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サークルOB会

サークルの制作物発表会とOBが集まる会に参加した。
卒業してから全く会っていなかった同期の面々とも再会を果たし、楽しい時間を過ごさせてもらった。

相変わらず若い人たちは超優秀で驚く。
今回はOBが合計で40人以上も集まったのだが、歴史のあるサークル、大学の底力を見せつけられた印象だ。

卒業してから30年を超えるような方や、すでに定年された方や定年直前の方などもいらっしゃり、技術職としてキャリアを積んで顧問になられた方、大学時代の専攻とは関係のない分野で活躍をされる方など、色々な方がいた。

同期の子たちも元気そうで、それほどアグレッシブさは感じないが転職や退職することなく就職した会社で頑張っている模様。

自分はといえば就職らしい就職もせずに起業をして今まで来たわけで、彼らとはちょっと違う世界を見ていたのだなと改めて感じた。

キャリアを積みながら、それこそ卒業後30年超えの先輩のような社会人人生を辿っていくような彼らに若干の憧れも抱きつつ、そういった世界で生きていくことができない自分は自分でできることを見つけて生存していかねばならぬのだという自覚を改めて持った。
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大学に卒業証書を送ってくれと言ったら着払いになった件 私の学生生活、勝ち組が実は負け組

表題の通り、大学に今日電話をして卒業証書を送ってくれと頼みました。
金があるのかないのかわからん大学ですが、着払いで発送するとの事。

卒業証書自体には価値がないというか、どうでもいいのですがそれがないと生協に出資した金額を返金してもらえないみたいなので取り寄せました。

私にとって大学生活が何かと言えば、経験だと言えます。
そこでしか得られなかった経験に価値がありました。
学んだ事には全くと言っていいほど価値はありませんでした。
それは私の学問に対する姿勢に問題があるのはもちろんの事、実際働くようになって大学で学んだ事が役に立つ事がないからそう感じています。(本当は何か価値があるのかもしれませんw)

あえて言うならば、何の役に立つのかわからん事に我慢する能力は身についたのかもしれません。

最近は私のブログにアクセスしてくる方も増えてきたので、私の経歴を簡単に紹介すると、私は中学受験をして全寮制の中学に入学をしました。
以来ずっと大学まで私立一本で進学をしました。

全寮制の中学では毎日が生きるか殺されるかという厳しい生活でしたが、良い友人ができ、現在でも交流が続いている物も何人かいます。
実は私の同僚は中学時代に知り合った仲で、10年以上の付き合いになります。

中学はいわゆる中高一貫教育だったのでそのままエスカレーターで高校に進学も出来たのですが、寮での生活に疲れた事、普通の学校生活というのを経験してみたかった事があり、外部受験をして今度は別の大学付属の高校に進学しました。

このブログにたまに書き込んでくれる私の友人がいますが、彼とはそこで一年生の時に一緒のクラスになり3年間ずっと登下校をともにした仲です。
この頃から私の勉強嫌いと、それに伴うコンプレックスが加速したような気がしますw
生きている理由がわからなくなったり、全ての事が無意味に思えたり、自分の好きな事を自由に表現できない窮屈さに毎日嫌気を感じながら生活していたのを覚えています。

結局、高校では2年生になった頃から落ちこぼれで、毎回追試になるからならないかの成績で、化学のクラスに至っては下位10%の成績の者が集められるクラスに入れられるというなかなか不名誉な経験もしましたw

当然そんな成績なので一般受験で受かる大学などありません。
私は勉強が嫌いだったので、そのままエスカレーターで付属の大学に進学する事を決め、実際進学は許可されました。

大学の付属の高校なので、全国に姉妹校があり、試験をして成績の良い物から人気の学部を選んで行く事が出来ます。
私は誰も行きたがらない短大に進学。
専攻は建築学でした。
試験の成績はひどいもので、数学や国語はまあまあでしたが、化学は学年最下位だったらしく、私の担任が化学の教諭ということもあり叱られた事を覚えています。

そんな感じで大学(短大)に進学をしますが、ここでは良くない友人とつるんでました。
いわゆる付属高校上がりどうして傷を舐め合う生活をしていました。
付属上がりの学生というのは基本的に努力をしないで実力以上の学科に進学するケースがほとんどなので、私を含め基本アフォが多い。

ましてや誰も行きたがらない短大に行く付属上がりなぞ、そんな集団の中の最たるものでした。
講義をさぼって下宿をしている友人の家でゲームをしたり、そもそも大学をさぼって秋葉原に行ってみたり、とにかく最悪な生活でした。

ただこの頃から、リアル世界で自分の事を理解してくれる人を見つけるのを諦め、それをネットにシフトさせた事が功をなし、何人か友人が出来ました。
ブログにも何回か書いていますが、地元の名産品を交換したり、結婚式に呼んでもらったりととても良くしてもらっています。
ネットがなければ今の私はないというほど、この当時に起こした行動が自分の地盤のようなものを作りました。

最悪な生活に近い物をした事で、いわゆる負け組と言われる人たちの気持ちがわかるようになってきたのも10代の頃の特徴です。
私は高校からずっと落ちこぼれだったので、いわゆる居場所のないような虚無感というのをいつも味わっていました。

毎日会う人たちの話題と、自分の持つ話題が噛み合ないから、話す事がなくなる。
結果自分の存在はどこか浮いたものになる。
特に高校2年生になって理系クラスに進学してからはクラスメイト達の事は人の痛みがわからない奴らばかりだといつもむかついていました。
たまに夏休みなどを利用して中学時代の友人達とゲームをしたり、あるいは電話で話したりするのが楽しみだったのを覚えています。

今でもこれは大切に思っている事なのですが、何かに一生懸命になっている人の事をバカにしたり、笑ったりする輩が私は大嫌いです。
それを態度に出す事は大人げない事なのかもしれませんが、そういうことをする人たちとは付き合いたくありません。
そういう人というのは大抵の場合、人によって態度をころころ変えるタイプで、生涯こういうタイプの人とは理解し合えないと思っています。

前述の通り、高校時代から勉強が嫌いで、大学に進学したからと言ってそれが変わるはずもなく、試験の勉強は1秒もせずに臨むのが当たり前でした。
自らの自滅を願ってさえいたのかもしれません。
どうにでもなれと思っていたら、どうにでもなって留年しましたw
短大は2年で卒業するものなのですが、私は半年延長で9月卒業。

そう今と同じなんですw
その時に今の大学が編入を受け付けている事を知り、ここらでしっかり何か自分の腕になるものを身につけようと決意し、今の大学に入学。
特徴的な教育プログラム(特に必修がない事!)が気に入り憧れて入りますが、調子がいいのは最初だけで、やはり勉強がおもしろくなくマンネリ化した生活を過ごします。

ただ英語の勉強だけは真面目にやろうと思い、研修に参加。
これが私の人生を変えました。
米国のコロラドという場所に行ったのですが、天国に一番近い場所と言われるだけあって、とても平和でおだやかな生活がそこにはありました。

当時の日記にも書いたような気がしますが、そこで今までの自分が目に見える事ばかりを気にして、本質的な事に目を向けなかった事に気がつきます。
帰国後は、長く伸ばしていた髪をバッサリ切りました。
服装もブランドものばかりを着ていましたが全て無印良品やユニクロに変えて、ブランドものは全て売り払いました。

日本だと自分の事をべらべらと話すとバカだと思われますが、米国では自分の事を話す事はむしろ歓迎で、何も話さないと逆にバカだと思われます。
米国にももちろん良くない事はたくさんあるのですが(差別など)、米国人の懐の深さをに感銘を受け、その後もう一度渡米。

同じく大学研修だったのですが、今度はアイオワという場所に行きました。
そこで現在でも交流が続いている友人と出会います。
ここでの生活は辛いものでした。
大学の寮に入るのですが、ルームメイトの言っている事はわからないし、田舎町なので遊ぶ場所もありません。
しかも-20度というとんでもない寒さの環境でうかつに外に長時間出ると死にますw

部屋で勉強をするか、食事に行くか、寮の中にあるジムで運動をする事ぐらいしかやることがありませんでしたw
ただそういう厳しい環境で生活したせいか、相手が話している事が飛躍的にこの時にわかるようになりました。

よく英語本にも書いてありますが、ブレイクスルーするためにたくさん恥をかかないといけないんだと思います。
米国人が何を話しているかあまりにもわからないので、彼らの口元に耳を近づけてみたり、紙に書いてもらったり、逆にこっちが紙に書いたりと苦労をしましたが、その経験がとてもよかったらしく早口で話されたり、相手が話している事がわからなくても焦る事がなくなりました。

そんな時はただ、I don't understand what you are talking about. と言えばいいだけです。
わかるまで彼らは詳しく説明してくれますw

帰国後は英語を使う事をとにかく意識。
OSを英語版にしたり、キーボードを英語モデルにしてみたりとミーハーぶりを発揮しましたw

おかげで他言語環境に置いてもとまどいなくコンピューターが今は使えます。

英語のスキルは伸びたけれど、本業の情報技術はちっとも成長しない。
そんなことをやっている間に就職活動の時期がやってきてしまいました。

よくわからないので有名な企業をたくさん受けますが、とにかくよく落ちるw
ようやく内定を一社貰いますが、内定を貰った直後にインターンをその会社でしてみたらただのブラック企業であったことが判明。
母の病態悪化、他界と人生の転機が訪れます。
と同時に卒業延期が決定して、内定は辞退。

もう一度就職活動をするわけですが、活動をすればするほど、働くコトが何なのか、そもそも自分が生きている意味がわからなくなりました。
母の死が自分に与えた影響が多く、お金に不自由はなかったけれど果たしてこれでよかったのかと自問自答を何度もしました。

どうせ大半の仕事に意味はないのだから、単純に給与が良くてキャリア的にも可能性が多い業界を受けようと就職活動をしますが、相変わらず面接に落ちますw

ようやく4月に内定のようなものをもらいますが、ここでインターンをしてみたらやはり何か違う。
既存の組織で働くのは自分に向いてないのでは?と勘違いをし、友人からの誘いもあり、起業を決意。

大学は無事に9月に卒業。
卒業式の日に仕事をしていて参加し損ねる。
現在に至ります。

今でも自分の選択が正しかったかはわかりません。
起業をしたはいえ、これでよかったのか?こんなものなのか?と感じる事はしょっちゅうです。

ただ思う事は、死ぬ時にわかるであろう人生に対する答えに後悔の念をこめるのか、満足しながら死んでいくのかを基準に何でも決めていこうということです。

大学に進学してよかったかって?
それはわかりませんが、もう一度昔に戻るならば、高校になんて進学しないし、大学も日本の大学には進学しない。(サイバー大学に通いながら事業を起こすか、香港などの英語圏の大学に進学をしたい)
それだけは確かです。

世の中のばかげた基準、勝ち組や負け組という物差しで何かを決めてきた人たちが今何をやっているのかを知れば、そうした基準など最初から無視する事が賢明だと気がつきました。(勘違いする事に成功しました)

エリートちゃんたちは派閥を作って傷を舐め合ってますし、あるいは付属の学校に進学してヘッジをした気になった人は大学に入ってから苦労をして、卒業は出来ても何のために生きているのかわからない生活をしています。

もし自分に子供ができるならば、こういった事実を伝えてその上で彼らに決断をさせたいと思います。
私の学生生活はこういった世の中の、種明かしというか、舞台裏を見る事だったのかもしれません。

とかなり辛口で書いてきましたが、成果を出せている人にはきっと学校という場所は意味があるんだと思います。
何よりも自分の優秀さを証明できますし、就職をするにしても良い大学にいれば有利です。
私のような中途半端な人間だと、就職説明会さえ参加させてもらえないこともあるし、学歴が学歴として評価される事はありません。(後輩諸君がこれを読んでいたら酷かもしれないが事実だから仕方がない。とはいえ研究室に入れば推薦が得やすくなるからそれをコテに研究職に就くことは可能だよ)
つまりやるなら徹底的にやれという事。
中途半端なのはダメですw
そうなるぐらいならやらないほうがいいと私は思います。

なんとなく留年をしたり、休学をしたりだらだらと大学に居座ってしまう人もいると思うけれど、辞めてしまった所でたいして不便になる事はない。
実際、中退という学歴で企業のボードメンバーになっている人は日本にもいます。
もちろん起業したっていい。
チャンスは無数にありますが、それを見て行動を起こす人はわずかです。
なぜなら大半の人に取って既存の組織を抜け出す事はリスクとしか考えられないからです。
でも成功している人はきっとそれが逆にチャンスだと思って行動をしています。

引きこもりになったり、ニートだからって後ろめたい事を感じる必要性はありません。
働いているから偉いのか?偉くありませんw
意味のない仕事をしている人が世の中にはたくさんいるのです。
そして「忙しい、忙しい」と言って、自分に酔っています。

時々それが人生なんだよって思う事があります。
何もしないでいる事から何かをする事で生きる理由を無理矢理作ること。
「人は何もしないでいると鬱になる」というのは、取引先から言われた事ですが、結構正しいと思います。

何もしないで鬱にならずに楽しく生活できるならばそれは才能です。
そうすることができて、引きこもったり、ニートになれているなら私はそういう人こそ勝ち組だと思います。

と辛口で書きまくってしまいました。
こういうことを書くとバッシングされるのだろうか。
それはそれで今は楽しいと思えるかもしれない。

周りの人が僕に親切になったのではなく、特定の人間に限って言えば彼らは元々親切だったのだ

なんか僕を卒業させるためにあの手、この手で大学のスタッフの人たちが力をかしてくれてとてもありがたく思っております。

確かにあそこで学ぶ事はもうあまり役に立たないんだが、彼らの親切心に応えるためにも、学費を出してくれている両親のためにも卒業をシリアスに目指そうと決めました。

正直ここ数日で履修の交渉がうまくいかなかったらかったるいからもう退学届でも出してやろうかと思ってました。
しかし実際に僕が受けた事というのは、履修許可が下りなかったり、定員が満席になっているクラスに取って代わるものをその場で交渉をして、履修できるように手配をしてくれるという今までは考えられなかったサービスでした。

僕は大学のスタッフというのは長期的に見てもキャリア的な成長はほとんどなく、であるがゆえに高い給料を出して縛るしか、彼らを働かせる動機というのは作れないのではないかと思っておりました。

実際前の大学も、今の大学もとりあえず金はいいから働いているみたいな職員が一定数いて、そういった人と話すととても疲れるし、融通が利かないし、話し方はもちろん論理的じゃないし、さっさと淘汰されてくれないかなーと感じてました。

ただ、ミクロ的視点で見ると、助けて欲しいとお願いをすればそれに応えてくれるHeroがどんな場所においてもいるのではないかと今は思っております。
僕は今まで「俺様が法律なんだ(俺は偉い)」みたいな高飛車な態度で交渉をしていたので、それが原因で彼らも「じゃあ君の事なんて知らないよ!」という態度になったのではないかと気がつきました。

今はシリアスに「僕の事を助けて下さい。とても困っているのです。あなたの力が必要だ」というのを全面的に出しているので、彼らが好意的になってきたのだと思ってます。
そりゃ下っ端のスタッフは相変わらず使えないし、頭も悪いけど、昨日はその使えないスタッフに見かねたボスが出てきてその場で下っ端に指示を出して全てを取り繕ってくれた。

大学に協力的な姿勢を彼女(そのボスは女性なのだ)の前で今までにも見せていたから、それが好材料として「こいつをなんとかして助けてやろう」という動機にさせたのでしょう。
当時は大学への協力というのが長期的にどのような影響をもたらすかなんて考えていませんでしたが、思わぬ形で自分に返ってきました。

僕はバカの壁をまた一つ乗り越えられたと思う。
もがいたことで何かまた一つ大事な事を学べたと思う。

いろいろなタイプの後輩ちゃんたち

※誤字脱字だらけだったので更新しましたw

若い人っておもしれーなーと見てて思います。
今日はディスカッションのクラスで男女のメリットとデメリットは何か?というテーマのもと議論をしたんだが、いろいろな人の考え方が見れてエキサイティングだった。

理系の大学なんでクラスといっても大半は男で、もうそれが僕には当たり前で、遠慮なく色々な事を話すんだが(これからは話せなくなるのでしょうか?)

若い子たちの考え方が自分とはやっぱり違って興味深い。

例えば一人の子は「男でないと行けない店が結構多い。」と言っていて、具体的にはメイド喫茶であるとか風俗店もろもろを指摘しているんだけど、僕が「メイド喫茶は女の人でも行っているし、ゲイバーというのは男も女も楽しむ店じゃない?」って言ったら興味を持ったらしく「先輩の話聞いてたら、メイド喫茶に社会勉強として行きたいんで連れて行ってください。」と言い出すw

本気なのかどうかわからんけど「本当に行きたいなら連れて行ってやる」と答えましたがどうなるんでしょうか。
個人的は女の人よりも奇麗な男の人が女装をしてダンスをするというゲイバーに行ってみたいんですけどね。
学生だとこういった場所の経験がある人はいなくて、これこそ大人の趣味なんだと僕は勝手に憧れていますw

メイド喫茶は一度しか行った事がないけど、どうなんですかね。
もうブームは過ぎ去ったと思ってますけど、まだ行っている人結構いるのかな。
貢君にならなければ余興として一度行ってみるのも楽しいと思います。
少なくとも僕は別府さんと一緒に行って楽しんだ人間です。

他の後輩ちゃんの考えでおもしろかったのが、女の子のデメリットして人間関係がドロドロしていて大変そうというのがありました。
僕は普段そういうの気にしないで話す必要があれば話すし、なければ話さないので彼女たちの事情は全く知らなかったのですが、ちょいと男と話しているだけで仲間内で男好き扱いされたりと大変みたいです。

男はそういうのないですよねー。
僕は自分が気に入っている人としかつき合わないし、嫌いな人とは積極的に交流がとらないので人間関係で苦労はあまりしていません。

就職してこれからそっち方面は苦労するのかな?
社内には上司に限れば僕に好意的な人しかいないけれど、お客さんサイドではつき合いたくないけれど、つき合わねばならない人がいるのかも。。
まあでも就職先は小さい会社(社員が派遣社員を入れても5人しかいない)のくせに短期的な利益はあまり求めてなくて、お客さんも選んでるらしいから極端に嫌な客とはつき合わなくてもいいんじゃないかなーって思ってますけどね。

さって話題を戻して、おもしろかった学生の発言についてだけど、授業の前後で、英語のディスカッションクラスで一緒の後輩ちゃんと一緒になったときに話した事。
彼は今年3年生になったので就職活動が控えていて、僕が就職活動を2回やっているからかいろいろ聞いてくるのね。

ほとんどの先輩は推薦でさくっとメーカーに決めてしまうケースが多く、就職活動をするイメージがわかないらしい。
で「今年の夏はインターンをやったほうがいいと思うよ」ってさりげなくアドバイスしたら「お金を稼ぎたいんで厳しい」って彼言うんだよね。

これも不測の答え。
彼は奨学金で大学に来ていて、家が貧しいみたいでお金にはかなりナーバスな人。
それに対して僕はお金にはなんら不自由なく今まで生きてこられた。
兄弟姉妹がいないから欲しいものはほとんど何でも手に入ったし、(まあそれでも親がそういう状況を危惧して僕を寮に入れてみたり、SNESを買うのを我慢させたりしてだいぶ他の一人っ子とは差別化をしようとしていましたが)彼とは根本的に経済感覚が違う。

今思えば小学校時代から贅沢の極みだったな。
大手の中学進学塾に通わせてもらって、家庭教師もつけて、その合間には習い事もいろいろかじらせてもらってやりたい放題だった。
もちろん家族旅行だって日本はもちろん海外にもたくさん行ったし、他の子と感覚違うのかなーっていつも思ってました。

お金を稼がなければいけないという危機感にもにた感覚。
んーでもいくらでも方法ってあると思うんですよね。
バイトをしないとお金を稼げないというのは短絡的な思考であり、株式でデイトレードをしたり、家の不要品を売ったりいくらでもお金を生み出す手段ってある。

置かれた状況が違うが故に理解できないのかもしれないけれど、かといって「長期的な視点から物事を考えれば学生の間のバイトで稼ぐお金なんて雀の涙だから、もっと自分が成長できるチャンスに挑んだ方が良い」とも言えず。
言った方が良かったのかな?

まあなんていうか、若いが故に、何も知らないから(僕もそうだけど)そこまで考えが至らないだけどもったいないなーと。
それだけの能力がありながら(彼はTeaching assistanceを努めるほど学業成績が良い)戦略的なキャリアを狙うきっかけを逃してしまうなんて、自分の能力や才能に気がついていないの?って思う。

(僕はアルバイトとインターンでは、たとえそれが数週間でもインターンの方が遥かに多くの事を学べると思ってます。バイトは決められた時給はもらえますが、ギャグとしか思えない時給で割に合わない肉体労働を課せられる事が多く、しかも契約内容と異なる仕事もさせられることもあり、強者による弱者への搾取の極みだと考えています。)

情報技術者の仕事なんて何もSI屋だけじゃなくて、どの業界のどの仕事でもいかせるわけで、それはインターンでもきっと同じだと思うんだよね。
証券会社の情報技術部門でインターンするのもいいし、ベンチャーでインターンしてもいい。
どこいっても歓迎されると思う。

若い人と話して刺激を受ける事と、自分から見た”こうすればいいのにな”を最近よく感じるのでした。

気味悪いぐらい周りの人が親切なんですが^^;

学費の不足分を振り込もうと思って、算出方法なんぞを確認しに行ったらやたら丁寧に対応された^^;

高飛車な態度を取ってきたら、「俺はあんたらに媚びて箔を付ける必要なんてないんだ!自分の才能と腕一本で勝負してやる。退学届にサインしてこの場で貴様らと決別してやる!」とでも言ってやろうと思っていたのに拍子抜けだよトホホ。

事務の人だけではない。自分の担当の教授や学科長をはじめ、「aesanul君はあと何単位必要なのかな?」から始まり、「就職はどお?」なんて探り入れてくるし、さっさと追い出そうとしているのか別の思惑が動いているのかわからんなー。

なんか学費の支払いの遅れもなんとでもなって、しかも取りたい履修科目は全て手動で履修にしてくれるらしく、履修定員を無視してやりたい放題できる扱いを受けている模様^^;

こっちは学籍除籍になるのかと思ってビクビクしながら、でも強気でハッタリの一つもかましてやろうと思って構えていたのにさー。

今まで僕が敵だと思って軽蔑していた人はもしかしたらとてもいい人だったのでしょうか?
対人感における一時の印象はあてになりませんね。

やっぱり大学を辞めたい

単位を満たすためだけに取得する科目、そのために履修をして何を得るのだろう。
はっきりいって素養科目なんてそれに関連する本を読んでいた方がよっぽどわかりやすく、ためにもなると思う。

自分がやっているのはwaste of timeの極みで何も生み出さないし、何も得ていない。
ノートを取って、出席点を得るために出席をして、低レベルなディスカッションクラスに参加して一人で悦に浸っていたり。。。

プログラミングのクラスだって、やるやつは自分で学ぶわけで。。。

就職先から出されている課題にcommitmentできないのも気に入らない。
寝る間も惜しめば、ブログを書いている時間も惜しめばそのための時間を生み出せるけど、僕に取ってはこの2つはとても大切な事で手放せない。

なんか無理矢理なロジックを使うけど、今学費の振込を間違えて一桁少ない額で振り込んでいるんです。本当は60万支払わないといけないんだけど、6万だけw

もちろんわざとではなくて間違って振り込んでしまったのを最近気がついたわけだが。

僕にはこれが神様からが「もう時間の無駄だし辞めちゃえば?」ってメッセージに感じられる。

大学を卒御する意味。入学する前から今に至るまで肩書きが欲しかったというただそれだけ。

大卒という肩書きさえあれば就職というスタート地点に立つ事が出来る、ゆえに我は大卒の肩書きを欲する。

が、今思うのは別に大卒でなくてもウチはいいと言っている就職先が目の前にあるのにそれにしがみついている自分は誰だ?ということ。
何かを失ってしまう事を恐れている?それは何?

もちろん大学の全てが無駄だったわけじゃない。

大学生活を通じて培われて自主性には感謝している。
高校までは自主性のないやつでした。
今でもまだ完璧ではないけれど、自分で考えて自分で行動を起こせるようになった。

僕は本当は高校卒業時に夜学に進学したくて、でも両親や担任の先生からなぜか猛反対を食らって付属の大学に進学せざるを得なかったんだ。

あの時も自分が夜学で何をしようとしていて、どんな覚悟で臨むのかをもっと真剣に考えて説明出来ればよかったと思う。

朝も起きずにダラダラする生活をするからってのが反対の理由だが、僕は今なお朝起きない事は悪い事でも何でもないと考えている。

人によって生活スタイルは違うわけだし、そもそも日本が朝のとき地球の反対では夜なわけで、たまたま日本で生活しているから朝の6時ぐらいになったら起きなきゃみたいな集団心理が動くわけでしょ。

昼まで寝ていようが、経済的自立をしているなら問題ないと思うし、あるいはそこから働いて成果を上げるならその人のやり方に他人が口を挟む事じゃない。

でも昼まで寝てそこから何をするのか?って高校生当時聞かれたら答えられなかった。

自作PCをするといってもそんなに頻繁に組むわけではないし、アルバイトも数ヶ月もやれば飽きてしまって(あれはほとんど学べないと今でも思ってる)ダメそうだったし、結局、情報技術をどうやって活用するかをひたすら考える生活をしていたと思うんだよ。

異なる選択肢を選んでも今の自分に行き着いたって事だね。
それが最短ルートなのかそうではなかったのかという違いだけ。

もう一度自分に問おう。
僕は何を求めているのか?
今は肩書きでない事だけは確か。

prejudice

嫌われているのかと思えばやけに親切に接してくれる教授がいたり、やけに就職の事を心配してくれたりする教授が最近になって現れたわけだが、これはもはや哀れみの域に達したって事ですかね?(笑)

まあ確かにこの歳で大学院も卒業していない落ちこぼれだけど、インディペンデントな人を目指して突っ走ってますぜー。

こんな僕だけど皆さん応援してくれると嬉しいです。

久しぶりに大学に行く

3ヶ月ぶりぐらいに大学に行った。
駅前や歩道が舗装され直されて移動しやすくなっている。
駅の近くに出来た大型分譲マンションの影響だろう。

大学に行ったのは講義があるからではなく、健康診断をするため。
もう知っている顔ぶれがさすがにほとんどいません。
こいつ嫌だなと思っていた人も、こいつ卒業後も連絡取り合いたいなと思っていた人たちももういない。
もちろん先輩もいない。
ひとりぼっちになったわけですが、それが逆に心地よくもありしがらみもなく学問に専念できそうです?(強がりか)

何人か気の合う後輩ちゃんがいるので、彼らと情報交換をしつつ、残りの学生生活を食いのないように過ごしたい。

これからは生活のリズムを朝はゆっくり起きて夜遅くまで起きているというリズムから、朝はさっさと起きて夜はさっさと寝るというスタイルに変えていかなくてはいけない。

今期の履修は専門科目1つとあとは全て素養科目なのでストレス的にはそれほど大きくないかなと思っている。
専門科目もプログラミングで難易度はそれほど高くないみたいなので、自分でもできると信じて頑張りたい。
全セミスターで履修したプログラミングはAがもらえていたので、同じ先生の所で学ぶつもり。学生とはいえ教わる人との相性というのがあるようです。

なんでこんなものもできないんだ?という威圧的な態度の人と、できないことは悪い事ではないが、理解できるようもがく事が大事という人どちらがつき合いやすいかと言えば僕は後者だった。

あと今年の新卒の新入社員がカーリング型とか言われているが、僕にもこれは当てはまる事で、うまくいった時に褒められるとモチベーションうp。うまくいかない時にアドバイスくれるとモチベーションうp、かまってくれないとやる気がなくなります。(強がっていても僕は実はかまってちゃんなのです。)
ダメ人間ですかねー?

素養科目は英語、プレゼンテーション、経済学など。中国語を取るか悩んでいる。
努力するのは嫌い+中国語を学ぶよりも英語の方がずっとずっ今は大事だと思っているので両立できるか不安。
それでも専門とは関係ない分野の学生に片言の語学を素養科目として教えるわけだからそれほど難易度は高くないと予想してる。

僕のストレス解消方法はお金稼ぎもあるんだけど、友人との食事や外出に依存する所が多いので、友人の皆さんは仕事が忙しいかもしれんがちょくちょくつき合ってくれるとありがたいんだ。

良い週末をお過ごし下さい。

But I like you master

今日の日経で企業の新卒採用が前年度に比べてどれだけ増えるか特集がされているねー。
製造業はかなり増やす模様。
エンジニアが慢性的に足りないんだろうね。

非製造業への就職を目指す僕には製造業に就職をした先輩のことを思い出させるフラグとなっている。
そして僕が彼にとった行動に対しても。

先輩は極めて優秀な成績を収めて、そのまま大学院に進学、高専出身だから理系の極みみたいな人だ。
僕と同じでテクノロジーについて考える事が大好きで、僕が小難しい質問をしてもその場では答えられなくても自分で調べて自分なりの回答を見つけてきてくれる技術者の鏡のような人だった。

僕は彼をきっと尊敬していたのに、彼の小さな欠点に腹を立てたり、投げられたボールをまるで払って異なる方向に返すような事をしていた。

気がつかなかったかもしれないが、僕はあんたの事が好きなんですy!(いや、同性愛とかそういう意味でなく人としてね)

僕の傲慢な態度を垣間見て、二度と会いたくないと思っているかもしれないが、これだけは言わせてくれ。

「僕はあなたの成功をシリアスに願っている」

今思い出せば、教授陣であるとか、大学のヒエラルキーにコテンパンにされている僕に才能を見いだし、サークルに誘い、大学内に居場所を作ってくれたのはあなただった。
(そして今僕がMacを使うようになったのもあなたがきっかけだった!)

大学での学びに限界を感じて、諦めようとしている時に励まし続けてくれたのもあなただった。

あなたがこのブログを読んでいるか(そもそも教えたか覚えてないが)は不明だけれど、そういった行為がどれだけ僕を救っていただろう。

僕は傲慢で性格も悪い人間かもしれないが、特定の魂に触れる人(soulmate)が僕を理解してくれたことに対して感謝をしなければいけない。
そんなことをこの記事を読んでいたら思い出した。

卒業おめでとうございます

昨日は卒業式の大学も多かったようですね。
3日は高校生の卒業式があり、卒業シーズンまっさかりです。

あと半月もしないうちに自分と同じ時期に就職活動をされた人たちは入社を迎えるわけですね。
どのような業界でもそうだとは思いますが、ご自身の選ばれた進路でベストを尽くし、必要であれば自らの築き上げてきた事を手放す事もまた躊躇せずチャンスをつかみにいって下さい。

私も後半年程でそっちの世界に行けるようにベストを尽くしてきますんで!
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