてこない。

だからまずは彼らにコンタクトを取る。
これから先の価値観がどう変化していくかが自分でも楽しみです。

弊社の社員は皆優秀だ(How about you?)

自分の中の価値観が激しく変化している。

出来上がった物に後乗りをすること。
これが今まで目指してきた事でした。

でもすでに完成してしまった組織で得られる物って何?
確かに給料はいいのだろうけれど、そこにたどり着くまでのプロセスがおみくじというかギャンブルのような要素が強くて、ミッションステートメントを忠実に実行する人間を求める=奴隷の採用感が否めない。
採用予定人数を合わせるために面接で粗探しをする。(一時面接で落ちるのは別として、3次、4次まで進んできた人ならば誰でも良く、だけどそんなにたくさんは採用できないから粗探しをして無理矢理落とす)全く持ってナンセンスな方法だと思います。

ベストな選択肢は当然、縛られない独立をした生き方であり、それはつまり起業を意味する。
しかしながらすでに存在し、掃いて捨てるほどの並列化してるモデルを実行した所で淘汰されるのは目に見えている。

だから就職をして、淘汰されないモデルを生み出すまでに備えるというのが合理的かつ現実的な就職の意味だと最近考えるようになった。

世の中を変えたい、影響を与えたい、社会貢献したい。
あまりにも自分に対するベクトル中心な短絡的な考えでした。
ニーズがあって初めてサービスを提供する余地がある。そんな当たり前の事を僕は忘れていた。

情報社会の歪みを正す事はプライベートでも充分にできると確信をしたので、それ以外の歪みを正そうと思う。
今はもうITが何か特別な効果や影響を持つとは思っていなくて、目的を実行するための手段の一つと考えています。

お金も同様。あればあるにこしたことないけれど、一生生きていくために必要なfuck you moneyの額を知れば、あとは戦略的にそれを必要に応じて稼ぐ事だけを考えれば良いのであり、30歳になるまでにリタイヤとか40歳になるまでにリタイヤとかそういう考えも短絡的でナンセンスだと思います。

僕は半分フリーターのような生活をしていた時期があるので十分な時間と自由によってのみ人が満たされる事はない事を知っている。
僕が例えば30歳になった時にfuck you moneyを稼いでしまって、その次の日に”会社を辞めます”って言って辞めてそれで幸せになれるとは思わない。

まだ生きていかなければいけないのか、何のために生きているのかを問い続ける日がその先にはあるのであり、酒や女に溺れても空虚さを埋めきる事はできないだろう。

「今まで出来なかった社会貢献をその時に初めてやろうと思った。」
ある会社で出会った人が言っていた言葉。
彼は今でこそ大企業の会社に新卒で入り、その会社が社員に対して報酬の一部として与えた非公開株で巨額の富を得た人。
もう働かなくても一生食べていけるから、仕事も辞めて南の島で悠々自適な生活を過ごした。
だけどやっぱり空虚になってしまって、何か世の役に立つ事をしたいと思うようになった。
「お金はもういいからやりがいをくれ」

お金以外の自己を満たす欲望の発生。
人は何か意味を持ちたいのだと思う。
自分の選択した事、自分のしてきたことが”きっと意味のある事であって欲しい”と渇望する。

そんな渇望が交差して、時には歪んだ情報として流れ、人々は迷う。
僕はそんな歪みを正す仕事をしている会社のドアをノックしようと思う。

その会社はギャグとしか思えないような劣悪な労働環境で、社員らしい社員もいないわ、あまりにも人手が足りないので学生を社員もどきとして雇うわで全く持って地に足がついてないのだが、自分のプレゼンスを発揮したいという僕のエゴにきっと応えてくれると思う。(もちろんオフィスが狭くて、天井も低いウサギ小屋なのは言うまでもない)

この会社に僕がNOと言われたら”本当に”起業をするしかない。
だけどもしかしたら彼が僕を気に入って雇いたいって思うかもしれないから、そのわずかな確率に僕は賭けてみようと思う。

FF6のセッツァー風に言えば、
「俺の命そっくりチップにしてお前らに賭けてやるぜ」か
あるいは、
「帝国(既存の価値観やヒエラルキー)相手に死(市場からの淘汰)のギャンブルなんて、久々にワクワクするぜ。」 とでも言うべきか。

僕の進路に気をかけてくれている人たち、もう少し見ていて下さい。
答えが出るまでにもう少しだけ時間がかかりそうです。
月別アーカイブ
カテゴリー別
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。